第7話 夢の保育園給食

 私の身体は同じ年の子と比べて極端に小さい。

 一つ年下の子に混ざっても、まだまだ小さいくらいだった。


 つまり、そんなにたくさん食べることができるような身体の大きさじゃなかったんだ。


 ついでに言うと、つい最近胃カメラを飲んで発覚したんだけど、私の胃はキャ〇ジンのパッケージにあるような、「これぞ胃!」という、ちゃんとした形をしていなかった。

 膨らみはほとんどなく、筒状のまま次の臓器へすとんと潔く繋がってしまっているんだ。

 つまり、食べたものをほとんど溜めることができない身体の造りをしてたんだよね。


 けれど、極めて心優しい担任保育士たちに、私のその体質はさらなるお楽しみタイムを作りあげていた。

 笑顔で私の給食を、毎日かーなーり、たっぷりとよそってくれたんだ。

 なんなら他の子よりだいぶ多めに・・・・・・。


 そしてここから、当時お決まりの「お残しは許しません!タイム」が幕を開ける。


 給食の後は本来お昼寝タイムだったんだけど、私が保育園の在園中にお昼寝を体験できたのは3回だけだった。


 母が私のために買ってくれた布団セットは、ほとんど真新しいまま残されてしまい、大事にタンスにしまわれた。

 その時は、使ってやれなかったことが凄く哀しかったんだけど、数年後、幸いにもその布団は妹のものになることができた。

 結構嬉しかったよ。


 話はもどるけれど、それでは私は昼寝時間に昼寝をせず、一体なにをしていたのでしょうか・・・・・・。

 正解は・・・・・・「真っ暗な教室の隅っこで独りで給食を食べていた」でした!


 そう。

 「給食を全て食べ終わらなければお昼寝はさせない」という素晴らし過ぎる地獄のルールが、この保育園にも例外なくあったのだよ。


 この時できたトラウマはかなり凄まじい。


 やはり「食べる」という、人間の三大欲求に絡む行為なだけあって、自分で感じていた以上に、私のつぶれかけの豆腐のごとく降参寸前だった心は、ぐちゃぐちゃにつぶされてしまってたみたいだね。


 実をいうと、私は未だに、独りではまともに食事をとることが出来ない。


 そんなとんでもないことをしようとすれば、たちまち胃の辺りがこわばって苦しくなってしまうんだ。

 これは独りきりの時だけ起きる不可解な現象だから、みっともない姿を人目にさらすことなくすんでいるのは幸運なんだけどね。


 家にいるときは、連れや子供たちがたいがい傍にいてくれるから、今の私が一人で食事をとることはほとんどない。

 だけど、どうしてもそうせざるを得ない時は二、三回であれば、私は食事を抜いてしまう。


 ほとんどないことだけど、最悪丸二日以上誰も傍にいないなんていう非常事態時には、テレビも電気も全部つけて、うろうろ歩き回りながら軽い食べ物を口に無理やり詰め込むようにしてる。

 食事に集中しないことがコツだからね。


 さて、話は戻って・・・給食なんだけれど、時には親切に保育士が手ずから食べさせてくれることまであったんだ。


 特に、私にバナナを食べさせるのがお好みの保育士たちは、無理やり私に口を開けさせ、細く幼い喉の奥へそれをぶち込むのが、たまらなく好きなようだった。


 もちろん、苦しくて涙が出たけど、そんなことはおかまいなしだよね。

 むしろ彼女たちは嬉しそうに笑っているんだけど、そこでえずいて吐いてしまえば、途端に鬼の形相になって罵声をあびせてくるんだからたまらない。


 そんなわけで、私はバナナが死ぬほど大嫌いだよ!

 ごめんねバナナさん!


 言いそびれるところだったけれど・・・・・・。

 在園中3度だけ私がお昼寝をすることができたのは、ある助っ人のおかげだった。


 洋介ようすけと言う名の少年なんだけどね。

 こいつと私は、とにかく清々しいほど仲が悪かった。


 目があえばケンカ。

 すれ違えばケンカ。

 声を聞けばケンカだったんだ。


 そんな洋介のやつは、寝つきがとてもいい。

 だから、彼が昼寝時間に寝られず暇をもてあましていたのは、私の在園中たったの3度だけだった・・・・・・。


 暗がりの中、独り蟻の速度で給食を食べている私の足に、突然誰かの手がふれた。

 よじ登ってきた洋介を見た私は、思い切り顔をしかめた。

 

 「おい。さわるな。あっちへ行って寝てろ。」


 「うるせえよ。・・・京、おまえ昼寝しないでなにしてんの?」


 「・・・・・・。」


 なんとなく悔しくなって黙っていると、洋介が立ち上がって小声で言った。


 「それ食い終わらないと、寝ちゃだめなのか?」


 私は机に頬杖をついて「ふんっ」とそっぽを向いた。

 涙がこみあげてきてしまい、これ以上彼に傍にいて欲しくなかったんだ。


 それなのに洋介ときたら、なかなか向こうに行こうとしない。

 もう一度「早くねろ」と言おうとしたけど、口をあけたら涙まであふれてしまいそうで何も言えなかった。

 そんな私の目の前を、ふいに大きな影がよぎった。


 洋介は私の手からスプーンをひったくるようにして素早く奪い取ると、あっけにとられている私の目の前で、残っていた給食をバクバク大口で食べきってしまった。


 「ほら。寝るぞ。」


 「・・・片付けないと。」


 「バーカ。食い終わらないから寝ちゃだめなんだろ?片付けは言われてないじゃん。」


 洋介と私の馬が合わないのは、彼のこの屁理屈のオンパレードのせいだったんだけど。

 この時はなんだか、喉の奥が熱でふさがれ言葉が出なかった。

 言い返す言葉もみつからないし、私は「うん」と答えるのが精いっぱいだった。


 「あれ?京おまえ、寝るとこないじゃん。」


 「・・・・・・。」


 洋介の言葉に私は俯く以外、答える方法を知らなかった。

 私が昼寝までたどりつけないことを知っている保育士たちが、わざわざ必要のない布団を用意するわけがないよね。


 「しょうがねーなー。こっちこいよ。」


 洋介はぼそぼそ言って、自分の布団に押し倒すようにして私を寝かせ、小さな掛布団を二人の身体に雑に乗せた。

 そのまま「おやすみ」と言って、さっさと反対側を向いてしまう。


 あまり言いたいことじゃないけど、カッコ悪いことにこの時の私は、誰の目にも明らかなくらい、めちゃめちゃ泣いてしまってた。


 しゃくり上げる肩を抑えられないほどだったんだから、暗闇の中でもそれはハッキリと彼にわかってしまっていたはずだ。


 いつもなら、私が泣こうものなら洋介のやつは鬼の首を取りでもしたように飛び上がって喜ぶのに、なぜかこの時の奴はそのことに一切触れようともしなかった。

 

 最高に彼らしくない一連の行動が信じられなくてしばらく呆けていた私は、ハッとして我に返り、洋介の背中に「ありがとう」と小さな声で伝えた。


 寝つきの早い彼からの返事は、なにも返ってはこなかった。


 こんなことがあと2回あったため、私は貴重な『お昼寝』というイベントを、どうにか逃さずに卒園することができたんだ。


 ちなみに・・・・・・。

 洋介の奴は、今はもう、どこにもいない。

 18の歳に誰よりも早く結婚した彼は・・・・・・20の歳に自らこの世を去ってしまった。


 小学校から分かれてしまったため、私がこのことを知ったのは、彼が死んでから2年もあとの、中学の同窓会でのことだった。


 問いかけることも、文句を言うこともとっくにできなくなってから知らされた突然の別れは、今でも彼の死に現実味を与えてはない・・・・・・。


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