笑うな
4月の半ば、中学生になったばかりの生徒たちの教室にはまだぎこちない空気が流れていた。コミュ力に秀でた者たちが仲良さげに話す様子も、どことなく浮ついていて、所々危うい会話の空白が生まれる瞬間があった。
設楽翔は頬杖をつき、窓の外を眺めている振りをして、中途半端に空いた休み時間をやり過ごしていた。そして、ふいに空に文章が浮かんでいるのに気づいた。「4月の半ば、」から続くその文章を、「設楽翔は頬杖をつき」まで読んで、天啓のように、自分が小説として記述されているのだと気づいて、翔は立ち上がった。
机と椅子が思ったより大きな音をたて、翔は慌てて辺りを見回したが、特に気にしたものはいないようだった。しかし、教室の中に自分と同じように立ち上がり、辺りを見回している生徒と目が合った。
生徒の名は納部塁といった。二人は、一瞬合った目を、ついとそらした。そして、そのままゆっくり歩いて、ばらばらに教室を出た。
教室の外の廊下は解放廊下になっていた。空は青く、雲が浮かんでいる。翔と塁は壁に肘をおき、並んで立った。
しばらく空を眺めた後、翔が口を開いた。
「これってさ」
「うん」
しかし、翔は口を閉じ、尖らせたり、また開けてまた閉じて、と続きを言わない。
「早く言えよ」
そう言う塁の口元がぴくぴく震えるのを翔は横目で見てから、目を見開いて翔は言った。
「俺達、主人公?」
「ぷふっ!」
塁が吹き出して、翔も我慢できなくなって笑う。
「ぶひひひひ」
「くぅふふふ」
「な、何、何基準」
「ひ、秘められた過去、力、思い」
「なんも、ない! わはは」
「ぼっち、とかは?」
「選定基準、かなしっ!」
「ぶはは。あ、ちょ、ぜんぶ文章になってるぅ! っふふふははは」
「くふっ! ほ、本当だ! しょうもない文章が、活字に」
「いいフォントで……うひひひ」
「絶対選定ミス。あははは」
「いや、違うぞ」
塁は真剣な顔に戻っていった。
「これから、俺達が主人公になるんだ」
「キリっ! じゃねー! ぶふっ」
「ひひひひ」
「だめ、腹痛い」
「ふーっ! ふーっ!」
「今、今思ったんだけど」
「な、何?」
「これって、短編かな」
「確かに、俺達で長く書ける気しない。ぶはっ!」
二人が気づいた通り、この小説は1000字で終わるのだった。
「くはっ! 地の文! 答えて……ひひひ」
「のこっ、残り文字数は……」
「50文字切ってるぅはははは」
「こっ、これって」
「オチない?」
「わははははは。わ、笑ってるだけで」
「終わった」
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