《九話》幻獣契約②

 ようやく橋尾とカホの獲物を見つめるような視線から解放されたアキにイツミが聞いた。


「どうしたの? 今度はあんたが苛ついてんじゃん」


 彼女は泣いて少しすっきりしたのか、気分は良さそうだ。


「うるさいな……。自分をダシにして騒がれてみろよ」

「ご、ごめんなさい……ちょっと久々にテンションが上がってしまって! でも良いじゃないですか、あれ位。クラスの女子なんてどこの誰がいいとか悪いとか、しょっちゅうランク付けしてましたよ?

顔、性格、容姿、頭とか運動能力とか他にも他にも」

「そう言うのは胸の中にしまっておいてくれ……」


 芸能人でもあるまいし、十中八九公立校の生徒なんて人間としてのスペックに大して差はないだろうに……無駄なことは止めて貰いたいものだとそんなことを思う。

 

「凡人には癒しが必要なんですよ……格好いいものとか可愛いものにキャーキャー言ってたいんです。下らない自分を忘れられるから……あ、そうだ!」


 前に出たカホは思い付いたようにイツミへと振り向いた。

 その瞳は期待でキラキラ輝いている。


「イツミちゃんっ! あれを試して見ましょっ……あらたなスキルをっ!」

「あれって……ああ。《幻獣契約コントラクト・リィス》……だっけ? 忘れてた……」


カホが言っているのは昇格クラスチェンジ時にイツミが取得したスキルの事だ。


 《昇格クラスチェンジ》――自らのクラスへと変化させ、戦力の向上及び、戦術の幅を広げるべく、大きく特性アビリティ技術スキルなどを上位の物へと変化、強化する。

 大体そんな所だろうか。ゲームなどで得た知識の為信憑性しんぴょうせい云々うんぬんを問われると困るが、マルバは教えてくれなかった為、自分である程度想像するしかない。

 

 アキ達に続いて、昨日LV10まで上昇した際に二人にはそれぞれ二つの派生先が示された。

 だが……実はその時に少しめたのだ――。


 まずイツミには精霊使いと幻獣使いの二つ。


・精霊使い

 現在地形に依存した様々な精霊を召喚、使役することで様々なスキルを発動する。

 《初期取得スキル》 《精霊召喚サモン・スピリット

 

・幻獣使い

 《幻界リシティラ》から自身と相性の良い幻獣を呼び出し、育成して戦わせる。

 《初期取得スキル》 《幻獣契約コントラクト・リィス


 そしてカホは司祭と聖従の二つが表示された。


・司祭

 清らかな心を持って神に仕え、その奇跡を扱うことを許された階級の一つ。中位の治癒行為や戦闘補助が可能。

 《初期取得スキル》 《異常治癒リカバー


・聖従

 神に仕える者の内、自らの手で神敵を征伐する事を選んだ者達の見習い。味方を含む小規模な範囲への防御魔法、回復魔法等を取得する。

 《初期取得スキル》 《加護法衣プロテクト・コート


「二人とも、パーティーのバランスってもんがあるから、選択はよく相談してから決めるようにしたい……」


 リーダ―らしく音頭を取ろうとしたセオだったが、そこで問題が生じた。

 後ろでイツミが驚いた声を上げ、彼女の体が淡い銀色の光に包まれた。


「びっくりしたぁ、何これ? あ、ごめん、もう押しちった――」

「何ッ!? おまっ、なんでだよ……速えよ」


 振り向いたセオが苦い顔をして、それを受けたイツミがしゅんとして俯く。


「……ごめん。なんか見た感じ興味があった方にしちゃった」

「まあまぁ、仕方ないですよ……初めての事なんですし、私も間違えて選択しそうになっちゃいましたし。次は気を付けましょう。それで、どちらにしたんですか?」


 カホが手元を覗き込む。


「幻獣使いってのにしちゃった。あたし、動物好きだし……いいじゃん別に、皆自由にしたら」

「他の人間の事もちゃんと考えろよ、お前の選択次第で他の皆の役割も左右されるんだから……」


 セオのきつい言葉にイツミは癇癪を起こしてしまった。

 精神的ストレスが溜まってどうしようもないのだろう。


「あーもー、うるさいっ! もうヤダ、寝るっ……何も聞きたくないっ!」

「……ったく、しょうがない。何ができるのか明日ちゃんと試しておいてくれよ?」


 耳を塞いで寝具に潜り込んだイツミに、セオの声が届いたのかどうか。

 そういった喧嘩のような一幕があったのだった。



 ――丁度外に出ているし、今はいい機会だとも言える。

 スキルを試すには室内は危険だ。特に攻撃スキルや、どういう現象が起きるか判明していないスキルなら尚更。


「いいの? 皆がいいなら今やっちゃうけど」

「いいんじゃない? 実戦闘に入ってからやる訳にもいかないし、どんなことが出来るのか試しておいた方がいいから」

「ほわぁ~……どんなのが出て来るか楽しみですねぇ……期待してます! もっふもふ! もっふもふ!」


 先程の会話で上がったテンション維持していたカホがどんぐり眼を大きく拡げて期待のコールを叫び、アキは若干引く。

 逆に気を良くしたイツミは、歯を見せて笑って二人を下がらせた。


「へへ……それじゃよ~く見てなさいよ! いくよ! 《幻獣契約コントラクト・リィス》!」

「おおぉ……」


 突き出したイツミの腕の先の空間に新緑色の光線で縁どられた円形の穴が開く。

 それは中心に向かって捻じれだすと膨らんで、一つの光球を生み出し、千切れるように離れたそれがこちら側に飛び出してイツミの胸元に収まる。


「……ふわふわしてあったかい。あ……」


 眩しさに目を細める全員の前で、光りを宿した球体はゆっくりと明滅しながらその姿を縮小し、やがてそれは小さな獣の輪郭を形どった。

 

「こ、これが……幻獣?」


 思わずアキは呟いた。

 淡い燐光が取り払われ、そこに姿を現わしたのは――。


 緑色の小さな小さなキツネなのだった。


「……キュウ?」


 眠たそうに一鳴きして、まだこちらに召喚されたことを理解していないのか、幻獣は瞬きして首を傾げた。

 子犬のように愛くるしいその姿は、たちまち女性陣の心を虜にする。


「かっわ! はうぅ! かっわい~……! ……はぁっ、ふわっふわ……。ああ、今あたし初めて異世界に来てよかったって思ってる……」


 抱きかかえて体に顔を埋めるようにするイツミに、カホは涎を垂らさんばかりの表情で取りすがった。


「はぁはぁ……わ、私にもっ、ちょっと触らせてください! イツミちゃん独り占めはズルいですよっ!」

「い、良いじゃんかあたしの子だも~ん……もうちょっと、もうちょっとだけ!」

「キュ……」


 たちまちの内に争奪戦が開始され、二人は代わるがわる抱きながら恍惚の表情を浮かべた。


 何せふわふわしている。パステルグリーンの柔らかそうな毛皮に少し険の有るつぶらな瞳。少し不貞腐れたような表情も、何処か愛らしく、余程動物嫌いでなければすぐさま駆け寄って抱き上げたくなるほどの魅力的だ。


「あっ、こいつ、くすぐったい。甘噛みとは生意気っ! あぁ、駄目だ。ちょーかわいいから許す」

「私もっ……私にも抱かせてください! 後生ですから!」

「しゃ~ないなぁ……あっ」


 イツミの手から素早く逃げた幻獣は、尻尾を伝ってアキの頭の上に駆けのぼる。


「キャウ……! キュウウ!」


 激しく触り過ぎた事を嫌がったのか、幻獣は歯を剥きだして抗議の鳴き声を上げた。


「ああっ……怒っちゃったじゃ無いですか。イツミちゃんのせいですよ……」

「カホ、あんた中々いい性格してるわね……」


 ジト目で睨む彼女……どうやらカホは好きな物が絡むと性格が変わる性質たちらしい。


 幻獣はアキが動かないのをいいことに、匂いを嗅いだり舐めたりして感触を確かめている。

中々くすぐったいが、安心させるためにしばらく好きにさせる。


「ああ、アキ君……渡してください。そのモフモフをぉ、こっちにぃ……」

「いや駄目。君らが構いすぎるから怖がられたんだろう。慣れるまで好きにさせておいたら? というか、本題はそこじゃ無いんだ。イツミ、こいつに何ができるの? 情報に何か追加されてない?」

「れ、冷血過ぎる……このふわふわにこれ以上何を望むんですか? 存在自体が人生のクオリティを上げてくれる永続バフみたいなもんでしょうが……! 渡してくださいっ!」


 背が低いカホがぴょんぴょん飛び掛って手を伸ばすのを払いながら、アキはイツミに聞く。

 イツミは正体を無くしたカホを見てちょっと冷静になったらしく、大人しく内容を確認していた。


「え~と、『《幻獣契約コントラクト・リィス》に成功し、二種のスキルが追加されました』、だって。クウカツ、フウハショウ? よくわかんない。ちょっとあんた見てよ……」


 彼女は活字が苦手らしく、頼まれたアキが隣によるイツミの《ケスラ》の上に表示されたデータを覗くと、確かに三つ……新しいスキルの表示がある。


幻獣召喚サモン・リィスⅠ】……(Active)《CMP5 5/5min》幻獣召喚用スキル。召喚中は継続的にMPを消費し、0になれば自動的に幻界リシティラへと帰還する。


空割クウカツⅠ】……(Active)《CMP30》風属性攻撃。幻獣が咆哮と共に真空の刃を生み出し、対象を斬りさく。※幻獣召喚状態でしか利用できない。


風破衝フウハショウⅠ】……(Active)《CMP60》風属性攻撃。幻獣が風を纏い、己を弾丸と化して突進する。※幻獣召喚状態でしか利用できない。


 そのうち一つは召喚用で、恐らく召喚時に5MPを消費した後、時間経過で五分ごとに追加で5ずつ消費していくのだろう。他二つは幻獣に命令して発動させるタイプの攻撃スキルらしい。


「つまり、こいつをこっちに留めておくにはMPが必要で、無くなってしまえば帰ってしまう……同時にスキルの使用でもMPは使用するから、使えば使うだけ帰還が早まるってことだよ。今のイツミのMPだと、最大値が77だから何もしなくても、召喚後一時間と少ししたら帰ってしまうんじゃないかな?」


 実際は時間経過でMPがある程度補充されるようだから、もう少し伸びるだろうが、それを聞いて二人ともが悲しそうな顔をする。


「嘘ぉ……帰っちゃうの!? ずっと一緒にいてくれるのかと思ってたのに……」

「うわぁぁ……え、MPの譲渡とかできないんですかね? 惜しすぎる……」


 がっくりと沈み込む二人……。

 それに追い打ちをかけるようにアキは続けた。


「今回は検証だ。時間がもったいないし、せめてスキルを打ってどんな感じか試して帰って貰おう」

「この空気でよくそんなこと言えるわね、あんた。本当はトカゲじゃ無くて蛇なんじゃないの?」

「いや、リザードマンって書いてあるから……」


アキとて動物が嫌いな訳ではない。

 彼がいくら苛められていても、通学路で見かける隣の家の飼い犬や近所の野良猫は彼を疎外することなく接してくれたのだから。確かにそういった者達との触れ合いは、アキの折れてしまいそうな心をほんのわずかでも慰めてはくれていた。


 だが、それとこれとは話が別だ。すべきことをおざなりにしてまで構っている余裕などない。

 アキは、ここにセオがいないことを少し残念に思いながら、二人を睨みつけて頭から下ろした幻獣を突き付けた。



「あのな……何の為にこいつを呼び出したと思ってる。戦闘に参加させる為だろ。攻撃手段が確立されていない今、イツミの存在は班によって足枷になりかねないんだ。こいつが何らかの役割を担ってくれないと、僕らはしばらく三人で戦い続けないとならない……そんなの困るだろ?」

「いいんだってこの子は、居るだけであたしたちの心に潤いを与えてくれるんだから……。あれよあれ、きっと精神状態が安定することで長期的に班員の体調を底上げしてくれるとかそういう枠なんだよ!」

「そんな枠いらないから……取り合えず何かさせて見てよ。丁度周りにも何も無いし……」


 必死に言い募るイツミを余所に、アキは首を巡らせた。

 ずっと奥には森林が広がっているが、居住区のこちら側には特に目立った障害物は無い。

 強いて言うならば、数十メートル先に見える大きな岩位のものか。


「あれなんかターゲットに丁度良さそうだ。お前、言葉はわかるのか?」

「キュ……」


 アキは彼(彼女?)に目線を合わせて尋ねてみると、子ギツネは頷く。

どうやら意志疎通は図れそうだ。


「じゃあちょっとあれに向かって攻撃して見てくれないか? どちらのスキルでも良いから」

「キュウ……」


 子ギツネは目を閉じて首を左右に振る。やはり召喚者以外の命令は受け付けないのだろう。

 そうでも無ければ、外部から命令し放題になり混乱してしまう。

 仕方なくアキは再度イツミに強く言った。


「頼むからちゃんとしてくれ。君だって襲われた時に自己防衛の手段が無いと安心できないだろ? 最低限自分達の身を護れるようにしておいて欲しいんだ。でないとあんたが棒きれもって魔物達と打ち合う事になるんだぞ。できると思うか?」

「うぅ……わ、わかったわよ。でも名前くらいは付けさせてよね、すぐ帰っちゃうかもしれないし」

「あまり時間をかけるなよ……」

「どうしよっかなぁ……性別は、女の子なのかな? 多分……」


 イツミが腹側を撫でると、子ギツネはこそばゆかったのか、体を捩りながら鳴き声を漏らす。


「キュ……キュキュッキュ」

「あによも~かわいいなぁ。可愛すぎて脳が働かないよ……う~ん、カホ何かない?」

「キュッキュ鳴きますし、キュキュル……ククールとかどうでしょうか」

「キュッ!」

「おっ、喜んでるっぽい。それじゃククールにしよっか! よろしくね、ククール!」


 返事がわりに顔をぺろぺろと舐めた子ギツネを一度抱きしめると足元に降ろし、情報を確認したイツミは大岩を指差す。


「よし! じゃあククール、あのおっきい岩あるでしょ。あれに向かって、フウハ……ショウってのやってみて?」

「キュオ!」


 元気良く叫んだククールは飛び跳ねるようにして大岩に向けて駆け出す。

 

「ちょっ……ちょっ! あの子ちゃんとわかってんの!? 爪砥ぎかなんかと勘違いしてるんじゃ!?」


 追いかけようとしたイツミだが、その時にはもうククールは加速を始めていた。

 獣らしくかなりの速度……しかも地を蹴るたびにどんどん速くなり、一筋の疾風となって大岩へと飛び込んで行く。


「キュ――!」


 螺旋状の気流を纏った一筋の光弾が大岩へ衝突した。


 ――ゴオォォン!!

 

 結果、見事粉砕。四、五メートルはあった大岩は中心に大穴を開けた後、自重でゆっくりと瓦解してゆく。


 弾け飛んだ瓦礫がパラパラと辺りに飛び散り、これには思わず口を大きく開けて仰け反った。

 天幕から衝撃音に驚いた他班の班員達が顔を出し、虚脱したイツミが尻餅をついて半笑いの表情を浮かべる。


 鮮やかにターンを決めて戻って来たククールが、自慢げに体を逸らして鼻を鳴らす。


「キュフン……!」

「あ、はは……ククールさん、ぱないね。……すっご」


 戻って来たククールを恐る恐る胸に抱え、イツミはこちらに戻って来た。

 後ろではいまだ土煙が上がっており、周囲からちらほらと、人が集まり出した。


「あれ、本当にこの子がやったんです……? や、やばくないですか?」

「ああ。戦力になってくれるのはいいけど……飛び道具を期待したらとんだ大砲じゃないか……。取りあえずここを離れよう」


 注目を集めすぎている。ただでさえアキと言う、目立つ外見の人間を抱えているのだ。

 誰の仕業かは分からないにしても、第五班の誰かが騒ぎを起こしたというのは明白。

 いらぬちょっかいを掛けられることは避けたい。


「あ、あれっ? 消えちゃった……」


 そして目の前でククールは、光がほどけて行くようにして宙に吸い込まれた。

 

「大技を使ったから、魔力を使い果たしたんだよ……ほら、戻るよ」

「わ、私まだほとんど触ってないのに……。ひっど……!」

「……あ、あたしを責めないでよ! スキルを使えって言ったアキが悪いんじゃん!?」

「ぬう~……」


 カホの憤怒の形相がこちらを向く前に、アキはその場から退散した。 

 慌ただしく戻って来た面々を天幕から顔を出したセオが出迎えた。


「久しぶりにゆっくりできるかと思ったら、お前ら……何をやらかしたんだよ?」

「アキ君が、アキ君が悪いんです!」

「うるさいな……ちょっとスキルを試してみたら想定外だったんだ。詳しくは中で話すよ」




「成程な。イツミはそれじゃ遠距離攻撃ができるようになったってことだ。良かったじゃないか」

「まあでも、現状ではMPの残量に気を配らないといけないから、いざってときの切り札って感じかもね。あの威力だから場所を弁えないと危ないし……」


 多少魔力が回復したのか夕食後再び呼び出されたククールにセオは手を伸ばすが、彼女はさっと逃げ出してイツミの後ろに隠れる。


「なんだ、怖がりなのかコイツ?」

「猫っ気があるんじゃない? ……気に入った人しか触らせてくれないみたいな。ね~?」

「キュ……」


 イツミはそんなククールを捕まえて膝の上に乗せた。 まだどこか不満そうではあるが、一応主人だと認めているらしく、大人しくしている。

 カホはそんな様子を羨ましげに見ているが、触りに行くと逃げられるので何もできないのだ。

目のハイライトが濃くなって相当怖い。


「別にいいけどさ。でもこれで、丁度良くなったじゃん。カホは出来れば回復に特化したいって言ってただろ?」

「ええ……そうですとも。司祭にしようと思います……ふぅ」


 陰鬱な溜息を吐いた後、彼女は自分の考えを話す。


「この先何処かで大怪我を負う時もあるかも知れません。絶対に必要な能力だと思うんです、回復は。有ると無いとでは精神的な負担が大きく違いますから……」


 三人も大きく頷く。どの位まで大きな傷を治せるようになるのかは分からないが、班にとって大きな助けになるのは違いない。

 だがそれは、同時に彼女が大きな責任を負うことになる……それが少し気がかりでもあり、アキはカホを見つめる。


「……どうしました? 大丈夫ですよ、私頑張りますから」


 カホはにへっと顔を崩し、拳を小さく握った。

少し頼りないが、彼女の決意は固いようで、三人は頷く。


「なら、決まりだね。なら後は僕らだけど……」

「俺は棒振りなんてやったこと無いからな。どちらでも前に立つことは変わらないし、《拳闘士》を選ぼうかな」


 セオは手に馴染んだ方を選ぶようだ。やけにすんなり決めた所を見ると、あらかじめ決めていたのだろう。結局最後にアキが残ってしまった。


 戦闘面だけを考えるなら、リザードウォリアーを取るべきだ。

 一方、斥候であれば、索敵や中距離攻撃、潜伏等の、いわゆるかゆい所に手が届くようなスキルが手に入るはずだ。無用な戦闘を回避する為の技術……それも便利ではある。


 正直、アキは殴る蹴るが得意だとは言えない。

だが、恵まれた体格や能力値があるのなら、生かすべきだとそう思う……せっかくこんな体に生まれ変わったのだから。


「僕は……ウォリアーの方を取るよ。そっちの方が今の僕には向いてる気がするから」

「……よし、そうと決まったらちゃっちゃと押しちまおう。イツミ以外はな」

「ひどいなもー。いいもん……あたしにはこの子がいるから」


 意地の悪い笑みを浮かべたセオにイツミは舌を出し、何かを勘違いしたのかククールもぺろぺろと口の周りを舐めまわした。


「……何か馬鹿にされてるような気がするが、いいや。行くぞ……!」


 掛け声とともに全員が決定のボタンを触る。そして彼らの体が光に包まれたのだが……。


「――わぁ、まっぶしぃ…………!」


 アキだけその光の規模が違う。彼を中心に球状に拡がった光は、完全に体を包み込み、数秒間その姿を見えなくした。


「何なの? 目がちかちかして……あっ」

(何だ……? どうなった……)


 周りをじっと見渡すアキに三人と一匹の視線が集まる。


「へ~ん、しん……?」


 カホの丸い口から飛び出た間の抜けた一言に、イツミが溜めた息を吹き出した。

 緑から青へ……短い沈黙の後、それを認識した周りを爆笑がどっと包み込む。


「変身した――っ!! トカゲグリーンからっ……トカゲブルー! これ多分一人で戦隊モノ出来ちゃう奴だーっ! あはっはははは……!」

「お前やめろっ……失礼だろうっ、ぷふぅっ……ごほっごほっ」

「……くぷっ……ごめんなさい、これは耐えられないですよ……」


 足をばたつかせて笑い転げるイツミ。カホは良いとして、セオにまで笑われるとは思わず、アキは頭痛がして額に手をやった。


(何の罰ゲームなんだ……これがもしかして不運の効果なのか? 戦士ではなく斥候を選んでいれば……いや、それでもイエローか何かだった可能性もあるか。分からない……異世界まで来て僕は何をやらされているんだろう?)


 腑に落ちない屈辱感を味わいながら、アキはどんよりとした顔で視線を外し、天井を仰いだ。

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