Imagination βrave -ワーウルフの侍道-

双葉鳴🐟

一章 

第1話 サムライマニア、クソゲーに挑む

 ヒーロー。

 多くの男児にとっての憧れであり、希望。

 それは戦隊を組んでいたり、はたまた人知れず悪の組織と戦っていたりと様々だ。


 だがその中でも特殊なヒーロー像を持つ少年がいた。

 その少年、名はタカシ。

 今日も今日とて祖父と一緒にある番組を見る。

 それは時代劇。


 着流しを着た飄々とした男が、日中はなんの取り柄もない昼行灯として暮らしている。

 しかし悪事を働く不届きものが居たら、すぐさま現場に駆けつけて一刀両断に斬り伏せる。

 タカシにとってのヒーローとは、侍と呼ばれる人種だった。



 そんなタカシも高校生になった。

 もはやサムライに憧れを抱く年齢ではない。

 それに、知ってしまったのだ。

 現代でどれほど剣の道を極めようとも、その先に自分の望んだ世界はないと。

 家に乱雑に置かれた数々のトロフィーが物語っている。

 この時代にサムライなど居ないと。自分の望んだサムライ像は偶像であったのだと、知ってしまったのだ。


 どれほど焦がれ、どれほど研鑽を積もうとも。

 自分の心を踊らせてくれる相手は居なかった。

 そしてサムライの格好よさを分かち合える祖父さえも、今はもう遠い世界へ旅立ってしまっていた。



「はぁ……」

「どーしちまったんだよ。いつになく黄昏ちまって」

「ユッキーか」

「ユッキーか、じゃねーよアホ」

「アホはないだろう、アホは」


 笑い合いながらもタカシはため息をつく。

 彼の名は立橋幸雄。小学生の頃からの腐れ縁であり、タカシがサムライマニアであると知っている。それでもなお付き合ってくれる親友だ。


「そんなことよりだ、タカシ、アレやるだろ、アレ」


 親友がアレアレとうるさい原因。

 それが共通の趣味であるVRゲームの事。

 ユッキーとはそのゲームでのフレンドでもある。そしてアレとは、数日後に発売されるSKKのことであるだろうなとタカシは思考を巡らせた。


「SKK。スターナイトキングダムか。PVを見たところ、昨今のタイトルと何がどう違うんだ?」


 スターナイトキングダム。星から認められた騎士となり、三つの勢力に分かれて戦う大多数戦闘を謳った戦争ゲーム。しかし戦争以外はなんら普通のファンタジーゲームと変わらず、付け焼き刃の部分も多い。

 それにメーカーが課金搾取で有名なリキッドテイル社。

 言わずもがなそれも廃課金必須であると伺えた。


 それはタカシにとっては何の魅力もない。

 しかし幸雄はなおのこと食い下がる。


 彼がこんなにも熱弁を振るうのは付き合ってきた過去においてさして珍しい事ではないが、何故かと言われればまた一緒に遊びたいからなのだろうとタカシはなんとなく思っている。

 だからこそ断るのが申し訳ないのだ。


「ばっか、お前。サムライがあるだろうが。忍者だっている。俺が忍者でお前がサムライだ。いつも通りだろ?」


 忍者──それが幸雄の憧れの存在。タカシと同じく彼もまた極度の時代劇マニアである。

 そしてゲーム仲間。切っても切れない腐れ縁だ。


「悪いが今回はパスする」

「えー、やろうぜSKK。せっかく前のゲームの奴らも誘ったのによー」


 引き止める幸雄。しかしタカシは首を縦に振ることはなかった。それ程までの否定を添える。


「悪いな、ユッキー。昨今のサムライのあり方についてオレは納得できないんだ」


 それがタカシの出した答えだった。

 ただ刀を使っているだけ。

 そこにそれっぽい技名をつけただけ。

 それは果たしてサムライと言えるのか? 

 サムライマニアのタカシの知っているサムライ像と大きく異なる。それをサムライと認めてしまうのが悔しくて仕方がない。それ程までにサムライを愛していた。

 タカシにとってのヒーローなのだ。当然である。


「お前のサムライマニアぶりは日に日に深刻になってくるな」

「こればかりは性分だからな」

「なになにー、なんの話?」


 男二人で趣味の話を展開していると、クラスの中でも割と綺麗どころな少女、太刀川美波が話しかけてくる。


 普段はおっとりとした雰囲気を醸し出しているが、こう見えて顔見知り。

 ゲーム内の彼女を言い表すなら廃人プレイヤーと言って差し支えないプレイ時間を誇る。

 その為イベントの時期はよく体調を悪くして欠席していた。それほどのガチ勢。

 そして恵まれた生まれから家族全員が彼女と同じゲーマー。非難を買う恐れは万が一にもない。


「やぁ、美波ちゃん。今日も相変わらず脱力系だね」

「そういう立川君は相変わらず男前だね」

「褒めるなよぉ」

「褒めてないよ?」

「えっ」

「ふふふ」


 幸雄は完全に美波にペースを握られていた。それを他所にタカシは笑みを浮かべる。それが気に入らないのか、幸雄が食ってかかる。


「おい、タカシ何笑ってんだよ。何がおかしいんだ!」


 ガクガクと幸雄に肩を揺らされるタカシ。

 それでも苦笑しながら言い訳をした。


「なんでもない。随分と仲がいいなって思って」

「高河君もその中の良い人の一人なんだからね?」

「そうだったな」

「そうだったなじゃねーよ。あ、そうだ。美波ちゃんはSKKやる?」

「立川君てば、また随分と急に話題振るね?」


 同じくゲームプレイヤーをしているからこその話題振り。もとい話題そらしと言える。幸雄の得意技の一つであった。


「こいつはオレが参加しないから寂しいらしいんだ」

「あー……って、えぇえええ、高河君やらないの!?」

「意外か?」

「うん。高河君はサムライマニアだから絶対やると思ってた」

「俺もそこを進めてるんだけどさ、こいついつもの持病を拗らせちまってさ」

「あー、うん。サムライってどうしたって立ち位置が微妙だもんね」

「忍者もそうだよなぁ。やっぱり世界観がファンタジーだから浮くっていうか、取ってつけた感はどうしたって出るっていうか」


 そうなのだ。タカシとしてもそこが気に入らなかった。

 ただでさえ取ってつけたような役職。


 それでも枠を取れている理由は一部のマニアに向けてである。

 そんなジョブが優遇されているわけもなく、タカシは搦め手を使ってようやく本来の形を得た。


 そこでつけられた二つ名に[外道サムライ]というものがある。

 これがタカシのプレイスタイルにつけられた蔑称。つまりは悪口であった。


「じゃあ私もやめちゃおうかな」

「えー、どうして?」

「SKK。私と美遥、お母さんは乗り気なんだけど、お父さんとおじいちゃんが違うゲームやるって聞かないの。だからどうしようかなって迷ってるんだよね」

「健二さんが?」


 太刀川家はゲーム家族。家族全員が廃人プレイヤーのちょっとおかしな家族であった。


 祖父の洋二さんが根っからのゲーマーであり、過去のゲームハードを多く持っている事から、一人娘の美鳥さんや、婿取りの健二さんもスキンシップと称してハマり、そんな家族に育てられた美波と美遥も普通に生活の一部となっていた。

 それもこれも彼女の家が金持ちであり、そこそこの施設が揃っているという恵まれた環境があるから。


 普段ののんびりふんわりな彼女はリアル限定。ゲーム内の彼女はかなりシビアなプレイスタイルを持つ。


 いや、それは美波だけではない。その多くを家族でくぐり抜けてきたからこそ、家族全員が皆一様に洗練されている。

 その内の好戦的な二人が違うゲームに掛り切り。美波の不安も高まるというものだ。


「うん、そうなの。高河君はイマジネーションブレイブって知ってる?」

「いや、全く」

「俺はβやったぜ」

「うちもやったよ」

「そのゲームってどんな感じなんだ?」


 なんとなくだが表情を見て答えがわかった気がした。

 幸雄曰く、とんでもないクソゲー。

 美波曰く、バランスが崩壊してるゲームでプレイヤーを徹底的に追い込むスタイルだとかなんとか。

 そんなゲームに居残りを決めた二人。

 気づけばタカシは口角を上げていた。


「ふむ」


 タカシはワクワクとした気持ちを胸に抱く。

 洋二と健二にはサムライの次に憧れを抱いていたタカシ。

 そんな二人を病みつきにした世界に興味が湧かない訳がない。


「オレ、そのゲームやってみようと思う」

「やめとけって、あのゲームだけは」

「私も立川君に同意するよ。あのゲームはなんていうかプレイヤーを楽しませる機能が全く積まれてないの。今までのゲームが如何に優遇されてたかがわかるよ」

「それを聞いて余計に興味を惹かれた」

「ああ、ダメだ。こいつスイッチ入っちまった」

「こうなっちゃったら高河君止まらないからね」


 親友たちから呆れられながら、タカシは旅立つ。未知のクソゲーの領域に。

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