第67話

 彼女らといると自然に落ち着いた。普通の人ならば、隣でうるさくされていると落ち着くことなどままならず、秒単位で限界が来ることなのだろうなと思う。辛抱強くて我慢するのが得意な人であっても、流石に秒単位とまでは行かないが、分単位で限界が来ると思う。


 自信があるなら僕と場所を交代でもしよう。すぐにまた交代すると思うけど。


 それもこれも、何か原因があるのだと考えたのだ。考えたが、しかしやはりその原因を見つけるのには苦労した。いや、原因という言い方にはなんだか嫌な意味が含まれていそうだから、そうだな、秘訣というか秘密というのかな。そちらの方が聞き当たりがいい。


 その秘訣とやらを見つけるのは、あるいは探すのは苦労したのだ。考えても考えても、答えは出ないまま停滞していた。いや、違うな。答えは出ていたはずなのだ。出ていたが、僕がそのことについてじっくりと思考すればするほど、誤魔化してしまっていたのだ。


 そうだ。そうなんだよ。分かっていた。分かりきっていたことなんだよ。僕は……僕は……。


 全部全部、分かっていたんだ。彼女らといるとどうして心地が良かったのか、どうして彼女らをここまで好意的に思っていたのか。それは全部、そうだったんだよ。




 僕は……。


 彼女らのことが、三人が、全員が、好きなんだ。




 だけど、だけど、分かっていた。分かりきっていたことだった。分かっていながら、分からないふりをしていた。


 その三人の中で、一番、僕が一緒にいると心地よいと思える存在。


 が、いたんだ。


 ただ、僕は君にどう接すればいいのか、まだ迷っている。踏み込むべきか、もう少し時間をかけるべきなのか。そもそも君は僕のことをどう思っているのか。


 僕は、どうすればいいのか。まだ迷っている。



 ****



 しばらくの時間が経ち、僕は三人ともう一段階仲良くなった気がする。僕のバイト先に突撃もされたし、また無理やり遊びに引っ張り出されたりもした。今度のは嫌々ではなく、是非とも、という感じだったけど。


 今日もまた遊ぶ予定を組み込まれた。たとえ他に予定が入っていたとしても、いい具合に辻褄が合うというように、組み込まれるのだろうと思った。過去にも散々このように対応されてきたわけだし、僕がそれに慣れてくるほどだった。


 今日は久しぶりに街をただ歩いているだけだった。興味の惹かれるものを見つけた場合にのみ、お店に入ったり商品を買ったりと、普段みたいに彼女らが遊ぶ雰囲気とは少し違っていた。


 それに、なんだかそわそわしているような気がしてならない。なんだ? 何かあったのだろうか。などと推測を立てている僕は違うと思ったら大間違いだ。彼女らに伝えるべきかな。安心してくれ、僕もメチャクチャそわそわしてるから。


 三人の中でも、君を見るたびに、心臓が強く鳴り響く。目が合えばそれは何度も繰り返されるほどのもの。苦しいとまで感じてしまう。


 それくらいに僕は、君を好いていると知っている。


 突然、金城さんが僕の腕を抱き締めてきた。体をではなく、腕を。絡みつくように抱き締めてきたのだ。


「えっへへー!」

「ちょっ、金城さん!?」

「あ、今ウチのこと名字で呼んだ! この前『音葉』でいいって言ったばっかじゃん!」

「あ、ああ、ごめん……。音葉ちゃん……」

「呼び捨てがいいなぁー……」

「ご、ごめんよ、音葉……」

「く、くぅ、ふぅ……!」


 訪れる沈黙。悶える音葉。不穏になる空気。こんな簡単にカオスな状況を作り出すなんてすごいな。教えて欲しいとは思わないけれど。


「……ん」

「え。なに、蝶番さん?」

「あげる、これ。さっきあそこで買ったメロンパン。ネットで有名なのよ? 他の二人は期間限定のを買ってたから、アタシのを食べるのは今しかないわよ?」

「え、えーっと……」

「スキアリッ!」

「むぐっ!?」


 いきなり口の中に入れられた。小さくちぎられたものだと思う。


「うまい?」

「うん。おいしい」

「よかった」


 彼女は満面の笑みを僕に向けた。


 さて……。


「むぅー!」

「どしたの綾ちゃん……?」

「いいの思いつかないー!」

「どういう意味なの、それ」

「だからー! 二人に対抗できるくらいの行動が思いつかないのー! ボクにできることが限られてるってことー!」


 だから頬を膨らませているのか。ずっと、ずっと。


「むぅー!」

「綾ちゃんがやりたいことでいいんじゃないかな……? あんまり僕に言わせないでよ……!」

「ボクの、やりたいこと……」


 少しの静止時間。綾ちゃんは考えているのだろう。考えた末に、答えを出した。その行動とは……。


「ちゅっ……」


 僕の頬に、確かな感触が残った。


「「あ……」」


「あ、ああ……」

「これが、ボクのしたかったこと……」


 綾ちゃんは間を開けて、ゆっくりとしっかりと伝えた。僕に課せられていることを、僕がしなければならないことを、僕に伝えてきた。


「曇くんは、決めないといけないんだよ……? もうそろそろ、答えを出してもいいんじゃないかな……?」


 その綾ちゃんの言葉で、他の二人も真剣な顔になった。腑抜けた顔は一切せず、真剣な眼差しに、真剣な表情で、僕を見ていた。




 僕は……答えを出した……。




 の手を引いて、走り出した。




 ———————————————————————




 彼女ら三人、全員分の読みたいんですか? それだと少し時間がかかるかと思います。ご了承ください。

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