畏怖太郎

 川を桃が流れていた。

 それを取ろうとした老婆の手をすり抜け、海に出て島に流れ着いた。

 熟れた桃から赤子が顔を出した。赤子は岩につかまり立ち、おぎゃあ、と泣いた。一部始終を見て娘がこらえきれず笑った。

 六尺を超える頭領の前で赤ん坊は泣かず、畏怖太郎と名付けられた。

 連れてきた娘に育てられた畏怖太郎は十五になり、島の稼業に加わる。

 稼業は漁と海賊だ。


 ある商船から荷を奪うとき、狐目の男が頭領に会わせろと言った。

 会わせるか、会わせないか、畏怖太郎の前に選択肢が浮かぶ。

 会わせないを選び、男を縛り上げて引き上げた。

 四日後、本土から武士が攻めてきて、女子供を逃がす途中、畏怖太郎は矢を受けて死んだ。


 狐目の男が頭領に会わせろと言った。

 会わせるか、会わせないか、畏怖太郎の前に選択肢が浮かぶ。

 会わせるを選び、男を連れて引き上げた。

 男は近くの領主の使いで、島と領主の協定が結ばれ、海賊稼業は相手を選ぶようになり稼ぎも少し奪われた。しかし、本土との交流機会は島を栄えさせた。稼業に焼き物も加わる。


 ある日、畏怖太郎は本土の砂浜で、海亀を虐めていた子供を叩きのめした娘と出会った。亀を食べようとする娘に畏怖太郎は交易品の甕を渡しやめさせた。島では亀は神使である。それが縁か、畏怖太郎はその娘と夫婦となり、五人の子を儲けた。

 畏怖太郎が頭領になった頃、島に病が流行り、島民の三分の一が死に、畏怖太郎の妻も死んだ。畏怖太郎は泣かず、だが連日病人のために島を駆け回り、次の日に眠るように死んだ。


 時折、畏怖太郎の前には選択肢が浮かぶ。

 そして死ぬとその前の選択肢に戻った。

 畏怖太郎は病の流行る前に戻り、流れ着いた行き倒れを隔離して島から病を切り離した。妻は病で死なず、だが同じ日に火事が出て、娘をかばって死んだ。畏怖太郎はまた巻き戻り火事を防ぐ。しかし妻は別の理由で死んだ。

 巻き戻す。死ぬ。巻き戻す。死ぬ。同じ選択肢には戻れぬ。巻き戻る時間が長くなる。


 畏怖太郎の目の前に選択肢が浮かぶ。

 それを見て畏怖太郎は浜に手をつき、むせび泣いた。

 畏怖太郎が頭を垂れたその先で娘が海亀を虐める子供を叩きのめしていた。


 やがて近くで声がした。

「なんじゃ、情けねえ」

 溌剌とした声だった。

「うめーもん、食べさせちゃるけぇついてーで」

 お前らもじゃ!と子供らを呼ばう。

「……声のでけー女じゃ」

「なんじゃ、コラ。泣かすぞ」

 畏怖太郎は泣きながら笑い、そしてまた立ち上がる。

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