やさしい花火のつくりかた
「綺麗……」
彼女の横顔は、思いのほか静かで。
大きな花火が打ち上がって、空は目まぐるしく光と音が変わる。
俺は目を閉じて、耳をふさぐ。
思い出すのは、目を合わせられなくて、うつむいたまま挨拶する彼女だ。次は、稚拙ないたずらで、文字通り飛び上がった彼女の、その見開いた綺麗な琥珀色の目。俺は思わず息をのんだ。それから僕らは始まった。彼女が笑うようになって、喧嘩もして、泣いて。支えて、支えられて、過ごした日々が。
「わたしも、散っていくんだなあ」
その声に悲しみの色はなくて、それがとても悲しくて、思わず大きな声が出た。
「やめたっていい」
俺は自分の声に勇気づけられるように、もう一度言った。
「俺は別にやめたっていいんだ」
彼女は笑った。
「わたしはやだな」
空を見ながら、小さな声で言った。
「そしたらわたしはまた石になるだけだもの」
「それだって」
いなくなるよりはマシだ。俺は自分勝手な気持ちに気付いて、言葉に詰まる。
「わたしはね、わたしは、あなたに見て欲しい」
空に一段と大きな花が咲いた。鮮やかで美しく、儚く、黒に溶けていく。
俺は彼女の目を見た。暖かく、優しい、琥珀色の光。
彼女はもう一度笑った。
「いい、花火師になってね」
そして彼女は、黒い穴の中にその身を投げた。
劇光。炸裂音。遅れて、夜空に広がる光と音。
俺は空を見上げた。
今日のために、この島の若き花火師は、擬人化した花火と六か月間一緒に過ごす。俺達が過ごした時間と心の在り様が、夏の夜空に咲くのだ。
彼女の記憶が、それを思い出す心が、連続する光と音のストリームとなり、空に出力される。さらに、それを見て、聴いた人間の中で再度発火する。脳内で疑似的な記憶の再現が起こり、擬人化花火が体験した記憶や感情を『思い出す』。
毎年100万人以上がこの島を訪れている。島を取り囲むように集まった大型客船の上で、彼らは花火を見ているだろう。
今、この空一杯に広がる彼女の記憶と感情が、それを見た全ての人間に共有されている。それは狂おしいほどの嫌悪感と喜びになって俺の中に渦巻いていた。
俺は知っていた。伝統行事として国からは容認されているが、国際擬人化法には違反している。デジタルドラッグ技術の転用も限りなく黒に近いグレー。それでも俺は花火師になろうと思った。
つまり、俺は何もわかっていなかった。
いつの間にか泣いていた。
それでも目を離せなかった。その光の一粒さえも、見逃したくなかった。
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