TIPS 3-4 【P】

          







 気付いた事がある。

 一つ目。眩暈めまいと吐き気はとりあえず回復した感覚はあるのに、足元がおぼつかない感覚が消えていない。

 体の事は自分の脳が(たぶん)一番理解しているから間違い無いと思うんだけど、後者については自分の体が理由じゃない気がする。

 何て言うか…職員室前で強制的に引っ張られた時みたいな感じ? それだけじゃない。腕が、お腹が、顔が、細かくかすかにゆがんではねじられ引きばされる様な。それがもし急激に体を酷使こくしした事によるものが原因であるならば、一時的な疲労感だと切り捨てたんだけど…。

 視界に映る世界がさ、一部分がぼやけたりゆがんだりしてるんだよね。ノイズみたいに。

 ファンタジーすぎて考えたくもないけれど、これって多分だろうな…。

 階段を上り続け、四階が近付くにつれてハッキリと聞こえてくる。【音楽室の音が遅れるピアノ】。

 相手にするのもめんどくせえ。


『音聴いてるだけで " 遅れて聴こえる " かどうかなんて分かるかバーーーーーカ!! いっく堂かよ!!』


 背後からガーンって効果音旋律が聞こえてきそうだった。知らんわ。

 後を追いかけるにあたって現物を見なくてもいいのだろうか、という気がしなくもないが、七不思議の " 位置 "に 意味があるならば、今全身が感じた " ひときわ大きな感覚のゆがみ " が恐らく " 場 " を通過したという証明なのだろう。

 私は呼吸を整えもせずに、辿り着いた校舎四階の逆端ぎゃくはじ、六番目の理科準備室前を目指す。

 ───気付いた事、二つ目。

 ウチの七不思議には、。七つもシナリオがあるのに?

 その内のいずれにも " 学校の怪談常連怪異オールスターズ " が登場しないのだ。

 少なくとも私が知る他校の七不思議とか都市伝説には、最低でも一体はハナコサンやらアカマントやらテケテケやらが登場する。

 それらは七不思議を脚色するにあたって、分かりやすく、象徴の様な、本当の意味で物語を安定させる役を買っている様に思えた。

 ウチの場合はどうだ?

 確かにあの下駄箱は驚いたけど、あれは単に " 現れただけ " だ。どこかの時代から。

 階段の鏡もオバケが映る訳じゃない。単に時間のズレがオチだった。今通り過ぎた音楽室だって " 遅れて聴こえる " のが売りであり、非業ひごうの死をげた音楽家の霊とかがいっこ堂をやっている、なんてのがメインじゃない。

 残り二つの七不思議もそう。七不思議すべてを一括ひとくくりに出来る。

 おかげさまで非常にファンタスティックで中二らしいに気付いてしまった。


『この七不思議は、すべて " 時空 " が絡んでる…!』


 時空───つまり時間と空間。

 締め出される、現れる、引き戻される、流れる時間がズレてる、遅れて聴こえる、巻き戻る、過去を放送する。これらは時空をひん曲げられた結果だろう。

 先程から感じている体の不快感と視界のノイズは、恐らくこれら全てが関わったこの校舎その物の空間の歪みなんだと思う。

 ならば八番目の【とびらのむこうがわ】も恐らくは時空に関する物。…あの子の言動とタイトルで予想するに、一番最悪な結末。


『私をだまして勝手にサヨナラなんて…絶対に許さないからな!!』


 ぐわん、と大きく空間が波立った。

 六番目の理科準備室を通過した印だった。




 ピーン… ポーン… パーン… ポー…ジジ…ザザザ…




 毎日耳にしている、耳慣れない四音が四方から突然木霊こだました。さすがの不意打ちに足が止まる。


『何で…? まだ放送室には…』

「…ねえ、こ…学校にまつわる八…思議って知っ…る?」

『!?』


 スピーカーから聞こえたまさかの声に、ただでさえ疲労で激しく脈打っている心臓が更に跳ね上がる。


「八番…の不思議、…れは…【■■■■■■■■■】…」

「…れ見て、何か……じた?…」

「…ううん、何…もな…」

『やめろ……』


 それは、私が気付けなかったモノ。


「私…だけしか…世界に存在していない……ね」

『やめろ…!』


 大事だ大事だと言いながら結局は手を放してしまった。


「どうして……ダメな…………の?」

『やめろっつってんだろ!!!!!!』


 転がり落ちる様に階段を駆け下りる。

 至る所に設置されたスピーカーは悪意のあるミュート無音を挟んであの子の声を流し続けてくる。


「…やっぱり、私だけ……」


 うるさい。違う。

 足がなぜか、走ろうとするのを邪魔する。


「…暗く…ってきた……」


 うるさいうるさいうるさい。そうじゃない、そうじゃないんだ。

 手でふさいだ耳が、勝手に音を拾ってくる。


「…ごめんね………帰って………」


 うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。


「私 達 、       ?」

『ひっ…!』


 突然、ハッキリと、あの子の様な得体の知れない何かの様な声が大音量で響き渡った。

 これは過去なんかじゃない。あの子のこんな言葉、私は知らない。


 誰だ、お前は。


 初めて、怖いと思った。

 このオカルトな現象が、ではない。

 あの子にそう思われる事が…怖かった。


『止まるな…進まなきゃ…』


 たった今まで全身を燃えるような熱が駆け巡っていたというのに、嘘みたいに冷え切っていた。

 ひざが、腕が、視界が、支える心を失いガクガクと震えた。

 空間の歪みなのかどうかも分からない。


「ネエ、アノ時ドウシテ、引キ止メテクレナカッタノ?」


 放送室が見えてきた。恐らく誰もいない。この声の主も。まやかしだ。


「私ノ事、好キジャナカッタノ?」


 考えろ考えろ考えろ。ここはまだ七番目だ。八番目、そこはどこだ。思考を止めるな。目を閉じるな。耳を貸すな。


「寂シクテ悲シクテ、デモ必死デ

『…! ぁ…ぁぁ…』


 そいつの言葉が、否応いやおう無く入って来る。

 玄関で別れた時、あの子は両手でじゃないか。

 私だけが知っていた、あの子のクセ。私だけ秘密。

 私だけしか見抜けないのに。

 私は、また見落とした───?

 私のせいなのか?

 …そうだ。

 全部、私の、せいだ。

 じゃあ私が今している事は? 誰の為? 何の為なんだ? あの子の為? 本当にそうなのか? ミスを重ねた自分自身への言い訳と自己満足の為じゃないのか? 追いかけて、もし間に合わなかった時に「私はそれでも頑張ったんだ」っていう免罪符めんざいふの為じゃないのか?


「八番目、トビラノムコウ、ウズノ底、泣イテルヨ、独リデ」


 【とびらのむこうがわ】…。

 何となく場所は予想していた。うずの底───八番目が " 物語の位置をつないで出来る軌跡きせきの終点 " と仮定した時、この放送室の付近が渦の中央近くになる。

 散り具合、って訳ではないけれど、多分三階なんじゃないかと思う。扉が開く場所。場所。

 …ああ、そういう事か。" あれ " は。

 予想が、答を得た。

 放送室の扉を背に振り向くと、目の前の中央B階段を見やる。

 行くのか? 怖い。でも行かなきゃ。

 トーーン…。無駄に響く足音。

 恐ろしくなる程に一歩が重たかった。なまりくつき、どろの中を進むかの様に。

 …七不思議二番目のあの " 下駄箱 " に打ち付けられていた二枚のプレート。


  ┌─┐

┌─┤4├─┐

│3│※│5│

└─┤2├─┘

  └─┘


 あの重なった部分(※の位置)に大量に打ち込まれていたくぎ

 最初、あのプレートはクラスを表す『4-2』と『3-5』で、隠された部分は真ん中の『-』だと思っていた。でもあのプレートは実はクラスのプレートでは無く『432』と『345』と書かれただけの " ただの板 " だったとしたら?

 確実に殺し隠すかのように釘の墓標にされた『3』と『4』。むべき物。存在してはいけないモノ。

 その隠れた二つの数字がもし学級をあんに示している物だとするなら、4年3組の可能性だってある。

 が、この学校が八不思議の舞台にされているなら、創立された年や部屋数の関係上四年生学級なんてモノはどこにも存在出来ない。

 " 存在出来ない " と " 存在してはいけない " では意味忌みが違う。

 ならばこの学校に過去に存在し得た3年4組の方が信憑性がある。それだけの乱暴な推測すいそく。過去に実際に何があったのかなんて興味は無い。何も無い可能性だってある。

 ただ、もしそのクラスが仮にあったとしたら───それはこの階段を上がった正面に存在する事になる。渦の、中心に。

 …がまた一つ増えただけだ。

 人生で一番苦しい階段の、最後の一段を上りきった。

 肺が凍ってるんじゃないかと錯覚するほどに冷たい息を荒く吐き出し、顔を上げ…


『!?』

 

 真正面の、白く塗り固められた廊下の壁に、









 (TIPS 3-5 【P】へ続く)







           

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