第25話

 数日後。


 一学期も、もうすぐで終わりそうな頃になってきた。季節が変わる節目に差し掛かる。何かが変わりそうな感覚に陥ってしまいそうだけど、結局昨年と同じく、ただ時間が過ぎていき、そしてそれを自覚するだけのものなのだ。


 大きなイベントとかはないのかな、なんて思う自分もいる。無心で学校に行って、無心で授業を受ける。それの毎日。特別な行事があることも、特別なことが起きるのも、別にない。何もない。


 いや、あるわ。完全に忘れていた。一学期が終わる。つまり言い換えれば、それは学期末だということだ。


「テストか……」


 定期テスト。定期的に行われる学力調査的なもの。ちなみに今回のは期末テストであり、一学期中で二度目のテストだ。


 大半の生徒はこのイベントが大嫌いだ。僕はそこまで嫌いじゃない。ただ知っている情報を紙に書き写すだけのことなのだから。だが、それらが成績という今後に関わってくる、と考えるとたしかにいい点数を取らなければならない、という心理になる。


 だから必死に頑張るのだ。頑張らなければならないのだ。そのため面倒くさいと感じる人にとっては、このイベントに嫌悪感を覚えることだろう。


 僕の隣の席の人も、その一人だ。


「オタクく〜ん……。テストでいい点数を取る秘訣とか教えてよぉ……。このままじゃ、ボク絶対に赤点だよぉ……」

「は、はぁ。いい点数なんて誰でも取れるよ。別に秘訣なんてないし、小鳥遊さんが頑張ればその分結果に繋がるのさ。逆に頑張らなかったら、それはそれで結果につながってくるけどね」

「オタクくんはそう簡単に言うけどさぁ……ボクは物覚えが悪いし、何より問題そのものを理解できないくらいにおバカなんだよぉ……」

「そう言われても……」


 そう言われても、秘訣なんて本当に存在しない。君が全力で頑張って、授業で習ったことを全て頭に入れるつもりで、その上で勉強すればいいのだ。最終的にはそう落ち着くし、究極的に言えば『勉強しろ』になる。


 僕からは何も言えないな。何も言えないが、何かをしてあげられるのでは?


「でもなぁ……。君が頑張るしか、ほかに方法は……」

「分かってるよぉ……。分かってる……結局はボクの力が頼りなんでしょ……? でもボクは本当におバカだから、どうしても一人じゃ勉強できないんだよぉ……!」

「一人じゃ、ねぇ」


 一人ではできない、か。一人では、一人では。


「なら、複数人では?」

「複数人?」

「そう、複数人。複数っていうのは、二以上のことで……」

「知ってるー! それは知ってるからー! つまりボクの勉強を、誰かが見てくれるっていうことなのー?」

「そうだね。だから僕がぴったりな人を……」

「オタクくんがいいー!」


 大きな声で小鳥遊さんが言ったため、クラスの人たちは一斉に僕たちの方向を向いた。みんなの注目を浴びている、みんなの視線が僕に集中している。恥ずかしかった。


「え、なんて?」


 いや聞けよ、自分。女の子の話は全部聞いとけ。


「もうー! 聞いてよ、ボクの言葉ー!」

「う、うん。ごめん。それで?」

「オタクくんがいいのー!」

「へ?」

「だ、か、らー! オタクくんに勉強を見てもらいたいのー!」


 なんで僕? 蝶番さんを紹介しようかと思っていたけれど、なぜに僕なのだ?


「とりあえず今日から勉強会だからねー! 放課後、ここの教室ねー!」

「いやいや、話が進み過ぎでしょ。僕まだオーケーなんて一度も……」


 小鳥遊さんは上目遣いで言った。


「お願いだよぉ……。ダメ……?」


 了承するしかなかった。



 ****



 放課後。


 考えてみたところ、蝶番さんは塾に行っているし、大学とかも興味があるらしいし、それに勉強熱心でテストなんかも頑張る真面目な子である。そんな子に小鳥遊さんの勉強を見てもらう時間、あるのだろうか。


 いいや、ない。そもそも彼女はその時間をもっと自分の勉強、及び自分の時間として有効活用したいはずだ。小鳥遊さんが無理を言ってお願いすれば、いやいややってくれるかもしれないけど、小鳥遊さん自身が僕に見てもらいたいと言っているし、これはもう僕がやらなければならないことに繋がってくる。


 はぁ……。放課後、教室で。告白をするにはいい場面だと思うが、しかし告白なんてもってのほか。僕は小鳥遊さんの勉強をためにここにいる。


「オタクくーん! さあ! 勉強! 教えて!」

「うん、教える前に……」

「教える前に?」

「離れようか……」


 胸を押し当ててくるな。今すぐ引き剥がしてもいいが、小鳥遊さんはガッチリと僕の腕を絡め取っており、それが意外と難しいのだ。さて、どうしたものか。


「どうして? 離れたら、オタクくんの分かりやすーい解説が近くで聞けないよー?」

「はいはい、じゃあこの状態でいいからとりあえず勉強道具を取り出そうか……」

「はーい、ペンと消しゴムー」

「それだけじゃないでしょ? 教科書とノートは?」

「教科書ーと、ノ、ノート……」

「ん? これ、新品のノート? 随分と綺麗なものを使ってるんだね」

「い、いやぁ、褒めすぎだよー……あははー……」

「本当に綺麗なノートだよ。まるで新品同然のように一度も使った形跡が見られない、綺麗なノートだよー」


 ピクッと、彼女の体が震えた。


「小鳥遊さんって授業中、ペン持ってないでしょ」

「あ、あははー……」

「笑って誤魔化さないでよ。ちゃんと授業聞いてたら、自然とテストでもそれなりに点数は稼げるんだから。ちゃんと先生の話、聞いてたほうがいいよ?」

「う、うん……」


 パラパラと教科書を開く。小鳥遊さんは、ほとんど授業中に寝ているか、僕にちょっかいをかけてくるだけのため、分からないことだらけだと思われる。そんな人に教えるとは、なんて至難の業なのだろう。


 そうだな。どこが分からないのかを把握して、そこを重点的にやっていけばいいか。……だけどなぁ。彼女の分からないところというのが、どこからどこまでなのか、少し怖いところではある。


「小鳥遊さんはどの教科をやればいいと思う? 自分の苦手な分野でもいいよ」

「全部ー」


 やっぱり。全部なのであれば、当然その分野の全部が分からないのだろう。これはマズいな。テスト期間中に終わるだろうか。それに僕一人というのも心細い。


 すると教室の扉が開いた。


「綾ー? 一緒に帰ろー? ……って、何してんだアンタら?」

「あっ! またオタクっちにくっついてー! ウチもー!」

「オタクが教えてあげてんのか。へぇ……、アタシ以外にも教えるんだ……」


 なんか乱入してきた。蝶番さんと金城さんが。


 もっとマズいことになってしまった。

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