電車にて

はなたば太郎

絡まれ日和

 これから話す話は、私が高校生でヤンチャに明け暮れていた頃の話である。 


 その日はいつもより早い時間帯の電車に乗って帰った。なぜ、早く帰路に着けたのかは、私の記憶の中では曖昧であり、思い出す事ができない。しかし、その日は仲間と一緒に帰るでもなく、私一人で電車に乗っていた。

 

 車内はそれほど混んではいなかった。空席もチラホラ目立つ。ガタンガタンと心地良く揺れる列車。夏空は美しく、吊革を握りしめながら、何気なく窓の外に広がる空を見つめていた。


 高校2年の初夏に差し掛かったあの日の午後。ワイシャツの袖をまくり、学ランのズボンは腰で履く。ダボっとしたシルエットが私の中では最高に格好いいと思っていた。ワイシャツのボタンは二個まで開ける。それよりもボタンを開ける奴がいるけど、それは品がない気がして格好悪い。靴はスニーカーではダメ。学ランにはやはりローファーしかない。少しくたびれいるくらいが丁度いい。自分の中でイカす学生服の着こなしに酔いしれながら、左手はつり革を、右手はポケットに突っ込んでかったるそうな自分を演じて電車に揺られていた。


 ガタン。


 車内は暗くなる。トンネルに差し掛かる。

 

 私は自分で言うのもなんだが、勉強もそれなりにできた。悪そうな奴らと仲良くしていたけど、私はヤンキーではない。しかし、見た目は少し悪そうにしていたかった。髪型はマッシュでゆるいパーマ。校則なんて破るためにあるもんだ、が口癖。だがしかし、私は喧嘩もしないし、人を傷つけることなんてしない。少しいきがっているだけで、根は真面目なただの男子高校生。


 ガタン。


 電車がトンネルを抜けた。また、車内には明るい日差しが差し込んだ。


 その刹那、私の左から何か強烈で、しかし、どこか憎悪に満ちた、不思議な視線を感じた。


 何があると言うのだろう。


 恐る恐る左に顔を向けた。


 5メートルは離れていただろうか。そこには濃い緑色のブレザーを着て、頭を坊主に丸め、眉間には深く深く皺を刻んだ高校生がこちらを睨みつけて立っているではないか。明らかに臨戦態勢に入っている。


 おい、ちょっと待て。君にいきなりそんなに睨みつけられる理由なんてないはずだ。一体なんだ、その親を殺した仇を見るような憎悪に満ちた目は。君に何をしたと言うのだ。私の存在そのものが気にくわないのだろうか?いくらなんでもそれは理不尽すぎる。そんな不条理が許されていいはずがない。少なくとも私は君と戦う意思はない。私は決して悪ではないのだ。少し悪そうに見えるかもしれないが、それは見た目と中身のギャップ萌を狙っているからに他ならないのだ。


 そうだ、信じられないと言うのなら、私のノートを見るがいい。今日の社会の授業のノートだってある。きちんと色分けして、挙げ句の果てに先生の呟いたことだってきちんとメモしてある。板書されたことを写しているだけの二流ではないぞ。電車内でメンチ切って喧嘩するやつなんかが、ご丁寧に赤ペンで「アリストテレス」なんて書くわけがなかろう。

 そんな私に君と交戦する謂れは一切ないのだ。さぁ、早く隣の車輌に行きたまえ!私を睨み続ける必要なんてないだろう?なんなら、私から隣の車輌に行ってしまうぞ?それは君のプライドをより傷つけることになるかもしれないから、私だってやりたくはない。さぁ、どうだ!争いをやめて、笑顔で行こうではないか!


 しかし、隣のヤンキーは動かない。私の心の叫びは決して彼には届かない。


 いよいよ、恐怖心からか、私の身体中から変な汗が出てくることがわかった。まるで捕食者に狙われる獲物。蛇に睨まれる蛙の心地。


 なぜ、こんな絡まれ方をするんだ。どうして私なんだ。しかし、彼は睨みつけているだけで、一向にこっちにも来ない。一体君はなんなんだ!


 そんな、状況に耐え切れず、思わず視線を右に逸らし、彼を自分の視界から消すことにした。


 逃げるは恥だが何とやら。と言うか、こんなの恥でも何でもない。そして右に視線をそらして顔を上げると、そこには思ってもいなかった光景が広がっていた。


 なんと、右には紺色のブレザーを着た茶髪の髪の長いヤンキーがこちらを睨みつけているではないか!?なんと言う事だ。二人から同時に睨み付けられるとは!私は何という星のもとに生まれ落ちたのだろう。そんなに私と闘いのか?この愚者たちは、どうしてこれほどまでに腕っぷしの強さを見せつけたがるのか。理解不能!


 右からも左からも睨み続けられ、気分が悪くなった私は思わず後方の優先席に腰を下ろしてしまった。私は憔悴しきってしまい、まるで「明日のジョー」の最後のように肩を落とし、極度の緊張からか意識を失ってしまった。





 私が姿を消した後も、二人のヤンキーが睨み合っていたことは言うまでもない。

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電車にて はなたば太郎 @hanataba26

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