第44話 そのサンタじゃないよね
季節は冬。
子供たちの意識はクリスマス・・・のプレゼントに全力で集中している。
我が家の子供たちも例外ではないんだけど、長女の興味の対象は少しばかり違っていた。
小学校高学年のころから、サンタクロースの存在を疑いきっているこの娘ときたら、全く諦めることなく追及してくる。
何がそんなに気になるのか、黙っていてもいいのでは?と思うんだけれど、この娘ときたら本当に執念深いんだ。
眼鏡の少年探偵のように言葉尻を捕らえてサンタの正体を暴こうとしてくるのだけど、残念なことに彼女は誰に似たのか、天然もののお馬鹿さんなものだから全く成功しない。
なんといったって、テストで『いんさつ→印殺×(印刷〇)』『おおいの反対→ヤッホー×(すくない〇)』なんて解答を大真面目に書いちゃう子なんだ。
今でも彼女のテストの解答は楽しい答えに満ち溢れていて、私は毎回、物凄く楽しみにしているんだけど。
そんな彼女が私から正しい答えを引き出すことなんてできるはずがなかった。
「ねえ。サンタなんて本当はいないんでしょ」
私が運転する車の助手席から娘が意地悪な笑いを浮かべて覗き込んでくる。
「いや。いるよ。フィンランドだかどっかに住んでるらしい。手紙を書くと返事がくるってさ」
私の返事に、娘は今年も非常に不満気だ。
「そのサンタじゃないよね」
「何が?」
「私が言ってるのは、プレゼントを毎年くれるサンタのこと」
「それもいる」
「嘘。・・・ねぇ、もう私はプレゼントもらえる年じゃなくなったんだから、いい加減教えてくれてもいいでしょ。お母サンタとお父サンタが買ってるんだよね」
私は少しだけ悩んだ。
本当は娘が嫁ぐ時にでも聞かせる気でいたんだけど、私に残されている時間ときたら怪しいことこの上ない。
それにどうやらこの娘はサンタの存在を全く信じていないようだから、話しても話さなくてもどちらでも問題がなさそうだ。
それならいっそ、と私は本人の希望を叶えてみることにした。
「それは少し違うな」
「違うって、何が?」
「プレゼントを置いているのはお父さんや母さんだけど、それは君たちの希望をきいて用意してるだけ。お金を出してるのは違う人なんだから、堂々と渡せるわけないだろう?」
「じゃぁ、誰がお金出してくれてるの?」
「それは秘密だ」
「はぁ?なんで?」
「カッコ悪いから嫌だ。それよりさ、アイス食べたくなっちゃったよ。パリパリのチョコが入った渦巻のやつ」
こんな話を続けるなんて極まりが悪すぎる。
私は食い意地の張っている娘の気をひこうと無理やり食い物の話にもっていこうとした。
「アイスは食べるけどそれは別!意味わかんないし。そこまで言ったなら全部話してよ。話さないほうがカッコ悪いでしょ、普通は。・・・人にやられて嫌なことはしちゃぁいけないんじゃなかったの」
私はうなりながら口を閉ざした。
少し間をあけ、重いため息をつく。
だって、本当にカッコ悪い話なんだ。
明日からも一つ屋根の下で過ごす娘に聞かせたいなんて、とてもじゃないけど思えないよ。
けどまぁ、確かに今回ばかりは娘の言う事に道理有り。
自分が同じことをされたらたまらない。
『情けは人の為ならず』なんていうけれど、その逆もまた然り。
犯した業は自らにも巡ってくるものなんだから。
「笑ったら怒る」
そう言ってから、ようやく私は話し始めることができた。
「昔の私なんだ」
「?」
「サンタ貯金があるんだよ。いつか生まれてくる自分の子供にあげるクリスマスプレゼント用に、昔の私が残した」
「どういうこと?」
今度こそ、私は鈍いうなり声を思いっきり吐き出した。
「だからさ、私はサンタじゃないんだって。お前くらいの年のころから結婚するまでに貯めておいたんだよ。飯食うのがやっとなくらい貧乏になったって、クリスマスくらいは子供の願いを叶えてやる奴がいたっていいだろ」
「・・・・・・」
「だいたい、お父さん母さんからってのは、別にプレゼントあげてるだろ。なのに何でお父サンタとお母サンタなんてもんが出てくる?」
「・・・・・・」
なんだか不気味な沈黙が流れているのが気になる。
せっかく話してみたのに、娘ときたら窓の外ばかり眺めちゃってるんだ。
「だからカッコ悪い話だって言ったじゃないか。他の連中に言うなよ。恥ずかしいから」
口を尖らせて言うと、娘がそっぽを向いたままクツクツと肩を震わせている。
「言わないよ。・・・・・・皆が生まれる前から、サンタだったなんて」
・・・絶対言うよな、これ。
私は胸の内と外で、めいいっぱいため息をついてから、お気に入りのアイスを買いに駐車場に入った。
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