たぶん僕等は『シリアスすぎると死んじゃう病』なのかもしれない

       








 高性能AIが必要としていない呼吸でため息をつく。


『はぁ、やっぱり全部を話すのはまだ早かったかしらン?』


 耳の奥が大音量の砂嵐ノイズを流しているかのように激しく鳴り響いていた。

 俺は、その事実を知っているであろう人物へゆっくりと振り返る。


「司令…、ですか」


 司令の表情は帽子のつばと金髪に隠されよく分からなかった。


「───聞いての通りだ」

「聞いての通りって、なんで…!」

「 " なんで同じ人間と戦うのか " …かな?」

「…!」


 さっき初めて聞かされたばかりの怪人とやらが本当に実在するのか、壮大そうだい妄想もうそうなんじゃないか。みんなして俺をかついでるんじゃないのか。そう思いたかった。まだ実物に遭遇そうぐうした訳じゃない今だからこそ。


「怪人とは何だと思う?」


 顔にかかる髪を払い上げ、司令が真っ直ぐにこちらを見据えた。


「えっ…? お、同じ人間…?」

「それはただの結果だ」


 ただの、結果…?


「最終的に人間だった、と分かった。では? 怪人とは、。君はどう思う?」

「どうって…」


 怪人は俺達と同じ人間。つまり、怪人じゃなければ普通に社会の中で生きている人間って事になるのか?

 その中から怪人が生まれる? 生まれる…この場合は変化するという意味か…?


「…でもそれならもっと大きな事件やニュースになってるよな…」


 気付いたら声に出していた。


「そう。あくまでも我々は表の世界には認知されていない。無論、怪人もだ。表の世界に知られたら世界のバランスが大きく崩れる恐れがある。では、そうならない為には?」

「そうならない為には…?」


 心臓が大きく脈打つ。警鐘けいしょうを鳴らすかのように。

 ───知ってる。そうだ、俺はシッテル。

 人が消えるという現象を。


「君は既に知っている筈だ。人が消えても知らん顔をする世界の在り方を!」


 あ、あああ…

 全身が氷の様な汗を吹き出し指先はしびれてガタガタ震えた。

 記憶のフタび付いた音を立てていびつに開いていく。


「つまり…最初からいなかった事にされて…? あの子は攫われたって…言うんですか?」


 誰にも " あの日 " の事は話していない。でも目の前の奇妙な格好をしたこの人は、話していないけれど、多分、知っている。そう直感した。


「恐らくはその想像通りだ」

「そんな…なんで…」

「残念ながら理由は未だに解明されていない」


 違う、それが問題なんじゃない。

 次に口から吐き出す言葉を、どれだけの覚悟で送り出しただろうか。


「───いなくなった人が、怪人になるって事ですよね?」


 あれだけ激しく鳴り響いていた耳の奥の砂嵐ノイズが、止んだ。鼓動こどうがみんなに聞こえるのではないかという程の静寂せいじゃくに飲み込まれ。 


「それが現在、一番有力視されている説だ」


 オブラートに包んだ言い方だが、視線を外して告げた司令のその仕草が『事実だ』と言っている事くらいは俺にでも分かった。


「じゃあ…あの子はもしかしたら、怪人として…もう…」

「待てレッド、決めつけるのは───」


 こちらに伸ばしてきた司令の手を振り払った。


「決めつけるなって!? 何をもって絶望するなって言うんですか! あの子がいなくなったのはもう10年近くも前なんですよ!? いなくなった人がどれくらいで怪人になるのか知りませんけど、仮にもしまだ生きていたとしても…10年間も何処どこか分からない場所で誰からも忘れられてひとりぼっちだったなんて…そんなの可哀想かわいそうすぎるじゃないですか…!」


 もう自分が何に対して感情を振るっているか分からなかった。何を口走ったのかも。

 しかし次の瞬間動いたのは───

 ズボォ!!っと弾けた布団玉と、バガアァァン!!と派手に開いた隣の部屋のふすまだった。そして。


「へっ?」


 気を取られた一瞬に、後頭部と背中に激烈な衝撃が走る。


「「 10年程度で諦めてんじゃねえよ!!!! 」」


 青沼さんと桃井さんの全力の張り手が背面を襲ったのだった。


「痛ったあぁぁぁ!!?」


 視界に星が飛んだ。しかし桃井さんは間髪かんぱつ入れずに俺の胸座むなぐらつかむとひたいが触れるくらいに顔を寄せて怒鳴った。


「アンタさ、友達をどこの誰かも分かんない奴に奪われて悔しくないのかよ!!」


 燃える様な、怒りと強い意志に満ちた瞳が俺を逃がすまいとにらみつけてくる。


「戦って、自分の手で取り戻す! 男ならそれくらい迷わずに言えねぇのか!!」


 そしてふと気付いた。前髪で隠れていたから分からなかったけど、桃井さんのひたいには大きな傷痕きずあとがあった。古い物の様に見えたが、こんなに痕が残る程の傷はちょっとやそっとのレベルの怪我じゃないはずだ。

 俺が何を見ているのか気付いた桃井さんは手を離し、前髪を不自然に直しながらそっぽを向いた。


「…ニキビつぶしたあとよ」

「嘘つけ!!!!」


 どんだけ巨大なニキビですか!! カラータイマーかよ!!


「レッド、俺はな…双子の弟を奪われたんだ」

「えっ!?」


 青沼さんの唐突な告白に、理解するまでに時間を要した。


「お前と同じく何年も前になるけどよ」


 今までの印象から想像もつかない程の真面目な表情で青沼さんは言う。


「朝起きたらいない事にされてた。信じられなかった。そんなハズ無い!ってひとりだけ叫んでる自分の方が実はおかしくなったんじゃないのかって思った」


 同じだ。あの時の自分と。


「だけど俺の事を信じてくれる人がいて、司令に出会って、俺は自分の意志でここにいる。それにな、双子だからか分かるんだよな」


 青沼さんは親指で自らの心臓付近をトンと指す。


「アイツが…今もどこかで俺を呼んでるんだ。笑われるかもしれないけどさ、魂がそう感じてんだよ」


 冗談でも例え話でもない、確信に満ちた顔で青沼さんはニカっと笑った。


「だから俺は諦めない。何年でも何十年でもな。死ぬまでアイツを探し続けるって決めたんだ。お前はどうだ?」

「青沼さん…」

「ふん、バッカじゃないの」


 桃井さんがまたしてもKYをブッ込んでくる。(【頭脳戦の様相を呈してきたのに如何せん内容がしょっぱい】参照)


「何だよピンク?」

「探して見つけてハイ終わり!じゃないでしょ。アンタはいつも考えが足りない」

「ああん?」


 再び憎しみに満ちた瞳で桃井さんは吐き捨てるように言う。


「あの子を見つけ出したら、その後はどこのどいつがこんなふざけた事を仕組んでいるのか…私はそれを必ず明らかにする。 " あの時 " の借りは絶対に返すッ! この全力の右フックで!!」


 ブォンッ!と桃井さんの右が俺の鼻先をかすめた。

 こ、拳が…見えない…。


『やっだーーー♥ マスターったら燃えてるぅアツいぃぃ♥♥ アタシ熱で溶けちゃいそうぅぅぅ♥♥』


 どうぞ。

 どうぞだった。(大事なので繰り返した)

 アイルビーバックしないで下さい。


「うっさい、クネるな!」

CooLクール!!』


 自分のコピー元の雄姿ゆうしもだえる暴走AIに一瞥いちべつをくれると桃井さんはこちらに向き直る。


「いい? 私達は同じ経験をしている、数少ない同士よ。アンタの事はまだ何も知らないからアンタを信じる訳にはいかないけど、アンタがもし消えた友達を助けたいって思うなら、私は少なくともその気持ちだけは…その……信じて…アゲル…」


 どうして最後にモニョるんですか。不意打ちでかわいいなこの人。


「おっ、それってアレだなピンク、ツンデレ!!」


 言うなや!!


「うっさいハゲ! ね!」


 貴重なトゥンドゥレツンデレ桃井さんが月の裏まで吹っ飛んでしまった。


「あと10年はハゲないし死なん!!!」


 あと10年で髪と寿命に見切り付けるの早くないですか?

 …あれ? このやり取りにも無かったっけ? 俺が倒れる前に…デジャヴ?


「レッド」


 喧嘩する二人を横目に司令が口を開く。


「君の御友人だが、どんな人物だったか教えてもらえないだろうか」

「えっ…」

「もしかしたら何か手掛かりに繋がるかもしれない」


 10年も前の事が?

 と思ったけど、そうやって諦めたらダメなんだ。たった今そう教わったばかりじゃないか。


「分かりました。でも話すとちょっと長くなりそうなのでコレを…」


 俺はいつから持っていたのかも忘れていたを司令に手渡した。


「む…? これは…」


 呼吸を整え、司令の瞳を真っ直ぐに見つめ、俺は述べた。


「あの子との過去…、『TIPS 2【R】』と『TIPS 4【R】』のページのQRコードです」

「「 メタかよ!!! 」」


 喧嘩していた二人が綺麗にツッコんだ。










(本編次話【部屋に戻ったら秘密の本棚が整理整頓されていた如き絶望感よ君に届け】に続くッ!)

(その前にいくつかTIPSが挟まります)






           

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