第58話

 落ち着いたところで、さすがに店長に仕事をサボっていると思われてしまうかもしれないため、急いでレジに戻った。


 ……視線。怖い。痛い。


「僕、何かしたのかな……?」

「したよ? ウチとイチャラブしちゃってた」

「細かいようだけど僕はしたんじゃなくてされたんだよ、君に。受動態なんだよ、受け身なんだよ」

「ふーん……。イチャラブは否定しないんだ?」

「イチャラブって……。ああ、それも否定する。イチャイチャはしていたとしても、ラブではなかったように思うよ」

「ウチはラブって感じだったけどね」

「へ? それって……」


 ラブって感じに思った。思われてしまっていた。金城さんは、ラブな感じに思えたのだ


 なんかよく分かんない言葉なのに、なぜか意識しまっている。ラブって感じに反応を示しているのはわかる……。ただ、なんだか、いやらしく聞こえてしまうのは、僕だけなのだろうか。


 チラリと、彼女を見る。


「皆さん待たせちゃってすみませんねー。今からちゃんと仕事をしますからー」


「「「いえぇーーーい!!!」」」


 金城さんは可愛い。それはもう、本当に可愛い。芸能人顔負けのほどだと思う。僕の感想だから参考にはならないと思うけど。しかしこれに関しては、誰がどう見ても同じことを言うだろう。


 そりゃあ可愛い彼女だから、当然、人は彼女を性の対象として見ていることだろう。目の前にいるレジで待っている客がそれだろう。いや、まあ、世の中には色々な人がいるから、ここで男性だと決めつけたり、限定するのはよしておくか。


「音葉たん! 今日は音葉たんが入れてくれたコーヒーをお願い!」

「かしこまりましたー」

「あ、それと、パンケーキ! 音葉たん、昨日に好きだって言ってたよね?」

「は、はい。言ってましたが……」

「音葉たんに奢ってあげるよ! おじさんからのプレゼントさ!」

「ありがとうございます!」


 爽やかな笑顔。可愛らしい笑顔。僕以外にも向けるんだね、そういう顔……。


 でも、少し違う。少しだけ違うような気がする。


 金城さんが僕に向けてくれるいつもの笑顔とは少しだけ……。あの時の……店長にイタズラされて、赤くなりながら見せてくれた、あの彼女の笑顔とは少しだけ、違うような気がする。


 いや、違うのだと信じたいのだろう。


 なんだろう、こういうの。なんだろう、こんな不満感は。


 なんだ? 


「はぁ……。なんか、やだな……」

「え。オタクっち、何か言った?」

「いや、別に」

「そう……」


 そうだよ。考えたらわかるだろ。金城さんは今、客の注目の的なのだ。金城さんを見るために、もしくは金城さんのために商品を買ってくれているのだ。彼女もそれを分かって、サービスしているんだ。


 サービスをしてあげているんだ。そうだ。そうだろ。


 何をそんなにイラッとしてるんだ。何も不満に思うことなんてないだろ。決して、何も……。どこも……。


「……」


 僕は無言で接客をする。


 ああ……。『期待』を裏切られたような感覚って、こういうことなのかな……。



 ****



 休憩時間。


「そもそも、金城さんはなんでバイトしてるの? それが今日一番びっくりする出来事だったよ」

「んー。まあ、あれだね。店長に頼まれたの。営業妨害されてるから、それの対策としてやってくれないかってね。誘われたの、ウチ」

「いつからやってるの? というか、いつに頼まれたの?」

「ちょうど先週かな? やってるのはその次の日から」


 僕が帰省していた頃。うん。辻褄は合うし。全ての時系列が組める。


 すごいな。頼まれてすぐに了承するなんて。仕事を覚えるのも大変だろうに。でも、逆にどうしてこんなに仕事ができるのか気になるな。何かコツでもあるのかな。


「全くぅ……。営業妨害なんて、誰がそんなことを……」

「あ、それ僕」

「ほへ?」

「それ、僕だよ。まあ、色々あってバイトを休まざるを得なくなってただけなんだけど……。思いの外売上に影響があったみたいで、なんか僕が悪者扱いされてるんだよね」

「色々って、具体的に何が?」

「実家に帰ってた。それだけのことだよ」

「そのせいでウチがこうやってバイトする羽目になったってことねぇ……。全部オタクっちのせいじゃん!」

「たしかに、そうだけど……」


 金城さんは僕に対して、『悪者ー!』と何度も言ってきた。


「あ! だからオタクっち、いなかったんだ!」

「そうそう。……もしかして僕がいない間も通ってたの?」

「当たり前じゃん! ここでしかオタクっちのカッコいい姿を見られないもん!」

「ッ……」


 嬉しいけど恥ずかしい。カッコいい……とか、もう、期待するに決まってるじゃないか。期待して、舞い上がってしまうじゃないか。


「うん? オタクっち、顔赤いけど? どしたの?」

「い、いや……」

「照れてるの?」

「別に照れてるわけじゃ……」

「可愛いねぇ、オタクっちはぁー……」

「ッ……」


 小悪魔のような笑みだった。でも、なんか違う。


 客に向けてしている笑顔とは同じだった。


「……」

「んふふー!」

「き、金城さんも……!」

「ふぇ?」


 口が勝手に。声が勝手に。動く、出る。


「か、可愛い、よ……」

「ッ!?」


 赤く染まる頬の具合が、より彼女の天然な色気を、一層引き立たせる。


 可愛い。綺麗。美しい。そしてどこかエッチな感じがする。やっぱりこの子に『カッコいい』と評価されるのは嬉しいな……。本当に、嬉しい……。


「オ、オタクっちはさ……!」

「は、はい……」

「その……ウチのこと……」


 金城さんが聞いた。


「ウチのこと……好き……?」


 時が止まるような気がした。

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