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utsuro

第1話 死ぬところだったー!

 突然心臓が止まった。


 ちょっとした理由により辛くなっていた仕事のことを考えている・・・そのさなかの出来事だった。


 顎から胸の辺りがガツンと強烈に強張り、心臓がつったように痛んで呼吸だって、ちっともまともにできない・・・・・・。


 あまりの苦しさに身体を丸めて小さくうずくまってみた。


 (こりゃぁ死んだな。あぁ・・・。※『魔道祖師』のファイナルシーズン!・・・※『天官賜福』!最後まで見たかったのに最悪じゃないか!)


 その強すぎる無念が、頭の中を一色に埋め尽くす。


 (死ぬならせめて、三郎さんらんを見させておくれ・・・・・・)


 すうすうと必死で息を吸いながら、手にしたリモコンの再生ボタンをやみくもに押したとき、奇跡は起きた。


 アニメ天官賜福の(無限にある)最大の見せ場の一つがドンピシャで再生されたのだ。

 『全部あげる』という三郎さんらんの甘いセリフに、胸を一刺しにずどんっと強烈に貫かれる。

 すると、あら不思議・・・なんとまあ、心臓の痛みが和らいできたよ?


 ・・・「病は気からって言うしねー」なんて考えながら、今まさに死にかけていることはとりあえず棚に上げといて・・・。

 これ幸いとネットのBL小説お気に入り作品を読みあさり続けていくと、なんと立ち上がれるまでに超回復!


 この心臓が動いているうちにと、病院に行き、検査を受けてみた。

 無事検査を終え、さてまた来るかと腰を上げかけると、険しい表情で結果を見ていた医師が落ち着きはらって言った。

 

 「もしかしてこのまま帰ろうとしてます?何かあれば、間に合わずに死ぬかもしれませんよ?」


 医師から温かいお言葉を頂戴した私は、結局、そのまま緊急入院することになったのだった。


 この担当医師は非常に話が早くていい。

 5年以内に100人中1人が現世とおさらばする病を私が患ったことを、丁寧に教えてくれたし、その説明も非常にわかりやすいんだ。

 私くらいの若い年齢・・・とは言っても40を少し超えているけど・・・で、この病を患う者はほとんどいないんだって。

 とてもいい医師だよね。


 だけど、分かりやすすぎるその説明は、私に付き添ってくれている連れの顔から、みるまに表情を奪っていった。


 そりゃぁそうかもね。

 なんたって、家の中は散らかり放題だし、この年じゃまだ遺影だって撮ってるわけもない。


 もともと写真嫌いの私には卒アルの個人写真くらいしか、まともな写真はないんだからさ。


 「・・・・・・そういえば、卒アルってどこにしまってあったっけ?」という、疑問を口にしようと連れの顔を見た私は、思わずちょっと泣きそうになった・・・・・・。


 なんでそんな表情かおをしてる?


 完全に色を失くしてしまった彼の表情かおは真っ白な雪原のように哀しく静まり返っていた。


 私は軽口を叩くべきじゃないと、ひそかに自分を叱った。


 とはいえ、元来気持ちが長続きしない質なんだ。

 医師や看護師に言われた事に大人しくこくこくうなずきながら、私はすでに、病院の丈の短い寝巻が、どうも気になって仕方がなくなっていた。


 服の隙間から除く自分の足を見て、思わずため息を吐く。


 (あーあ。すね毛がふさふさじゃぁないか・・・・・・。)


 連れと違い、私は毛深いんだ。

 顔を青くしたままでいる連れの、白くなめらかな腕を手のひらで包むように握ると、彼は私が心細く感じていると思ったのだろうか、そこに手を重ねきゅっと握り返してくれた。


 ひきつる様な違和感を抱いたままの胸は、まだひどく痛んでいたけど、触れ合う肌から伝わってくる、彼の柔らかな優しさが嬉しくて、一瞬で頭の芯がふわふわしてしまう。


 思わず連れの耳たぶを指先で優しく揉むと、くすぐったがりの彼はすぐに首をすくめてそっぽをむいてしまった。


 そうこうしているうちに病室が決まり、車椅子での移動が始まる。

 話し上手の看護師の女性が楽しくて、すぐに気分が良くなってしまった私は、さっきまで気にしていたムダ毛のことなんてあっという間にどうでもよくなり、すっかり忘れてしまった。


 コロナの感染症対策で、病室での付き添いは許してもらえない。

 霜にやられた青菜のようにしおれ切った表情かおをして、静かに私を見守ってくれていた連れとは、どうやらここでさよならみたいだ。


 笑って手を振って別れてみたけれど、なんだか胸の奥がそわそわと騒ぐ。


 しばらくしてからどうも気になって、窓の外に目をやると、そこに未だ止まったままでいる連れの車を見つけ、驚いてすぐ彼の携帯を鳴らした。


 「そこでなにをしてるの?」


 私の問いかけには答えず、つかの間の沈黙のあと、彼の静かな声が聴こえてきた。


 「・・・大丈夫?」


 沈む彼の声に、私は明るく答える。


 「うん。もちろん・・・大丈夫だよ。個室だから、電話もメールもいつでも繋がるしね。心配しないで。」


 「うん・・・。」


 「今日はありがとう。・・・子供らが待ってる。大丈夫だから、もう帰ってやって。・・・・・・帰り、気を付けてね。」

 

 「うん・・・。」


 いつも以上に大人しくなってしまった連れのかすれた声に「気を付けて」とさらにもう一度念を押してから、私は携帯を閉じた。


 私の相棒はガラケーだ。

 しょっちゅう家に忘れていくもんだから、連れに「一生首から下げていろ」と何度も叱られている。


 そのおかげで、今日もこんな状態なのに忘れずに持ってこれたってわけ。


 私よりも私のことをよく知る連れと、久々に離れて過ごすことになるのだと気づき、じんわりと寂しさがこみ上げた。


 うーん。

 損した。

 やっぱりもう少しだけ、手をつないでおけばよかったな。


 彼は俗に言うツンデレという質の者で、よほどの状況でなければ私が触れることを許そうとしないんだ。


 触れればすぐに「ふん!」と手をふりほどいて、そっぽを向いてしまう。

 嫌われてしまったのかと疑った時もあったが、どうやら違うらしい。


 何十年一緒にいてもいつまでも緊張して、恥ずかしがったままでいる連れは、天の邪鬼だ。

 自分とは真逆の彼が、私には新鮮で面白くていつだってうずうずする。


 普段全く懐こうとしないし近づいてこようとすらしないのに、私に少しでもなにかあると、彼は死ぬほど私を甘やかし、大事にしてくれるのだからたまらない。


 つつましやかさの欠片も持ち合わせていない私が、そんな愛らしい彼にいたずら心をむき出しにして、いつだって色々としてしまいたくなるのは、仕方のないことだよね。


 亀のようなスピードで車が病院から離れていくのを見えなくなるまで見送りながら、広い病室の冷たい窓を車の動きに合わせ指でなぞってみる。


 一月の夜ともなれば窓の冷たさに、触れた指先が凍り付くようだ。


 「この先5年しか生きられないっていうなら、もはやのんびりなどしていられないな。本来私のものになる予定だった残り40年分の色々を、いよいよ惜しんでる場合じゃなくなった。」と心に誓ってみると、わくわくして自然と口角があがった。


 怖さはあまり感じなかった。


 なぜか?

 幸か不幸か、20年前、すでに私には同じような死の宣告がされていたからなんだよね。

 怖さも、不安も、その時ほとんど全て置いてきちゃったんだ。

 だから今は、大丈夫。





※魔道祖師・天官賜福・・・・・・作者が2021年の年末から人生初のドはまりをしている中国BLアニメ&小説。

※三郎・藍湛・・・・・・BLアニメの登場人物。

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