理性的バカ男と感情的アホ女の恋愛模様

なべ

理性的バカ男と感情的アホ女の恋愛模様

タイトル:理性的バカ男と感情的アホ女の恋愛模様


「先輩、今日こそ私を好きになって下さいよ!」


「ならない」


「なら、いつならなってくれるんですか!」


「俺が結婚なんかをして、子供を育てられる知識と環境が整ったらなるかもしれない。それまではあり得ない」


「なるほど、私と結婚してくれると」


「そんなことは言ってない。途中で別れることだってあるだろう。未来は誰にもわからないからな」


「本当に風情のない返しですね」


「当たり前だ。恋愛は、人の感情は化学反応みたいなものだからな」


いつもこんな会話、高校からの帰り道。

変な女の子、春野ほのか。

俺、風間冬治は後輩の春野ほのかと付き合っている。

それは俗にいう『付き合う』という事とは違う。

交渉と既成事実で仕方なく付き合っているに過ぎない。

一般的に付き合うと言ったら、大抵は『告白』という通過儀礼を経て、お互い好きなことを確認して付き合う。

そんなものだ。

だけど、そこに見える一見ロマンチックな要素は全て脳の錯覚に過ぎない。

いつか解ける、魔法みたいなもの。

そんなものに踊らされて生きるなんて愚かしいと感じた。

嫌だと思った。

だから、そんなものに振り回されないようにする。

それを人生のテーマとして生きていこうと志した。

なのに。


「冬治先輩、めちゃくちゃ好きです! 付き合ってください!」


入学式、桜が咲いていたとき。

そんな告白が、俺の人生設計を壊したのだった。



以下、悪夢の回想


「冬治先輩、めちゃくちゃ好きです! 付き合ってください!」


戸惑う、その告白に。

自分の名前を呼ばれてなけば自分のことだとは思わなかったに違いない。

入学式の日の正門の人の数とざわめきが、かき消してくれたかもしれない。

でも、そうはならなかった。

一番最初に俺の方を向いたのは、冬治という名前を知ってるもの。

それから、この声が聞こえる全員がこちらを向く。

そうでない者も無意識的にこちらに顔を向けてしまう。

まさに群集心理。

周りからはさぞロマンチックに見えたことだろう。

桜が舞って入学式、先輩に告白する容姿端麗な女の子、驚きを隠せない男の子。

そのワンシーンを切り抜けば、ドラマが始まりそうでもあった。

でも、そうはならない。

否、させない。


「ごめんなさい、付き合えません」


流石にこの状況で、この言葉を紡ぐのには中々のメンタルが必要になった。

でも、それが出来たのはこれまでに志した生き方とそれに準じた努力の賜物だ。

過去の自分を誇りに思う。

でも、最高に居心地が悪いことには変わりはない。

明らかに俺に向けられる非難の目線。

俺は何も悪い事をしてないじゃないか!!

そう言ってやりたかった。

でも、それには何の意味もない。

ここからは早く立ち去ろう。

そう思い、彼女から背を向ける。

その際に見えた顔が最初に告白してきた時と変わらず、自信満々なものだったことが少し引っかかった。

まるで俺の言葉を予見していたような、その顔が。

そして次に放たれた言葉は、俺の足を止める。


「それなら、先輩にに一つメリットを提示します!」


メリット、またの名を利点。

勝手に体が反応して、足を止める。

その言葉から連想できたのは告白というより、交渉。

告白を断れたのが、俺の強さとするならメリットという言葉に足を止めたのは間違いなく俺の弱さだった。

一瞬、考えてしまった。

メリットとは何なんだろう。

告白を受ける代わりに、もし自分が欲しいものを提示してくれるのなら……と思った。

それは、俺にとっての理想的な関係の一端だと考えていたから。

お互いがそれぞれ、相手にとって足りないものを持ち寄る。

メリットの提示。

それが、付き合うという行為や結婚に対して一番重要ことだ。

恋愛感情という不安定なものを持ち込むよりはよっぽど。


そう考えている時間は、長くはなかったはずだ。

しかし、告白されたときに比べては明らかに聞く耳を持っていることは、誰の目にも明らかだった。

そうしている間に彼女はこちらにゆっくりと歩み寄る。

もう、逃げられなかった。

身体は彼女に背中を向けていて、顔だけで振り向いている格好で固まってしまった俺に容赦なく近づいてきて、囁く。


「先輩、現代文の小説が苦手ですよね? 心情を読み取るやつ。得意になりたいですよね?」


反射的に頷く。

まるで、誘導尋問。

俺の事を深く知っていないとできない芸当。

周りには俺に何かを耳打ちして、頷いたとしか思えないだろう。

悪魔みたいな発想。

世界すべてを味方につけて戦いを挑んできた。

勝てるか、こんなもん。


「ありがとうございます!!」


俺の頷きに、大きな声で返される感謝の返事。

これは俺に対してではない。

周りに向けてのアピール。

つまりは既成事実。

絶望とはこういう状況のことをを言うのだろう。

その後、恥ずかしがるようにこの場から駆けて行って、完全にとどめを刺されたのである。


なんで、上級生なのに入学式にいるのか。

それは、妹が入学するから。


「はい、お兄ちゃん。これ、あの子の連絡先ね」


そう言ってノートの切れ端のようなものを渡してくる。

裏切者はお前か……

すでに内堀も埋められていたらしい。


悪夢の回想終わり



「で、現代文はいつになったら教えてくれるんだ?」


実を言うと、まだ何も教えてもらってない。


「まだ、付き合って二週間ですよ。それは私の切れる一番強いカードですから。その前に私を好きになってもらってから教えますよ」


「だから、俺はそういうのじゃないって言ってるだろ」


「ええ、知ってますよ。恋愛感情を信用していないことは。えみちゃんから大体のことは聞いてます」


えみ、漢字で恵美と書くその人は俺の妹で、裏切り者だ。

というかなんで不得意科目とか知ってるんだよ。

何が伝わっているのか分かったものではない。


「そもそも、恋というのはフェニルエチルアミンという物質によってもたらされるものだ。

そして、それが持続する期間は2~3年と言われている。つまり、今2年の俺が卒業するころには目も覚めてると確信するね」


「私が中学3年のころから先輩のことが好きだから、確かに卒業するころには3年ほど経ってますね」


「中学3年っていうけど、いつ出会ったんだ? 覚えてないぞ」


「詳しい事は割愛しますけど、図書館ですね。その後、制服を見て同じ高校を目指すことと相成りました」


同じ高校を目指すと簡単に言っているが、ここはそう簡単に入れるようなところじゃない。

県でもトップクラスの高校だぞ。

それこそ俺なんか中学三年間はこの高校に入るためにかなりの努力をしてきた。

俺は天才じゃない。

だけど、秀才であるとの自負はあった。

それをこんな簡単にやってのけられるとは。


「私も中々真面目に勉強しましたよ。別に頭がいい方でもなかったので。主に、文系科目で点数を取らせてもらいました」


「俺とは逆だな。なんで急にそんな勉強できたんだよ」


「それは、先輩のことが好きだからですよ!」


「答えになってない」


「大真面目ですよ。私はそんな頭のかたーい先輩に愛を教えに来たんです!」


「そうか。なら俺は逆に、その恋愛感情が一時のものであると証明して、敗北を知ってもらう」


「ちなみに今は私が一勝してますけどね!」


入学式の時のやつかよ。

あれは確かに負けたけど、奇襲なのでこちらとしてはノーカウントとしている。

誰も、場外乱闘で勝者を決めようとは思わないだろう。

俺の人生のレフェリーは自分自身だ。


「とにかく!卒業まで、私が先輩のことを好きだったならば先輩の仮説は崩れることになりますよね?

それに加えて私を好きになってもらって、完全勝利のゴールインでハッピーエンドですよ」


「勝手にゴールインさせんな!」


「その計画の第一歩として、今週末私とデートに行ってもらいます」


「無視かよ。その日は予定があるから無理だ、残念ながら」


当然嘘だ。

別に予定なんて入ってないけど、デートなんかよりやりたいことはいくらでもある。

それらを無理矢理予定と呼んで何が悪い。

勝手に予定を立てられても行かなければいいだけだ。


「いいえ、先輩は来ますよ。今週の日曜日にショッピングモールの真ん中の観葉植物で会いましょう」


「……行かないぞ」


「時間は11時でお願いします。じゃあ、また日曜日に」


そう言ってちょうど俺と春野ほのかの帰路が別れる地点に着く。

やけに大きい声で鼻歌を歌いながら、ふらふらと去っていく彼女は明らかに上機嫌。

こっちの都合なんか、はなから考えていないのだ。

絶対に行くもんか。

俺は、自由の使者そのものだ。




「行け」


「……はい」


端的に言えばこれだけの会話だ。

俺の大切な日曜日が音を立てて壊れていく感覚を覚える。

そう、敵は一人だけではないことを失念していた。


家に帰るなり、妹が玄関に顔を出してくる。

まだ靴も脱いでない。

明らかに嫌な予感がした。


「今週の日曜日は絶対に行くこと。分かった? もし行かなかったら、今週私が作るご飯の主食をサラダにします!」


「それは主食じゃねえ!」


「なら、白米を玄米に換えます」


「地味に嫌なところ突いてくるのやめて……。もう今週は俺が作るから」


「そんなことをしたら、一ヶ月は口を利かないからね!!」


「横暴すぎるって!!」


まるで、当たり屋。

例えると、妹の入学式について行ったらいきなり、公衆の面前で名前も知らない後輩に告白されるような無茶苦茶さ。

妹も春野ほのかもそうだけど、どうしてこんなに感情で物事を先に進めようとするんだ。

もっと話し合いを経て言葉を交わし、理性で合意することこそが、猿と人とを分かつ境界線じゃないのか。

全く理解できない。


「絶対に行ってね!!」


「……分かったよ」


こうして俺は本当にしぶしぶ、日曜日の無い予定を潰してまでデートと呼ばれるそれに行くこととなった。



そうして迎えた日曜日。

とりあえず最低限の準備はしてきた。

予定の時間に遅刻するのは人として良くない。

かと言って早く行き過ぎる意味もない。

理想的なのは集合時間ちょうどに目的地に着く事。

10分以内、5分以内、1分以内。

アーチェリーのように、集合時間という的のど真ん中を射ることこそが良いのだ。


「行ってらっしゃい!」


やけに嬉しそうな妹の声を背中に受ける。

スマホの時間を確認して、予定通り。

当然だ。


「行ってきます」


そう返事を返して俺は家を出る。



「来ねぇ……」


さっきから何度も見ている時計をまた見る。

時刻は11時30分。

明らかに遅刻している時間帯。

正直、最初の10分ぐらいでちょっと思うところはあった。

しかし、想定外の事態というものは起こり得るもの。

俺は、彼女から何かしらの連絡があると思っていた。

思っても、何も連絡は来ず時間だけが過ぎていく。

いっそ帰ろうかとも考えたが、家には妹がいる。

入れ違いにでもなってしまったら、なんて言われるか分からない。

それこそ、白米が玄米になりかねない。

念のため登録していた、ラインから電話をかける。

ちなみに連絡が取れることを確認して以降、毎日くるラインは全部無視していた。


「出ない」


これには溜息が漏れる。

もうこれ来ないだろ。

そう思い、妹に連絡を入れてから帰ることにしようと思い電話をかける。


「もしもし、春野ほのかが来ないから帰るぞ。連絡もつかないし」


「多分もうすぐで来るから!もうちょっと待って!」


そう言い残して電話を一方的に切られる。


「まじかよ」


どうやら、何らかの連絡が言ってるらしい。

家に帰る選択肢を消された俺は、賑やかなショッピングモールの中やることも無く。

昨日の勉強の復習を頭の中ですることで時間を潰す。

そして、申し訳程度に早歩きで春野ほのかが来た時間は12時を回っていた。


「ごめんなさい~、待たせてしまって」


「遅すぎるって!一時間以上の遅刻だぞ!」


「いや、これには大きな訳があるんですよ」


「聞こうじゃないか」


連絡もなく、1時間も遅れて来た理由があるのなら。

俺が納得できるだけの理由を持っているのなら。


「実はですね。私、今日が楽しみすぎて寝れなくて。でもやっぱり眠くなって朝方に少し寝ようと思ったら、思いっきり寝坊してました!」


満面の笑み。

どうですか、と言いたげな目つき。

こいつ、さてはとんでもないアホだな。

冗談っぽくないのが一層たちが悪い。

本気でこの発言が通ると思っている顔だ。


「そんなもん理由になるか!」


「でも、嬉しいですよね? 可愛い後輩が夜も眠れず一途に想ってくれているんですよ? こんなに贅沢なことはありませんよ!」


「自分で言うな。それと、俺に何の連絡も入れなかったのは何でだ?」


ラインで一言送ることくらい、大したことじゃないはずだ。

起きて遅刻と分かったら一番最初に取る行動のはずだ。


「私も待たせるのは悪いなーと思ってるんです。なので、今日の夜中にえみちゃんに言っておいたんですよ。

寝坊した時に早く準備がしたいからその時は一言よろしくって」


「今日の夜中って、1時とかってこと?」


「3時ぐらいですね」


「そんな連絡入れる前に寝とけよ……」


「とにかく!今日のデート楽しみましょう!それでチャラにしましょう!!」


強引すぎる。

絶対チャラにならないだろ。

ここからショッピングモールでどんな奇跡を起こすつもりだよ。


「この後の予定は?」


「決めてませんよ」


「え? 何かしたいことがあるからショッピングモールを指定したんじゃないの?」


「ショッピングモールに行けば色々あるからここにしたんです。それ以上のことは特に考えてません!逆にやりたいこととか無いですか?」


どうするんだよ。

もうこれ今日は解散では?

いや、永遠に解散で良いよ。

常識性の違いにより解散にしよう。


「やる事無いなら帰っていい?」


「えー、ならちょっとウィンドウショッピングでもして考えましょう」


帰るとは言ったけれど、実際問題妹と繋がっている以上すぐには帰れない。

まぁ少し歩くぐらいなら、と思って足を踏み出す。

その時後ろから声が掛かった。


「先輩、やっぱりお腹が空きました!フードコートかその辺のレストランに入りましょう!」


こいつ、本当に本能でしか行動してないのかよ。

理性はどこに置いてきたんだ。

思考が振り回されて疲れる。

『どっちがいいですか?』なんて聞いてくる彼女は全く疲れてなさそうで。

少し、ほんの少しだけ羨ましい。

もちろんそんなことは言わないけど。


「人混みは嫌だからレストランが良いかな」


しかし、質問の振りがうまいやつだ。

意図的かどうかは知らないけど、優劣のある二択を人に選ばせる手法は分かりやすく効果的だ。

だらしないやつだとは思ったけど、こういう事をさり気なくやって来たのだろう。

もし、意図的ならそれこそ策士だ。


「えっ!そっちを選ぶとは思ってませんでした……。牛丼とアイスが一緒に食べられるのに…… 残念です」


そんな悲しみ方があるかよ!

彼女は『しょんぼり』という言葉が素晴らしく似合うように、肩を落としていた。

しおれた植物みたいに。

あー、もうこれで確信した。

こいつはなんも考えてない。

レストランにもデザートはあるだろうに、どんなショックの受け方だ。


「分かった!フードコートにしよう!それで文句ないな?」


「……? 別に文句なんて言ってませんよ?」


おかしいな?

とでも言いたげに小首をかしげる。

そのしぐさだけ見れば可愛いと思ったかもしれない。

このずっとかみ合って無い会話に苛立ってなければ。

溜息をつく。


「気が変わった。フードコート行くぞ」


そう告げる。


「そうなんですか!実は私もフードコートが良いと思ったんですよ!奇遇ですね!!」


「そうだな。奇遇だな、運命だな」


『運命だなんて~』と肩をバシバシ叩いてくるのを無視して先に行く。

俺もこのやり取りでかなりのカロリーを消費してそうだ。

お腹が空いてきた。


「人多いんですから置いてかないで下さい~。あと、はぐれるといけないので手でも繋ぎませんか?」


昼時のショッピングモールは確かに人が多くて、すぐにはぐれてしまいそうだった。

彼女なら余計に。

目を離すとどっか行ってしまいそうで。

だから、俺はその提案を受けることにする。


「はぐれたら確かに面倒なことになりそうだから、手は繋いどくか」


元気いっぱいの犬に首輪をかけるような心持ちだ。


「え? いや、やっぱりいいです。冗談のつもりだったので……」


「冗談も何も、はぐれる方が嫌だろ」


そう言って、彼女の左手を俺の右手で掴む。


「へぇー、先輩ってそうなんですね。そんなことしちゃうんですね」


何かぶつぶつと呟いていたが、その意図までははかれなかった。

ともかく、首輪の効果により一旦は落ち着いたのである。

その後すぐに彼女が言う。


「先輩、ちょっと疲れました。もう少しゆっくり歩きませんか?」


「まだ全然歩いてないだろ……」


「口答えするとこの場で立ち止まりますよ!」


「それはやめてくれ!」


この人混みの通路で、そんなことしたら邪魔どころの騒ぎではない。

一種のテロリズムだろうよ。

無敵すぎる。


「だから……、もう少しゆっくり歩いてくれませんか?」


それは、初めて見せた顔。

下からこちらの機嫌を伺うような子犬のようで。

なんだかかわいそうに思えて、断る言葉を忘れる。


「分かった」


短く告げて、ペースを落とす。


「やった!」


割とオーバーに喜ぶ。

全然疲れてないじゃん。

口には出さなかったけど、心の中で呟いた。

そして、一つ確信したことがある。

俺は絶対こいつのことは好きにならない。

未来は誰にもわからないと言ったが、この一つだけは確信をもって言える。


『風間冬治は春野ほのかのことを好きにはならない』


どうせいつか彼女も気が付くときが来て諦めることになると、今の俺は確信していた。


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