第5話 ロクちゃんの正体
昼まではいつものように仕事をして、昼休み。
俺は六反田に連れられて、いつも昼食に利用している会社そばの居酒屋に立ち入った。ここはランチを安く提供してくれるから、いつも助かっているのだ。
そこで、六反田と向かい合うように座りながら、俺は驚きの声を上げる。
「えぇっ」
思わず手に持った味噌汁をこぼしそうになった。俺の目の前には唐揚げ定食の盆が置かれている。俺の驚きなど気にする風でもなく、豚の生姜焼きに箸をつけながら六反田が言った。
「そう。六反田洋輔は三次元で活動する時の、いわば今の時代用の仮の名前。フレーデガル・フュルヒテゴット・フライフォーゲル、っていう、高次元存在としての名前が、俺の本名ってわけ」
しれっとそう言いながら、六反田の大きな口が生姜焼きを一口で中に収めた。
驚いた。俺のように高次元の存在と契約してその姿になっている、というのではなく、高次元の存在そのものだというのか。
「に、人間じゃ、ない?」
「ない」
アホみたいな口調で言いながら問いかける俺に、生姜焼きを飲み込みながら六反田が言う。聞けば、不老不死であるがゆえに何百年、何千年と生きていて、子供どころか子孫も何十人といるらしい。不老不死の生き物が子孫を残してどうするっていうんだ。
もう昼食どころじゃなくなっている俺の肩から降りて、居酒屋の座卓の上に腰を下ろしたわらびが尻尾をぱたぱた振っている。
「フライフォーゲル家は名家なんですよ、私より使者としての位も高くて、アビスの件は彼が統括責任者です」
「うちの分家から出るならまだしも、本家のうちから使者が出るを通り越して、人間に化けて直接関わるなんてこと、普通は無いんだからなー。それだけ難敵なんだぞ、うちの会社」
わらびの言葉にうなずきながら、六反田が小鉢の浅漬けに箸をつけた。六反田も六反田で、獣人だから食べ物がどうこうということはなく、普通に人間と同じものを食べれて酒も飲めるということらしい。それは、今まで何度も食事をともにしてきたから分かるが。
二人の言葉に目を白黒させながら、腹を満たすために唐揚げをかじる。いつも美味しくてからりと揚がって気に入っている唐揚げなのだが、今日は味なんて分かりやしない。
そんな俺に目を向けながら、六反田が深くため息を吐いた。
「はー、にしても、ようやくトソちゃんが契約締結に踏み切ってくれたのは良かったよ。これで俺たちも、本腰入れて仕事が出来る」
「申し訳ありません、何度も誘いはかけたのですが、口に来られることが昨日までなくて」
彼の言葉に、わらびが神妙に頭を下げた。その低姿勢、六反田が統括責任者だというのは間違いなさそうだ。
申し訳無さそうに話すわらびに、箸の先を向けながら六反田が言った。
「全くだよキネスリス、しかも一次契約しか結んでない? アビスがどんだけ
六反田がわらびとなんでも無いことのように会話しているのを見て、俺は目を剥いた。今、わらびの姿は他のお客さんや店員さんには見えていないはずだ。それと平気な顔をして会話している六反田。大丈夫だろうか。
というかそういう問題ではない。明らかに話している内容がよろしくない。俺の喉から変な音が出る中、わらびがもう一度頭を下げた。
「申し訳ありません、さすがに気が引けまして」
「ちょ、ちょっ、ロクちゃん、ここ居酒屋! それにまだお昼!」
わらびの言葉を遮るようにして、俺は六反田を止める。さすがにヤっただのヤってないだのなんて話、こんな場所でするものではない。
だが、六反田は小さく笑いながら、俺の手を押さえる。
「心配すんなって、時間軸をずらしてあるから、俺たちの話は誰も聞いてないよ」
「ええ……」
あっけらかんととんでもないことを言ってくる六反田に、俺はなんとも言えない声を漏らした。
六反田とわらびが言うことには、四次元世界の住人である二人は世界の『時間軸』をずらし、今自分たちがいる空間の時間をずらすことが出来るのだと言う。
この居酒屋の中は昼の12時過ぎになるが、俺と六反田のいるこのテーブルだけは2時間ほど早め、10時頃になっているのだそうだ。それは、誰にも聞かれていなくて当然だ。
さっさと生姜焼きを完食した六反田が、味噌汁に手を付けながら小さく笑った。
「ま、それはそれとして。最後の一人であるトソちゃんが舞台に上がってくれたから、ようやくうちの会社の『ひずみ』に手が付けられる。一次契約までしかしてないからって文句は言わせないから、覚悟しろよ、トソちゃん」
「うぅ……俺はこれから何をさせられるんだ……」
彼の言葉にげっそりしながら、俺は定食を食べ進めていく。いくらこの空間だけが2時間早いと言ったって、店の外はいつも通り12時過ぎなのだ。悠長に食べてもいられない。
唐揚げを口に含み、噛んで、飲み込んで。そうしてようやく、俺は頭の中が整理できた。
六反田は俺を待っていたということだ。そして俺が動けるようになったことで、ようやくうちの会社の「ひずみ」をどうにか出来る、ということも。
「でも、うちの会社のブラック具合を放置してもいられないしな……やれる範囲の手伝いはするよ」
「ばーか」
笑みを見せながらなんとかその場を取り繕うように言うと、俺の顔を見ながら六反田が口角を下げた。俺の顔にその黒い鼻を近づけながら言う。
「手伝いどころじゃないぞトソちゃん、何のためにその眼を持ってると思ってるんだ?」
「ご主人様の『真実視』があればこそ、会社の抱えるひずみに切り込んでいけるんです。ご主人様が先陣を切らないとならないんですよ」
「ええ……!?」
わらびも呆れた表情で俺に言ってきた。それを聞いて俺は小さくのけぞる。
まさか、俺はそんなに重要な立場に置かれていたのか。俺が先陣を切って動き出さないとどうにもならない、だなんて。
やいのやいのと俺に文句を言ってくるわらびと六反田の前で、俺は頭を抱えた。その「仕事」とやらがちゃんと出来るか、今からとても不安だ。
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