農機少女

 夕方の作業小屋。逆さにしたコンテナに座る青年。

 どこからか少女の声がする。

「写真見たよ。いい人そうじゃない」

「うん」

「健康そうだし、農作業も手伝ってくれそう」

「うん」

「綺麗だし、明るそうだし、優しそう……」

「うん」

「どうしたの? 嬉しくないの?」

「……君が悲しそうだから」

 しばし沈黙が下りる。

「……仕方ないよ。タモツ君はもうすぐ25歳でしょ。そろそろ結婚してさ。そして、子供ができてさ、おばさん達を安心させて」

 タモツは声の主を抱きしめた。彼女は簡単に抗えるはずのその腕を払えない。最後の抵抗として声を出す。

「だめだよ、私は」

「いいんだよ」

「だって、私は、トラクターなんだよ」

「でも、好きなんだ」

 農機の少女は完全に沈黙した。やがて離れた一人と一機は、すでに決意していた。

「行こう」

 タモツの問いかけに少女は、頷く代わりにエンジン音を轟せ、胸のライトを光らせた。

 山沿いのあぜ道を、タモツを乗せた少女が駆けていた。村の夜は暗い。端から体が溶けていくような闇を、少女のライトだけがを切り裂いていた。

 二人の脱走がばれる前に、国道に乗らなければ面倒なことになる。

「タモツゥ!」

 その時だった。声と共に鋼の心臓音を響かせ、斜面を削りながら駆け下りた農機が二機、タモツに並んだ。

「ダイゴ! ユウサク!」

 タモツの叫びに答えるように、農機の上の青年が叫んだ。

「どうしてもいくのか! この村を捨てるのか!」

 その声は、怒りと悲痛を含んでいた。タモツの顔も歪む。しかし、

「俺は、この村が好きだ。でも、それ以上に、この子が好きなんだ! わかってくれ!」

「このっ! 馬鹿野郎が!」

 ダイゴと呼ばれた青年の農機が、大きく反転し、後部の回転する刃が、青年に向かった。次の瞬間、土を抉る破砕音がして、ダイゴと少女の後ろのあぜ道が崩れる。崩れた道の向こうで、青年が叫んだ。

「行け! 貸しだぞ!」

「タケシさんとこの、最新型も出てる。早く行って」

 もう一人の青年も困ったような笑顔で手を振った。

「ダイゴ、ユウサク……」

 タモツは、涙をこらえて、二人の友人に背を向ける。去りゆく際に、大きく右手を上げた。

 農道を駆けながら、少女が呟く。

「これで、良かったのかな」

「それは、俺たちがこれから決めるんだ」

 いつの間にか、辺りが明るくなっていた。朝日が水田をきらめかせた。

 タモツは、叫んだ。

「行こう! 水田の向こうへ!」

 農家の嫁不足は、科学技術の進歩により、さらに加速しつつある。


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