第46話

 食事をしている。


「ふざけるなよ。僕は施設に戻るために帰ってきたんじゃないんだよ。何度言ったら分かるんだよ。勝手な判断してんじゃねぇよ」


 父さんが帰ってきて、数分後にすぐに食事を始めた。家族みんなで囲む料理は、あんまり味がしなかった。美味しいのは分かるけど、なんだろう、薄い味付けでも何も味が付いていないわけじゃないはずなのに、味がしない。


 舌がおかしくなっているのかと思ってしまう。すぐに僕の気持ちの落ち込みが原因だと分かった。


「ほう……。いつまでそんなわがままを言うつもりなんだ、曇? お前はあんな平凡な学校で学んでいい人間じゃないんだよ。いい加減反抗するのは諦めて、素直に施設で学べ」

「嫌だね。絶対に嫌だ。あんな人の個性を潰すようなところで勉強なんてできるかよ。僕は平凡な学校でいいんだ」

「なぜだ? なぜそこまでして、平凡さにこだわる? 何か理由があるんじゃないのか?」

「理由……理由ね……。簡単だ。異常だからだ。平凡な学校に比べて、施設は異常だ。僕が嫌になるくらいには異常だよ。強制して、人の意思なんてまるで存在しないみたいで、本当に異常だよ」

「そんな異常なところで、お前は一番の人間だったじゃないか。ん? それは違うか?」

「違わない。そこについては違うとは言えない。でも、だからなんだよ。一番の人間だった。だからなんだよ?」


 父さんはため息を深くついた。


「あのなぁ……。お前は俺の後継———」

「もうやめろよ」


 晴が、言った。この状況を、静かに終わらせる。


「もう、やめろよ。飯が不味くなっちまう」

「ごめん、晴」

「ほら、親父も座れよ。興奮しすぎなんだよ二人とも」


 僕も父さんも座る。晴に言われた通り、少しカッとなってしまった。頭を冷やした方がいい。僕って、こんなに感情的な人間だったかな? 施設を抜けて、平凡な学校で生活をしていたら、いつのまにか変化が起こっているのか。


 とにかく何も喋らない。喋れば、また先ほどのような口論じみたものが発生してしまうことだろう。めんどくさいし、あんなのを続ければやがて体が動いてしまう。


 静止する自信はあるが、それ以前に、動いてしまうほどに言葉に乗せられやすい自分が情けなく感じる。


 何も言うな。何もするな。何も接触するな。何も干渉するな。


 何も、関わるな。何も……。何にも……。


 静かに食事をする。



 ****



 あの後、また父さんが施設のことで話し始めたため、速攻で食事を済ませて、席を立った。もう聞きたくない。めんどくさい。僕のいないところでやってほしい。


「……ったく。イライラするなぁ……」


 僕は廊下を歩く。食事室からはさっさと離れ、一人で暗くなっている屋敷を探索していた。


 時刻は八時を回ろうとしていた。月の光が出て、いかにも神秘的で美しかった。


「そういえば、聞いてなかったな、あの時……」


 あの時とは、質問をお互いにしあった時のこと。つまり小鳥遊さんと帰り道を共にした時。


「小鳥遊さんは僕ことを異常だと思っているのか、って……聞いてなかったな……」


 自分の評価を気にする人間は多いと思う。ちなみに僕もそうだ。施設を抜けてから、人の目を気にしている気がする。マジックミラー越しで監視や見物をされているのとは全く違う。いや、まあ、あれも一つの評価なんだと思うけど。


 そもそもあの時は、僕だって見られていることを把握していないんだから、評価を気にするもクソもない。評価されているんだろうなぁ、と察していたはいたのだが、実際に僕を見ている姿を、評価している姿を見ているわけではない。マジックミラーなのだから。


 しかし学校では違う。学校は常に人が近くにいるし、マジックミラーがついているわけでもない。完全に、何もかもが視界に入っていて、認識できる、そんな世界。


 だから、僕を見ていることが分かる。隣でも、後ろでも、下でも、上でも。とにかく見ていることが分かる……分かりやすいのだ。


「ん?」


 今、誰かが僕のことを見ていた気がする。


「気のせいか?」


 気のせいだな。見ていた気がするだけで、見ている姿を確認したんじゃないのだから。


 廊下を歩こうとした。その時に、引き止められる。


「あ、あの!」

「うん?」


 白衣を来た女性が、そこにはいた。


 この人は誰なのだろう。なんなのだろう。施設の人間であることは間違いないが、なぜここに? 父さんが呼んだのか? 僕を施設に戻すために用意した、催眠術のスペシャリストか何かなのか?


 結論、それは違った。僕にはなんの害もない女性だった。


「晴さま! もうお食事は終えられたのですか?」

「は?」

「え? あ、あの、晴さま?」

「いや、僕は晴じゃありませんよ」

「へ?」

「双子の兄の曇ですけど……」


 すぐにその女性は高速で頭を下げた。何度も何度も下げるため、こちら側に風が吹いてくる。


「す、すみません! わ、わたくし、晴さまの付き人兼教育係の灰原はいばらです……! 警備をしていたところ、貴方さまを見かけまして、声をかけさせてもらったのですけれど……ひ、人違いでしたね……」

「そのようだな」


 ふーん。晴の……。どおりで黒山が僕に色々としているのか。元は晴の付き人だったんだけどな。なるほど、変更されたのだな。


「はぁ……。僕ってやっぱり晴に似てる? 逆に晴は僕に似てる?」

「は、はい! それはもちろんです! わたくしが見間違えるほどだということは、証明できたと思います!」

「そう……。なら、僕と晴の違いって何?」

「瓜二つですから、特には……」

「そうか……」


 話が終わったため、すぐにその場を去ろうとした。


「晴はまだ食事中だぞ。あんまり出歩かない方がいいぞ、怒られるかもだから」

「そ、そうですよね……戻ってます……。ん? でも、曇さまはなぜここに?」

「先に抜けてきた。ただそれだけ」


 メガネはかけておこう。これからメガネは外さない。


 晴と間違えられるほどに似てるのか、僕の顔は。晴も、僕に似てるのか。


 アイツ、ずっと施設にいるつもりなのかな……。


 ついに寝室に着いた。

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