瑠璃奈エンド
君の手を引いて走り出してから、数年後。
「ちょっと待ちなって! アンタ歩くの速いのよ! アタシのことはまったくもって視界に入ってないわけ? 少しは周りのことをしっかりと見なさいよ! 大学は広いんだから、迷子になっちゃうじゃない!」
僕と瑠璃奈は同じ大学に進学した。
彼女は自分を選んでくれたという事実を受け止め切れなかったのか、その場でしばらく放心状態。その後、気がついて全ての状況を把握した後に、僕の気持ちを理解してくれた。もちろん返事はオーケーだった。彼女は今までの印象を大きく覆すくらいに、顔を赤くして、なんか小さくなっていた。可愛かったな。
それからというもの、僕と彼女は正式にお付き合いをして、そして進学した。元々勉強ができて賢かった彼女は、僕と同じ大学を選ぼうとしていたらしかった。ハナからそのつもりであったのだとか。
しかしここで問題が浮上する。僕の希望していた大学は海外にあったのだ。彼女は当然驚いた。自分のレベルよりもはるか上の大学に進学しようとしているのと、それに合わせられるか不安に思っている部分と、さらには金銭的な問題だった。
色々と調べて悩んでいる彼女を見て、やっぱり志望を変えようと決意した。まあ、別にこの大学じゃないとダメだというそんな気持ちは存在していなかったから、悪いこととは思わなかったけど。彼女は罪悪感が最高潮に達していただろうと思う。
彼女の志望する大学は名門の国立大学。それなりにレベルの高い学校で、評判も良かった。多くの人がそこに通っており、サークルの活動や卒業後の進路なども、かなり良さそうに思えた。それにその大学の近くでは快適に過ごせそうな環境もあったため、全てに納得のいくこの大学にしたかったらしい。
レベルが高いというので、やはりそれなりに学力は必要だった。塾に通っていたのも全てはこれのため、と言っても過言ではなさそうだな。彼女は断固としてそれを認めていなかったけど。『アンタに教えてもらうためだっつーの』と僕を赤面させ違っていたのが丸わかりなセリフを吐き、自分で顔を赤らめていた。ちなみに僕もなってた。
模試などを通して、基準を把握し自分の成績と比較すると、彼女の場合だと確実に合格する安全圏ではないことが判明した。すぐに勉強に取り組む彼女を見て、僕は自分のを見てみた。
合格率100パーセントという数値が出ていた。彼女にら申し訳ないと思ってしまい、隠そうとしたけれど、強引に奪われてしまい結局見られてしまった。彼女はものすごく落胆してしまった。それを慰めるのは苦労した。
だが、こうして二人して同じ大学のキャンパス内を歩いているというのは、無事に合格したということ。あれ以降の彼女はもう勉強して、僕と同じレベルには到達していなかったものの、それでも安全圏までは間に合わせたのだった。
「嬉しかったなぁ……」
「何がよ?」
「え? あ、聞こえてた?」
「全然聞こえてたけど? それで? 何が嬉しかったのよ? さっき何かあったかしら?」
「いいや……君との思い出を振り返ってたんだよ。高校生の時のことをね」
「……」
ダンマリを決め込む彼女。ほんのりと頬を赤くして、僕の隣に潜り込んできた。
「あっははー! ここアタシの特等席ー!」
「席なのかな、そこは……」
「比喩だよ比喩! ん? ああ、でもこの場合は隠喩か」
「まるで〇〇のようだ、っていう形が使われていないからね。隠喩といえば隠喩だね。やっぱり瑠璃奈さんって国語強いんだね」
「アタシの力を舐めてるの? 結構成績いいんだからね? まあ、アンタには及ばないけど……」
「そりゃどうも。嬉しいよ」
他愛もない会話を続ける。
「つ、つーか、アンタがハイスペックなだけでしょ? 得意科目何、って聞いたら『全部』って、最強人間かよって思ったわよ。ああこれ、お世辞じゃないから、本音だから」
「またまたありがとう」
「……ん」
「ん?」
不満そうな顔をしながら、彼女はアピールしてくる。自分の方に向けて手のひらをヒラヒラと動かして、何かをアピールしている。表現している。
「アタシは?」
「……へ?」
「だから、アタシのことは褒めないの? なんかさっきからずっとアンタのことばっかり褒めてる気がするんだけど。逆にアンタはアタシに何か褒めるところはないわけ?」
「うーん……」
「考えんな!」
脇腹にチョップをお見舞いしようとした彼女の動きを完全に見切り、僕はそれを全力で阻止した。この数年間で僕は自分の身を守る術を習得したのだ。
「なっ!」
「ふっ。甘いな、瑠璃奈さん」
「ぐ、くぅ……!」
悔しがっている。可愛い。
そこで思い浮かんだ。
「あ」
「何よ? 何か思いついたの?」
「うん。思いついたよ。とっておきの褒め言葉がね。多分、瑠璃奈さんも予想外だと思うよ」
「ふーん。期待するわね。一体アタシの何を褒めてくれるのかしら」
瑠璃奈さんにおくる、褒め言葉。最大で最高の、褒め言葉。僕が彼女に思っている、率直な褒め言葉。直感的に出てきた、褒め言葉。いつもは言葉に出すのが恥ずかしくて、あんまり伝えてはいないし、うまく伝えられるかは分からないけれど、それでも伝えたい褒め言葉。
簡単で、単純な、褒め言葉。
「可愛い」
僕は、彼女を褒めてあげた。
「美人さん」
「ッ……! く、ふぅ……!」
「綺麗な人」
「も、もうやめ……!」
彼女は一瞬にしてその白くてきめ細やかな肌を、赤く染め上げた。
****
「……だからさぁ〜、一回くらい飲み会とか参加してみない? マジでみんな来てるから、君も絶対来た方がいいって。絶対楽しいよ?」
「いや、だからそういうのいいって言ってるじゃない! 何度も何度もしつこいわよ!」
「そうムキにならなくてもいいじゃ〜ん。お願い! 今日だけ! 今日だけ参加してくれればいいから!」
ある日の夕方のこと。彼女が誰かに腕を掴まれていた。
「だから! アタシは別に飲み会とか興味ないのよ!」
「そう言わずにさぁ〜。君がいたらもっと盛り上がると思うんだって! マジでお願い!」
強引に連れて行こうとしている姿が容易に確認できた。その人は男であった。
殺意が湧いた。
「おい」
「あ?」
迷惑そうにこちらを見てくる男。名前なんて知らない。学年なんて知らない。どこのどんな人間なのかも知らない。知らなくていい。知りたくもない。
「彼女、困ってるだろ。その腕を離せ」
「あぁ? てめぇ誰だよ? 邪魔してんじゃねぇよクソメガネ野郎が!」
「はぁ……」
胸ぐらを掴んで、思いっきり上に引っ張り上げてやった。
「その子は僕の彼女なんだよ。ヤリ目なら他をあたれ。ぶっとばすぞ」
そう僕が言うと、その男は力が抜けたみたいに、ふにゃふにゃになってしまった。そして一目散に逃げ出した。
「ふぅ……。大丈夫?」
「……ありがと」
「どういたしまして。何もされてない?」
「……ん」
コクリと彼女が頷いた。
「アンタ、やっぱり頼りになるからいいわぁ〜」
「そりゃ嬉しいよ。もっと頼りにしてね」
「するわよ。いっぱい、いっぱい、頼りにしてやるから」
耳元で、彼女が囁く。
「結婚しても、頼りにしてやるんだから……!」
一枚、彼女な方が上手だったようだ。
その後、僕らは無事に結婚し、幸せに暮らしていったのだった。
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