第3話 エルージュティアの悲劇 急

 街の中心地から遠ざかる。斑点状に雨が降った形跡はあるものの、中心地の被害に比べればかなりマシである。とは言えそれは家屋、建築物の被害に限った話である。


 マシとはいえ壊された家屋、飛び回り唐突に落下し家屋を壊す異形の存在により街の被害が少ない訳では無い。街の至る所に転がる真っ赤なゼリーの数からも、未だ存命している生命体がいるようには思えない。


 その一つの原因は、大人が家の中に留まらずに街の中心地に向かったせいなのだろう。段々と、クオトラはこの地獄のような現実から逃げたくなっていた。せめて生きていてくれる人がいることを願うが……。


「まずいな」


 一言発し、クオトラの目の前でルーシュの動きが止まる。そして顔の辺りを手で抑えると、直ぐにまた走り出していた。


 きっと悪い夢だ。この街から出れば悪い夢から覚める。クオトラは必死にそんなことを考えながら、ひたすら走る。


 あと少し。街の最南端、この街の入口にある石碑が遠くに小さく見える。何を祀るものなのかは、よく分からない。街の中と街の外の境界。遠目でもわかる、そこを境に異形が明らかに減っている。早くこの悪い夢から覚めたいと、ラストスパートをかける。


「そんなに焦ってどうした? 」


 落ち着いた声。感情が伝わらないが、決して冷めきってないその不思議な声。ルーシュが足を止めたのが見えた為に、クオトラも足を止めた。


「焦ったところで、どうにかなる訳では無い。そんな事、その身体が教えてくれたんじゃないのか? 」


 声の主、レクティラは石碑のすぐ隣にいた。距離はかなり遠いのに、声は何故かすぐ近くで発されたように鮮明に聞こえる。そのせいか男との距離感が分からなくなりそうだ。


 赤い世界に不釣り合いな青い髪色。良く見えないが、瞳も若干ではあるが青みがかっているようだ。だが、最も目を引くのはその左腕である。明らかに人間のものでは無い見た目の腕は、白色の鱗に覆われ右手よりもはるかに長い。


「もう終わってるじゃないか」


 レクティラはため息を吐き、そう言う。男の様子は酷くつまらなそうだが、表情だけは笑っている。そんな不気味な様子に気づいたのか、目の前のルーシュが一歩後ずさっていた。


「そうだな。だがそんな事はもうどうでもいい」


 明らかにルーシュの声色がいつもとは違う。震えた声で、声の主を睨みつけている事が、顔の見えないクオトラでも分かる。


 また、レクティラの後方には横一面を覆うように白い光が放たれており、その先が陽炎のように揺らめいてるように見えた。


「あと少しだったのに……」


 もう街の出口は見えている。だと言うのに、その距離が恐ろしく遠く感じられる。クオトラは唐突な状況を受け止めきれず、体を支えていた精神が崩れかけていた。


「フレーリア……隠れろ」


 ルーシュが、抱えていたフローリアをその場に下ろす。フローリアは小さく頷いて、距離をとろうと駆け出していた。


「やってやるさ」


 ルーシュは、大きく深呼吸をして袖口から何かを取り出した。対するレクティラは、異形の左手を上空に掲げルーシュに向かいゆっくりと歩き出した。


「負け犬同士、傷の舐め合いをしようじゃないか」


「本人格に切り離されたからって負け犬気取りか。随分と余裕なことで羨ましい限りだ……」


 レクティラは嫌な笑みを浮かべる。ルーシュにとっての逆鱗であったのだろう。負け犬同士……その言葉を聞いたルーシュは、怒りに顔を歪め奥歯を噛み締めているように見えた。


 レクティラが一歩また一歩と近付くほど、空気が張り詰めていく。体の表面に、弱い酸を吹きかけられたかのような、嫌な感覚にクオトラが表情を曇らせた。


「クオトラ、お前も下がっているんだ」


「そうか。仲間の力は使わないと。もっとも、仲間といってもただの餓鬼では意味が無いだろうが」


 男の腕はまるで断罪の剣。頭上に掲げられた腕は、赤い光を白銀の鱗が激しく乱反射している。


「レウェルシュ・ネフィリティアム。貴様の死に場所は決まった。精々最後の瞬間を謳歌することだ」


 男が立ち止まると、大きく息を吸う。上空に掲げられた腕が、巨大な柱のようにすら見えるような圧倒的な威圧感。まさに全ての力を以て、ルーシュを断ち切ろうとしていることが傍から見ていたクオトラでも分かる。


「レクティラ……」


 ルーシュが、男の名前を呼ぶ。そして、先程袖口から取り出した何かを飲み込んだのが見えた。直後にどくんと、大地が鼓動するかのような振動と音が周囲に響く。


「ルーシュ……貴様ァ」


「負けたくない。そう思うようになったのかもしれないね」


 ルーシュの体は空気に溶けているようだ。ルーシュの体表から発される薄赤色の光が、地上から浮き上がる赤色と混ざっている。更には空から降り掛かる月の光と混ざってく。美しい赤色の光は混ざり混ざって濁っていく。


 濁った赤はやがて煙のように立ち上り、焦がすように周囲へ広がる。そうして黒色になった不思議な光はルーシュに吸い込まれるようにして集まり、体を覆っていく。


「ア……ガグガ」


 ルーシュの綺麗な髪色は、黒色へと変わっていた。しかし、ただの黒色ではないように見える。何故ならその髪は、まるで生きているかのように脈をうち、刻々と色を変えていたからだ。


 声にもならない声をあげるルーシュは、既にクオトラが知る彼では無かった。


 空気が、大地が軋み、嫌な音はまるで悲鳴のように聞こえる。その間にも、ルーシュの体には黒い光がまとわりつき、ただの光だったはずのものは粘着質の何かへと形を変えルーシュの体を異形へと変えてゆく。


「ジュウ……ブ……ン」


 何かを発し、一瞬体を沈めたルーシュが気がつけばレクティラの懐まで潜り込んでいた。


「くっ……こ」


 レクティラが、掲げていた腕を振り下ろしかけたが間に合わず、おぞましい打撃音と共にレクティラの体は後方へと弾かれた。


「ツ……ラヌケ……ナイ」


 俯いていたルーシュが顔を上げていた。その目的は対象物の行く末を確認するようで、崩れ掛けの家屋へと視線が注がれていた。


 クオトラも釣られてその方向を確認すると、レクティラは崩れかけた家屋に打ちつけられていた。その表情に恐怖は無い。しかし、先程までの圧倒的な威圧感は消え去り、背から生えた翼のような謎の光も弱々しく、存在感を無くしていた。


「終わりか、長いようで短かった。お前はどうだ」


 レクティラが問いかけるものの、その声に反応するものはいない。レクティラが体勢を立て直そうと、体を起こした直後、ルーシュだったものがまた急突進する。


 次に起こるであろう光景に、クオトラが目を瞑ろうとするが、予想通りとはならずレクティラが先程まで背を預けていた家屋が破裂していた。


 クオトラが確認すると、砂埃の間から驚いた様子で後ろを確認するレクティラが見える。どうやら避けたわけではないようだ。単純に制御を誤ったルーシュが、当てられなかっただけの話だろう。


「ガグ……ガイダイ」


 異形が息を吐く。息は黒色に染まり、可視化されていた。そして、異形の体がゆっくりと空気に溶け始める。表面が崩れ、灰のように消えていく。


 だがそれも一瞬のことで、消えていったルーシュの表面は周囲から集まる黒い光が、修復しているようだった。


 異形は、自身が作り上げた瓦礫の山から這い出でると再び対象の姿を確認した。対するレクティラも、一瞬の隙で先程のダメージが癒え始めたのか、大きく後方へと跳んだ。


「まだ」


 そして、次にレクティラは右手を異形の方へと向ける。その様子に、異形は何かを感じとったのか、大きく上方へと飛び上がる。……直後、異形が『居たはず』の空間に、周囲の瓦礫が吸い寄せられた。激しい衝突音と共に瓦礫が砕け散り、地響きと共に新たな瓦礫の山を作り出した。


 何が起こったのか、クオトラがレクティラの方を見ると、その胸部が激しく発光していた。白色の光は直視すれば視力を奪いかねないと思えるほど強く、クオトラは目を離さざるを得なかった。


「知ってる。いえ、知らないけど、知っているわ」


 クオトラのすぐ側へと移動していたフレーリアがそんなことを呟いた。


「どういうこと……? 」


「伝説の話。竜種が、竜種としての力を保有する為の貯蔵庫のようなものがあるって。確か、秘炎器官。でも竜種にしかないはずのものが、どうして人間に……いえ、彼も人間じゃないじゃないの……」


 フレーリアは混乱していた。明らかに取り乱し、通常の彼女とは考えられない程に焦っている。


 クオトラはフレーリアの様子に驚きながらも、何か恐ろしい気配を感じ、二人の姿を確認する。見れば異形が身構えていた。そして合わせるかのように、レクティラが右手を異形へと翳す。


 それは同時だった。異形がまた急突進をすると、レクティラの胸部が一際強く輝き、二体の間を分かつように瓦礫の壁が生成される。


 瓦礫の壁に衝突した異形は、それを貫くことはなく静止する。


「間違いない。あれはあの青い髪の男が持つ力。伝説が本当だなんて……」


「秘炎器官だっけ……? 」


「ええ。秘炎器官っていうのは、竜種の息吹や権能を生き物の枠組みに収めるためにあると言われる光の欠片。行使する時だけしかその光は見えないとされるけど、きっとそれなんだわ。今の彼の体から発されている光はきっと」


「竜種の力の源……そんなものが本当にあるなら、あれくらいやってもおかしくないか」


 家屋であれば簡単に破壊していた異形の突進。寄せ集めた程度の壁であれば、耐えることなど到底できない。となればあれは、人智を超えたものであることに揺るぎはないだろう。


「ググガ……」


 異形の胸部が黒く発光する。レクティラの白い光とは違い、鈍く禍々しい光。見続ければ何か嫌なものに取り憑かれてしまいそうな感覚。クオトラも身体が見続けることに、拒否反応を起こしていた。


「なっ」


 レクティラが後方へと跳ぶ。すると、二人の間にある崩れ掛けて、地に落ち始めていた瓦礫が黒い炎に包まれ、消えていった。


 異形が歩き出す。ふと、何かに気を取られたのか、異形が横を向く。どうしたことも無い、普通の動作……普通の動作であったが、目を向けられた家屋は黒い炎に侵食され、塵となって消えた。


 つまらなそうに、その様子を見た異形はレクティラを睨む。レクティラはその様子を見届けると、異形に向かい急発進する。レクティラは、一瞬にして間を詰め竜種の腕を薙ぎ払う。爆発が起きたかのような地鳴りと炸裂音。きっと踏み台となった地面が砕けていたのだろう。


 レクティラの鋭い一撃は、異形を捉えるが致命傷とはならないようで受身をとった異形は直ぐに反撃を繰り出していた。


 ただの打撃。異形の拳がレクティラの腹部へとクリーンヒットし、表情を歪ませる。だが、その打撃は本命では無かった様で……。


「それが狙いか」


 レクティラの右手を黒い炎が侵食していた。レクティラが右手を掲げると、どこからともなく水分が集まり右手を覆うものの、黒い炎は消えることがない。


 異形は、体に纏わりついていた黒い何かが剥がれ落ち元の姿が見え隠れしている。対して、レクティラは少しずつ侵食される黒い炎に元の姿を失い始めた。


「互いに残された時間は少ない。なら総力戦と行こう」


 レクティラは、再び左手を掲げる。そしてその手の先、竜の腕側面に地上の小石が集まる。カチカチという金属質な音が鳴り止んだ時、白銀の柄に石質の刀身が付いた刀が完成していた。


 先程までの打撃でダメージを与えるのとは訳が違う。断ち切り、殺しきるという圧倒的な殺意。一撃でも当てればその重量、力で完全に終わらせるという意思が第三者のクオトラにも伝わってくる。


 対して異形は口元が人間のものに戻り、その表情が笑っていることが分かる。その後、異形はまるで蜘蛛のように低く構えた。じりじりと、空気が焦げていくような感覚。産毛はもう燃えてしまっているのではないかと、クオトラが自身の腕を確認する。決着がすぐそこまで迫っていることが、見ているだけで分かってしまっていた。


 先に動いたのは、レクティラだった。変色した右手を異形へと向ける。だが、異形は一瞬にして姿を消していた。そこには予備動作も無く、移動の軌跡すら残らず行先は予想もつかない。


 レクティラが、異形の行く先を探すように周囲を見回している。異形の軌跡に唯一残ったのは、元々居たはずの空間の炎だけ。


「グコググァ」


 恐ろしい声が聞こえる。クオトラが声の方向……上方へと目線を向ける。


 気づいた時には上空から、異形がレクティラの背中へと襲いかかる時だった。しかし、レクティラは上方に刀を構えていたおかげで、その攻撃を受け流す。刀に叩かれ、体勢を崩された異形が地面に叩きつけられる……がその寸前に、右足を後方へと振っていた。攻撃ともいえない稚拙な悪足掻きだが、レクティラの右足にクリーンヒットする。


「っっッ」


 きっと油断していた訳では無いだろう。それでもそれは大きな負傷であった。足にまで付けられた黒い炎。先程から侵食を始めている右腕は、既に手の平が燃えきってしまい、前腕まで炎が上っているようだ。


 レクティラは溜息を吐いていた。そして左手を地面に突き刺し、右腕を掲げた。異形が驚き、逃げようとする素振りを見せるが、地響きと共に異形は地面に吸い寄せられ、背中が地面に張り付いていた。そして刀の化した左手で地面を切りつけると、打ち上げられた大量の土砂が、異形の体を覆う。


 砂はまるで、意思を持ったかのように体へと巻きついていき、異形は逃げ出そうと足掻くが、抜け出せないようだ。


 レクティラが刀を振り上げる。光の無い鈍い刀身。大抵のものは、簡単に断ってしまうだろうそれを、異形の胸部めがけて振り下ろそうとしていた。


「やめ」


 クオトラは気づくと駆け出しそうになっていた。振り下ろされた刀身は、異形が寸前のところで受け流し、右肩へと流されていた。しかし、深々と地面まで穿った刀身は異形の右腕を完全に切断していた。


 切断されてなお蠢く右腕は、 まるで蛇のようで、抑えていなければ、レクティラを攻撃するだろう。レクティラは一度大きく息を整え、再度刀を振り上げている。今度こそ異形を殺しきる為に。


「何をする気なの! 」


 フレーリアが叫んでいる。それでも、クオトラは自分を止められなかった。あれはもう人間ではない生命体。だけど、あの優しい青年であるということが、どうしても意識から消えない。先程自分たちを助けてくれた。


 いつも自分のために、教えてくれていた不思議な青年。その彼が居なくなってしまうことが、どうしても許容出来ずに気づくと、振り下ろされる寸前の異形の前へと躍り出てしまっていた。


「餓鬼……何を」


 渾身の力で振り下ろそうとしていた刀は止まることは無いだろう。下手をすれば、自身諸共、異形まで切断されかねない一撃。それでも抗おうとクオトラは腕を交差させ、足に力を込め全力で受け止める準備をしていた。


 切断される未来に怯えながらも、クオトラは目を瞑らない。生存の未来を信じていた。


「ナゼ」


 しかし、その刀身はクオトラの体を切断するには至らなかった。腕を巻き込み、肩まで振り下ろされた一撃は、クオトラにとっては致命傷。腕は折れ、あまりの衝撃に内蔵がやられたのか溢れ出るものを吐き出すと、それは真っ赤に染っていた。


 それでも今この瞬間は生きていた。薄れゆく意識の中でレクティラを見れば、その刀身は消え、ただの腕と化していた。


「コノ……グゴガァァぁあァァ」


 異形が叫んだ。直後、レクティラの左腕が消滅した。残ったのは真っ黒な炎だけである。


「お前のせいだ」


 異形が左腕を振り下ろす。その腕がレクティラに触れた途端、揺らめく真っ黒な炎の塊が胸部に張り付く。


 レクティラは酷く哀しそうな表情を浮かべていた。その直後、胸部の炎が爆発し全身が真っ黒な炎に包まれ。レクティラの体はただの塵として空気に溶けていった。


「クオトラあぁぁぁああああ」


 フレーリアが叫び、クオトラへと駆け寄ってくる。クオトラは即死を免れていたものの、その瞳はその場を視認するのが精一杯であり、身体中どこにも力が入らない。きっともういつ死んでもおかしくない状況なのだろう。


 フレーリアがクオトラの体を揺らすも、返す力はどこにも無く、ただ揺らされるまま体を揺らす。


 フレーリアの泣き声だけが響く空間。レクティラを燃やし尽くし、尚残っていた黒い炎がゆっくりと消失した。


「す……まない」


 悲しげな声。声の主は、ルーシュだった。所々はまだ黒く染ってるものの、首から上は完全に青年のものに戻っていた。


 ルーシュが、クオトラの様子を確認するべく首元に触れた。しかし動こうとしない身体を見てか、ルーシュは大きく息を吐いた。


「これが結末か。でも、私の地獄から君は私を救ってくれた。見えない世界を教えてくれたことに感謝しているよ」


「それってどういう」


 フレーリアが言いかけた言葉。だが、フレーリアは何故か、そこから続きを話すことをしなかった。どうやらルーシュの表情を見て意志を変えた様だが、クオトラからは確認することが出来なかった。


 クオトラは呆然とルーシュの変色した左手を眺める。既に至る所が剥がれ、肉や骨も見えかけてしまっている。ルーシュは唐突に左手を強く地面に叩きつける。骨が折れ、軋む嫌な音と共に、左手にまとわりついていた黒色が消える。


 そしてルーシュは大きく息を吸い込むと、おもむろに自身の胸へと左手を突き立てた。ぐじゅぐじゅと、人間の感性を殺す音が響き、取り出した左腕には未だ蠢く心臓と、白色に輝く小さな石が握られていた。


 ルーシュは心臓を握り、そこから垂れる赤い液体をクオトラの口へと注いだ。こぽこぽと溢れつつも、抵抗の出来ないクオトラは無意識に飲み込んでいく。


 そして、残った光の欠片を握りクオトラの胸元へとあてがう。どくどくと、欠片自身が鼓動を始め、ルーシュはそれをクオトラの口へと運んだ。


「ルーシュさんわたし……ルーシュさん……」


 フレーリアが泣いているようだ。フレーリアの手がルーシュに近づいたようだが、その手が触れることは無かった。そんなフレーリアに向かいルーシュは一度振り向いた。


「ありがとう。またいつか会えたらいいね」


 ルーシュはそう言って、クオトラへと振り返る。そして腕輪のような何かを、クオトラの腕へと付ける。


「初めまして。親愛なるもう一人の僕へ。君に背負わせてしまうのは申し訳ないけど、せめて最後の時を」


 ルーシュがそう言ってクオトラの胸元へ手をやると、クオトラの胸元が強い光を放つ。ルーシュはそれを見届けると、いつもの優しい笑顔を見せ真っ黒な煙となり空気に解けて消えていく。


「あ……ぁ」


 せめて別れを。クオトラが精一杯の力で振り絞った声は言葉にならず嗚咽となって消えた。全てを使い果たしたクオトラは、ゆっくりと瞳を閉じる。最後にフレーリアの声が聞こえた気がしたが、もうその言葉は認識出来なかった。

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