第16話

 何事もなく、談笑しながらドリンクを飲んでいる三人組。僕は仕事をしつつ、その三人の姿を微笑みながら見ていた。楽しそうに過ごしていて、とても羨ましいと思う。本当に彼女らは仲が良く、本当に友達という存在なのだと分かる。


 金城さんはチラチラと僕の方を見ては、他二人の会話に戻り、また見ては、また戻るの繰り返しをしている。そんなに僕のことが気になるのか。いや、僕のことではなく、メガネをつけていない僕が、他の二人にバレないようにしているかを監視しているのか。なんとも厳しい子なのだろう。ゆっくりと放課後のティータイムを満喫すればいいのに。


 それに、もう小鳥遊さんにはバレてるし。このことを彼女に、金城さんに伝えようか迷っている。どうしたものか……。はぁ……。


 考えていると、当の本人である金城さんが、テーブルを離れてこちらに来た。


「おーい……」


 レジの下側の死角からヒョコッと顔を出す彼女。可愛いことは認めてやる。しかし僕はまだ接客の途中だし、後ろに並んでいるお客様もまだいるという点から、その彼女に反応する及び対応することは許されない。


 僕は彼女の小さな頭を下に押し下げていく。とても手を置きやすい頭だった。


「ゔぅー……!」

「唸ってもダメだよ。まだ並んでいる人もいるんだし。また、あとでね?」

「ゔぅん……」


 それは頷きか? 唸り声か? 普通の返事か? まあ別に、僕の話が分かってくれたのならどれでもいいのだけれど。


 僕がそう言うと、金城さんはトボトボと戻っていった。続けてお客様の接客をしていく。


「いらっしゃいませ。ご注分は何になさいますか?」


 僕はお決まりのセリフを言う。



 ****



「じゃあアタシ、そろそろ塾だし帰ろっかなー。ここのドリンク美味しかったし、それにイケメンな店員さんもいたし、満足満足ー!」

「それじゃあボクもおうちに……」

「てゆーか、オタクいなかったくね? もしかしてアタシらに見られるのが嫌で、急にサボったとか?」

「それはないと思うよー? オタクくん真面目だからねー」

「でもいなかったわよ?」

「いや、それは……まあ、色々とあるんじゃないかな? ほら、奥で作業してる可能性もあるし……」

「そ、そうだよー! オタクっちは奥で雑用ばっかしさせられてるからねー! あんまり見れないと思うよー!」

「そっか……。じゃあまた明日ね、二人とも」

「うん、それじゃー」

「バイバーイ!」


 遠くだったから内容は分からなかったけど、三人はお喋りをして、それから帰路についた。金城さんは一人でまだ残っていたけど。多分、僕を待っているのだろう。あとでね、なんて言った僕の言葉をずっと信じているのだ。僕がそんな彼女を裏切るわけもない。


 やっと僕も仕事が終わった。色々と動くこともあったため、身体中の疲労感が凄まじかった。普通にやっていたら、こんなに疲れることはないはずなのだが今日は違う。いつもとは違うところがあったのだ。彼女らの対応は、なぜだかいつも通りにはできず、無駄に力を入れてしまい体力を消費してしまった。特に小鳥遊さん。彼女が『バレてるよー』とカミングアウトしたのが一番だ。今日で一番疲れがどっしり来た。もうどうでも良くなったからだ。


 あちこちの筋肉が重たくて、痛くて、ちょうどよく時間も経過していたから、胃の中に何かを入れたかった。休憩はあっても、少しだけの休憩であり、そこまでガッツリと休めるものではない。お腹が空いた。


 帰りの支度をしていると、冷蔵庫をガサガサと漁っている店長を発見した。気になってジーッと見ていると、逆に僕も店長に発見された。チョイチョイ、と手招きをしているため、素直に近づいてみる。


「はいコレ」

「え? これ、なんですか?」

「廃棄処分するケーキたち。他の従業員にも分けてあげなよ。意地悪するんじゃないよ、独り占めはダメだから。みんなで食べなよ」

「分かりました。ありがとうございます。さっそく皆さんに……」

「ああ、あとコレ!」

「へ? まだ何かあるんですか? 今さっきもらったのがだいぶあると思うんですけれど……。まさかこれの倍……」

「そんなにあげられるか! あとの廃棄は全部ワタシのだ! 誰にもやらん!」


 食いしん坊の店長だ。しかし、久しぶりに廃棄をもらって嬉しく思う反面、いつもはどうしてもらえないのだろうか。店長を見ると、右手にはドーナツ、左手にはシュークリーム。このように店長が独り占めしているからだと推測できる。


 いや、さっき『独り占めはダメだ』とか言ってたじゃん。……。何も言わないでおこう。なんか怖いからな。


 両手に持っているスイーツを頬張る店長。食べながら説明をする。


「これは特別なスイーツなんだ。あそこにいる君の彼女に持っていってあげなよ。二人で仲良く食べなさいよ」

「彼女? あそこにいる? ああ、あれは彼女とかそういう関係ではありませんよ」

「じゃあどういう関係なの?」

「どういう関係か、ですか……。知り合いってだけですよ。うーん、いや、違いますね。おもちゃとそれを使って遊ぶ子ですかね。ちなみに僕がおもちゃの方です」

「えぇー? 何それー? 絶対に彼女だと思ったのに。あんなに距離近かったくせに、何の進展もないとかありえない」

「レジ前のやつ見てたんですか? マジかよ、めっちゃ恥ずかしい」

「見てたよ。あの子、すっごい身を乗り出してた」

「それもですか……」


 なぜ今言う。そんなツッコミをしたくなった。


「早く進展させな。君はそういう気持ちとか無いのかい?」

「その、店長が言ってる『進展』ってどういう意味なんですか? 何がどう進展するんです?」

「あー。君はもしかして、人の気持ちに気づけないタイプだな? 人よりずっと鈍いんだろうね」

「鈍い? はて?」

「いいや、なんでもない。とにかくコレを持っていってあげなさいよ。あの子、ずっと君を待ってるだろうから」

「ああ、はい」


 ピンク色の箱を渡された。他の廃棄は全て従業員の場所に持っていき、そのピンク色の物は、金城さんのところに持っていく。


「金城さん?」

「うん? あっ! オタクっちおつかれー!」


 可愛らしい笑顔で迎えてくれた。


「おつかれのところ悪いけどー……」

「ん? どうしたの?」

「遅いんじゃい! いつまでウチを待たせるつもりなの!? ウチずっと待ってたんだからね! 綾と瑠璃奈が帰ったあとでも、ずーっとオタクっちを持ってて……」

「ごめんね。お詫びに、これ」

「な、なにこれ? 箱? 何か入ってるの?」

「入ってると思うよ? 重さもたしかにあったし。中身は僕も知らないけどね」

「ふーん。開けるね?」


 その箱は小さかった。そのため、金城さんの小さくて可愛い手でも開けやすかった。


 中身は店長の言っていた通り、スイーツなんだろうけれど、僕も金城さんも何も知らないから意外とドキドキした。


 その中身は……。


「あ……イチゴムース……」

「カップのだね。……食べないの?」

「いや、食べるけど。急かさないでよオタクっち。それとも何? ウチのこと食いしん坊だと思ってるんでしょー!」

「そんなふうには思ってないよ。食いしん坊なのはここの店長だけだよ」

「ま、まあ。ありがたく頂戴して……って、あれ?」

「? 何か変な物でもあった?」

「いや、箱の中にまだ何かが……」

「もしかしてもう一つあるんじゃ……。でも箱の大きさ的にこのムース一つくらいだけど……」


 金城さんが箱の中から取り出したのは、小さな手紙であった。手紙? そういえば、店長がさっき『特別なスイーツ』とか言ってたな。いつもありがとうございます、とか書いてあるのだろうか。


 今度はそれを開封する金城さん。僕も気になる。


「……」

「何が書いてあったの?」

「え……! いや、あの、えっと……!」

「見せてくれるかな?」


 そこには……。


「I LOVE YOU。これって……」

「え、えっと……!」

「いや! ちがーう! 違うんだぁー! これは! 僕が入れたんじゃなくて! その! 店長が勝手に入れたものだよ! ぼ、僕じゃないから!」


 犯人の方を見てみた。ニヤニヤしている。もし暴力が合法だったなら、今頃店長に殴りかかっているのかもしれない。良心が働いて、ギリギリで止まれる自信はあるが。


「と、とにかく! これは僕がやったんじゃなくて!」

「オ、オタクっち!!!」

「はい!」


 いい返事をした。あーあ。これで僕の好感度絶対に下がったな。もうここへも来ないんだろうなー。これで一人の常連がいなくなってしまうのか。店長の責任なのに……。


 金城さんは、気味悪がらずに、軽蔑せずに、厳しい眼差しではなく、それよりも、もっと優しい眼で……。


「ありがとう!」


 と、一言、最高の笑顔で言ってくれた。


 もうなんかすごく嬉しかったけど、疲れと意外なことが両方襲ってきて、頭はパンクしそうだった。

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