第27話
二時間経過。現在は六時ごろ。
「と、とりあえず、今日のところはこれで終了にしない? これ以上やると、帰りがもっと遅くなっちゃうよ?」
「むぅー! オタクくん、逃げる気だなー!」
「逃げるなんてらしくないぞー! オタクっちのチキンやろうー!」
「根性なし」
なんてひどい言われよう。全員が美少女だから破壊力も抜群だ。色々な意味で、破壊力がある。可愛すぎるのと、可愛いから心に深く傷が残る、その両方がかみ合わさって、爆発的な力を生み出すのだ。
というか、蝶番さんも二人に乗っかって、僕に挑発的な言葉を浴びせてきた。この間まではかなりおとなしくて、僕としても居心地いい感じだったのだけどな。久しぶりに食らって、少しダメージが入った。彼女にとっては、これはジャブ程度のものなのだろう。
なんかゴチャゴチャ言ってるけど、自分の意見は正論だと思うため、腕でバッテンを作り、それの一点張りをしてみた。するとどうだろう。瞬く間に自分達から折れていく。まずは蝶番さんがため息をつきながら。次に金城さんが『マジかー』と不満を垂れながら。そして小鳥遊さんが頬を膨らませながら。
それぞれが違う反応をしていて面白かった。それに何より可愛い。
「何ニヤついてんのよ、アンタ」
「ニ、ニヤついてなんか……!」
「あっ! オタクくん顔隠したー!」
「隠すなよー! ちゃんと見せやがれー! オタクっち、ずるいぞー!」
集団で攻撃してこないでほしい。僕は彼女らに忠告しておく。
「ま、まあ、とにかく! 小鳥遊さんは毎日の授業をちゃんと聞くこと! いい点数を取りたいなら、そこからだよ?」
「はーい!」
「それと二人は、と言っても……蝶番さんはかなり真面目だから……」
チラッと金城さんの方を見る。
「な、何っ!?」
「金城さんもちゃんと勉強しなよ?」
「し、してるよ!」
「してるならノートは文字でいっぱいになるはずだけどね。小鳥遊さんと似たような感じだよ、君も」
「うぅ……。わ、分かったよー! オタクっちの言う通りにしますー!」
「そうしてもらえると助かるよ……」
む、と金城さんが僕をジロジロと見てくる。コントロールできて上手いこと言いくるめられたことに僕は嬉しくなってしまい、つい本音が漏れてしまった。危ない危ない……いや、本当にあぶねーよ。
未だにジロジロと見てくる金城さん。あの本音がもし聞こえていたのなら、可能なことなのであれば、何も聞かなかったということにしてもらいたいな。そんなことは直接言わなければ伝わらないことだから、何もそれを絶対に望んでいるわけではないけれど。
僕は席を立つ。
「じゃ、じゃあ、僕はこれで……」
「そっか、ならアタシたちも帰るかなー」
蝶番さんも、僕の後を追うように席を立つ。
「あ、オタクくーん!」
「へ、何か?」
「明日も教えてねー! いいよねー!」
「ああ、うん、いいよ……。時間が遅くならない程度に、だけどね……」
「うん!」
小鳥遊さんは可愛い笑顔で返事をした。それに見惚れてしまいそうだったが、立ったすぐ近くに蝶番さんがいたため、その場に立ち尽くすと不審に思われることを考慮し、すぐに顔を背けた。逆に不審に思われるかもしれないけど、まあ、とりあえず背けてみた。
先程のように、『また顔隠したー』と指摘されなくてよかった。引き止められると、もっと帰りが遅くなるかもしれないからな。
顔を背けて、その動きのまま、後ろを向く。そして歩き出そうとした。しかし金城さんが僕の名前を呼ぶ。
「オタクっち!」
注、一応だけど、僕の名前は『オタク』でも『オタクくん』でも『オタクっち』でもない。
金城さんは声のトーンを変えずに言う。
「またねっ……!」
「……」
僕は顔を背ける。
「どうしたの?」
「いや、うん、またね……」
また歩き始めた。……が、そこで突然、すぐ横にいる蝶番さんが腕を突き出してくる。突き出してくるというよりは、そっとお腹の辺りに優しく触れて、引き止めようとしている感じ。引き止めないでほしいけど、彼女にしては珍しいボディタッチだったため、反応せざるを得なかった。
「なんですか……?」
「今日、来るよね……?」
来る? ああ、塾か。
「行くけど……。なんで……?」
「ううん、なんでも……」
そんな会話を最後にして、ようやく僕は教室から出ることができた。
****
廊下を歩いている。外は少し薄暗かった。街灯もついているし、現在は夕方ではなく夜の手前らへんなのだろう。そこのところの曖昧なのは、僕には分からない。
「はぁ……」
ため息をつき、また歩く。
すると、真っ正面からスタスタという音が聞こえてきた。僕が進んでいく方向には突き当たりに階段があるため、そこを誰かが上ってきているのかな。この時間だから、部活で残っている人なのかもしれない。
スタスタという音は、段々と大きくなってくる。廊下に響く。僕の耳に響く。目の前には男子生徒が一人、ポケットに手を入れながら歩いてきている。ちなみに制服である。
その方向に向かっている僕に対して、同じく向かってきているのか? 廊下の照明ははっきりと光っているから、比較的確認しやすいのだと思うが。
「ん?」
その男子生徒は立ち止まった。僕の行手を阻むようにして、立ち塞がった。ポケットに入れている右手を出して、その手の指で、僕の方向を指差す。僕の方向ではなく、確実に僕を指差している。
なんだ? 無視して行こうと思ったが、相手の方が無視させてくれなかった。その男子生徒は言葉を発した。
「おいお前。なかなか面白いことしてんなぁ……」
「……ん?」
「ははっ……! 俺の『綾』と一緒に仲良くお勉強かぁ? なんでお前なんかが綾の近くにいんのかねぇ」
綾、と小鳥遊さんを名前で呼んでいる。その生徒を、僕は存じ上げていない。
「……君、は?」
「ああ? 俺のことを知らねえのか? マジでお前常識ってもんを理解してねぇようだなぁ?」
なんだこの男。誰だこの生徒。知らん。
「常識のねぇお前に親切に教えてやるよ。俺の名はなぁ、この学校じゃ一人も知らねぇやつはいねぇんだよ」
「じゃあ僕がその第一号だね」
「うるせぇ。とにかく、俺の名はなぁ……」
その生徒は意気揚々に言った。
「
外は、すでに夜と言えるほどに暗かった。
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