第2話 ★草原エリア1:初見殺しの洗礼

「とうとう手に入れてしまったか」


 一人呟き、パソコンにライセンスを読み込ませる。

 500円。それが例のゲームを仕入れるのにかかった金額だ。


 まだ発売して二週間もたってないのにこの値段の下がり様ときたら、今から不安で仕方ない。


「さて、と。始めるか」


 手慣れた手つきでパソコンを打ち込み、VR媒体にデータをダウンロードする。


 読み込み終了までしばらくお待ちくださいって、8時間もかかるのか。

 一体どこにそんな容量を割いているんだ? 

 美波の言い分ではプレイヤーを徹底的にやり込める作りだと聞いていたが、もしや? 


 嫌な想像をし、即座に事前知識を拾いに専用の攻略情報サイトを漁る。


 ──が、出るわ出るわ不満の溜まった言葉の数々。


 如何にクソかを文章化させたら100スレでは書き切れないと言わんばかりのスレッドの伸び。


 もはや攻略のこの字も見受けられないほどの罵詈雑言の数々をくぐり抜け、必要な情報のみを拾っていく。


「……冗談だろう?」


 それが俺の第一声。まとめた情報群は、控えめに言っても生半可なものではなかった。その中のいくつかを上げていく。


 ・NPCは敵。絶対に足元を見られる。買うな。買っていいことなんてない。先に買い込むのは武器。次は食料だ。

 防具なんてあっても無駄であると知れ。


 ・モンスターを雑魚だと思うな。アレは中ボスくらいの立ち位置だ。このゲームに雑魚敵はいない。一番の雑魚はプレイヤーである。そのことをゆめゆめ忘れるな。


 ・種族選びは慎重に。同じ種族同士で固まって動け。ソロでカッコつけたって誰も褒めてくれないし、ぼっちである事は正義じゃない。ここじゃ徒党を組めない奴から排他されていく。


 ・ワードスキルは慎重に選べ。単語ひとつで使えるものなんて然程ない。二つ合わせて初めて効果が出る。これは運営の罠だ。

 最初に選んだ三個によってはパーティからハブられる事もあるので要注意! 



 ここまではまぁ、予想はしていた。

 いくつか理解不能なものがあるが、想定内。

 特にNPCが敵である点などは昨今珍しくもない。

 そしてフィールドモンスターが強い。

 それは嬉しい誤算だった。

 今までのモンスターの弱さには辟易していたのだ。

 だから強いくらいで丁度いいとさえ思ってる。


 後は種族か。なんでも『性格変調』とかいう謎の技術が搭載されており、種族の特徴が色濃くプレイヤーに影響を与えるとかなんとか。

 種族によっては好き嫌いがはっきりと分かれ、協力プレイもままならないと言われてた。

 それもまぁ、大丈夫だろう。


 だが最後のワードスキルとやらは理解不能だった。

 単体で効果が生まれないってどう言う事だ? 


 二つ合わせて初めて使えるとか意味がわからん。

 その組み合わせについてのスレを探してみたが、1000を超えるスレッド数に組み合わせが書かれており、見る前から頭が痛くなってきている。


 ただ、ポイント消費型でスキルはいつでも取得可能と言うのが嬉しい。周りを見て欲しいのがあれば随時足していけばいいって事だからな。


 ダウンロード時間は、後6時間か。

 俺はおとなしく寝ることにした。



 翌日。ダウンロードが完了しているのを確認してから学校に行く。

 どうせやるなら土日にかけてゆっくりとやりたいからな。


 学校ではユッキーと美波がSKKの話題で盛り上がっていた。

 どうやら美波はユッキーに背中を押されてSKKをやるようだ。

 いつも通りのプレイ環境でないにせよ、ゲーマーである彼女がいつまでも手持ち無沙汰というわけにもいかないのだろう。


 もしかしたらその輪の中に今頃自分もいたのかも知れない。

 ふと、あの時断らなければそうなっていたかも知れない未来を思い浮かべ、すぐにそれを拭い去る。

 既に袂は別っているのにな。いつから俺はこんなに女々しくなったのか。

 いや、もとよりこんなものか。



「じゃあな、タカシ。週末を楽しんでこい!」

「ああ、お互いにな」

「高河君、またねー」

「ああ、太刀川さんものめり込みすぎないように」


 それぞれの道に進む共にエールを贈り合う。

 クソゲーに挑む俺と、人気ゲームに挑む彼ら。

 正反対の道筋。でも自らが選んで踏み入れたフィールド。

 もう後には戻れない。

 いや、戻る必要もない。

 俺の前に広がるのは人を切り捨てる修羅の道があるのみよ。

 自分に浸りながら、酔いしれる。


「さぁ、ゲームを始めようか!」


 VRの世界へはマイルームから扉を通じて開かれる。

 俺のマイルームはサムライ一色。

 ユッキーを誘った時は苦笑いされたが、アイツはサムライというのをなんらわかってないからな。




「さて、ここか」


 新たに併設された扉には[Imagination βrave]の文字。

 間違い無いようだ。


 俺は勢いよく扉を開き、暗闇へと放り込まれた。

 一瞬の浮遊感の後、キャラクタークリエイトが始まる。

 ここまでは情報通り。


 ネーム選択、種族設定、そしてワードスキルの選択。

 たったそれだけの項目を埋めていき、俺はそのゲームで一つの命を得た。



 【ただの】マサムネ

 【称号】なし

 【種族】ワーウルフLV1

 【特色】凶暴化、武器苦手、格闘得意

 【性格】獰猛、獣人上位

 【取得スキル3/3】

 【初級:刀】刀装備時、会心上昇

 【初級:斬】斬撃ダメージ増加

 【初級:払】対象をノックバック




 名前の被りについては特に他者と一致しているとか聞かれなかった。

 どうもそこらへんの縛りは緩いようだ。

 この名前には思い入れがある。

 なんといっても俺のヒーロー像の一つ。

 独眼竜。それが俺の原点。


 それを認識しながら決定を押すと不意に意識が上昇していく。この感覚には覚えがある。そうだ、夢から覚める時のあの感覚に酷似して……



 ◇



「はっ……ここは?」


 気がつけばベンチで寝入っていた。

 目の前には多種多様な種族がそれぞれの生活をしている。

 石を敷き詰めた道の上を、大きな石材を乗せた荷車が通り過ぎる。

 子供達がかけていく。ウサギの耳を生やした子供が、追いかけっこをしていた。

 そして自分も、既にここの世界の住民であると認識する。

 両手は毛皮で覆われていて、体全体に獣人特有の灰色の体毛が生えていた。



「いや、思い出した。俺は──」


 ここへサムライになりに来た。


 誰かに縛られたサムライ像ではなく、自分の望む形のサムライ像を体現しに。


「まずは武器、それと食料か」


 頭に入っている情報を引き出しながら通路を歩く。

 体が軽い。いつもよりも体を動かすことが楽しいと思える。


「刀、刀~っと、あった」


 だがよりにもよってNPC売り。

 お値段も明らかにぼったくりと言える設定で、手持ちの資金と相談したところで買える見込みはない。

 仕方なく、プレイヤーメイドのバザー品を買いに行く。


「毎度あり~」


 景気の良い声で見送られ、俺はついに武器を手にした。

 少々散財してしまったが、効果はそこそこ。


 [石の刀:攻撃力+6、会心率+2%]


 店主曰く、刀は使い手が少なく、作っても売れないからと割安で譲ってもらったのだ。作り手は獣人。


 種族こそ違うものの、あたりの良い人柄で好感が持てた。

 それでも所持金の半分以上の支払い。

 食料の買い込みに不安が残る。


「まぁなんとかなるか」


 そんな風に思う俺は意気揚々とフィールドに出た。

 稼いだ資金を食費に当てようと、そう考えたのだ。


 しかし──


 暫くしてすぐに意識が反転した。何が起こったのかさっぱりわからない。

 気づけばどこかのベッドで目を覚ましていた。



「あれ、俺は一体……?」


 直前の記憶が一切ない。

 あるのはただ、武器を買った勢いでフィールドに出て、その直後に死んだのだというあまりにも残酷なログだけが残されていた。


[システム:プレイヤーマサムネはホーンラビットによってキルされました。ペナルティとして教会へ転送後、30分の休憩。そして全財産の50%が没収されます]


 そのログに残されていたのはあまりにも衝撃的な文字。

 ペナルティ。本来ならステータスの減少など重いものが数々ある中で資金の減少だけで済むのは緩い方か? 


 いや、30分も教会に拘束されるのは戦闘エリアに残してきたプレイヤーに申し訳が立たない。

 それに駆け出しの頃の全財産の半分没収はあまりにもキツイ。


 残りの資金は大きく下がって今や串肉一つ買えやしない。

 あの時ケチケチせずに買っておけばよかったと後悔をまさにしていた同時、俺の中にはリベンジしてやるという闘志がメラメラと燃え上がっていた。


 ホーンラビット。この借りはいつか絶対償って貰うからな!

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