第6話 楽園


突然消えた2人に、アドニスとアレキサンダーは茫然としていたが、


「さあ」

クロノは掌をパンっと合わせた。


「早速ですが、アレキサンダー殿。何か言い訳等ございますか?」

アレキサンダーはガタガタと震えながら、

「と、とりあえずアンから指輪を外さなければ……」


何とか言葉を紡ぎ出しながら、気を失ったアンから指輪を必死で抜こうと試みる。


「良いではないですか?彼女は何も知らず眠ったまま逝けるのですから。あなたはそうはいきませんがね」

クロノの足元から黒い影が大きく伸びて、室内をゆっくりと覆っていく。


「ひっ!」

「あの方はルグレシアン帝国皇帝のたった一人の乙女。皇妃になられるお方。この国は帝国に歯向かった、と言う事ですね。いけませんね、大変です。どうしましょうか?」

クロノはわざとらしく困ったように声をあげる。


「ああ、そうだ。これは国王陛下にもきちんと問わなければいけませんね」

再びクロノがパンっと掌を合わせると、一瞬にして王城の謁見の間へと移動した。


「なっ?!」

「!!」


謁見の間では高位貴族達と国王、王太子が何やら話し合いを行っていたようだったが、突然中央付近に現れた4人に驚き辺りは騒然となった。


「アレキサンダー、お前何をしている」

我に返った王太子カイルがアレキサンダーに声を掛けるが、アレキサンダーは震えて答えられない。


「これはこれは、国王陛下とカイル殿下、お久しぶりです」

クロノは満面の笑みで告げる。


国王はクロノの顔を見て慌てて玉座から立ち上がると最敬礼をとった。

カイルも慌ててそれに習う。


「これはクロノ様、何故このような場所に」

周りの高位貴族達はクロノと面識は無かったが、彼の服に記された帝国のマークと、国王とカイルの対応を見て同じく最敬礼をとった。


「いえね。この国が我が帝国に歯向かった、と言う事で消してしまおうかと思いまして」

クロノはニタリと笑う。


「な……何のご冗談を……」

カイルが苦笑しながらアレキサンダーに目をやるが、彼は全く目を合わせず、カタカタと震えたまま。

「アレキサンダーが何か粗相を?でしたら彼の首でどうか容赦を」

「兄さん!!」

アレキサンダーは顔を上げて叫ぶ。

「黙れ、帝国の使者様に何をしたのだ!」

「違う!違うんだ!」

「そう、違うんですよ、皆様。大変なんですよ」

クロノは周りの貴族に向かってワザとらしく大声を上げた。


「ここにいる国王、カイル、アレキサンダーが、我が帝国の皇妃を亡き者にしようとしていたのですよ。これは由々しき事態ですね」

貴族達はざわつく。


「この国では魔力過多の女性は短命。ほら見てください、こちらにアン嬢が……あらあらこれは、もうお亡くなりになってますね」

クロノは手を使わずにアンを空中に浮かせて見せた。

いつの間にかアンの体から色素が抜け、頬に入ったひびからはパラパラと細かい何かが崩れ落ちていた。


「ア、アン……」

アレキサンダーは彼女に手をさしのべながらボロボロと泣いている。


クロノは演技でもしているかの様に、集まっていた貴族達に向けて語りかけた。

「皆様見てください、彼女の左手の指輪を」

「「「?」」」

貴族達は浮いたままのアンの左手に注目した。


「これは拷問の指輪です。アクア王家に代々伝わる物で、魔力過多の女児に装着させて全ての魔力を吸い上げて殺す魔術道具です」

「「?!」」

「皆様はご存じでしょうか?この国の発展理由を。魔力がどこからともなく現れるとお思いですか?魔力過多の女性が短命なのは王家が搾取していたからなのですが、……知っている方、どれくらいいらっしゃいますかね?」

騒然とする周囲。


「う~ん半々ってところでしょうか」

クロノは状況を見ながら小首を傾げつつ、パンパンと掌を鳴らした。

「それでは皆さん。帝国からの報復として、この国を地図上から抹消しますね、物理的に」


しばらくの沈黙のあと、謁見の間は大混乱に陥る。

叫びながら逃げ惑う貴族。茫然とする国王。


「ああそうそう!私は優しいので特別に妥協案を提供しますね。現国王の10親等内の親族及び、この指輪の制作に関わった魔術師の皆様を10日以内にこの部屋に全て集めて下さい。そうすればこの国の存続を認めましょう。生死は問いませんが、出来れば殺さずにお願いします。五体満足で無くてもかまいませんよ」

ね。優しいでしょ?

クロノは困ったように笑った。


「ななな何を馬鹿な事を!そんな事出来る訳ないだろうが!!」

カイルは腰の剣を抜き、クロノに向ける。

「止めないか!カイル!!」

「父上、こいつだけです。この人間1人消してしまえば帝国にはバレない!」


この国の王太子が帝国の使者に向けて抜刀し、消す、などと宣言した。

これは帝国への宣戦布告である。


「いけませんね、国王」

謁見の間の中央付近に立っていたはずのクロノが、瞬間的に国王の目の前、僅か拳一つ程度の所に顔を寄せた。

「きちんと教育しないと、あなたが尻拭いをしなければいけないのですよ?」

「っつ」

国王はガタガタと震える。

「?」

カイルは、突然目の前から消えたクロノに驚いて国王を見る。

「カイル殿、帝国の使者が人間だなんて誰に教わったのですか?」

「え?」

カイルはクロノの言っている意味が理解出来なかった。


「たかが人間風情が、国を大きくする為だけに人身御供など。悪魔ですら対価と引き換えに何かを叶えて差し上げると言うのに。愚かしい。実に愚かしいですね。奪ったエネルギーが一所に偏り、ずっと停滞する訳無いではありませんか」


世界は循環しています。

奪ったモノは奪い返されるのが定め。


クロノが指をパチンと鳴らすと、日中にも関わらず辺りが急に薄暗くなった。


「ほら、外を見てください。大きいでしょう?」


外を見ると、空に特大の黒い何かが浮かんでおり、その大きさは王都全てを覆う程の物だった。


「10日待ちます。11日目の朝に確認し、ここに依頼のモノが無ければアレをここに落としますね。それでは皆さん、良い10日間を」

クロノはそう言うと、静かに影へと沈んでいった。


クロノが呼び寄せたアレ。

王都の空に突然現れた特大のそれは、真っ黒い渦の様にも見えた。

まれに内側からこの世の物とは思えない声が聞こえ、どろどろと粘度の高い黒い液体を滴らせている。

それを目にした民達はこの世の終わりを感じたのだが、それはあながち間違いではなかった。


そしてアクア王国では、この日を境に貴族達による血みどろの争いが始まるのだった。



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頬を撫でる暖かい風に目を開けると、ララは懐かしい庭にいた。

ゆっくり体を起こす。

懐かしい匂い。

懐かしい風景。

目の前のテーブルには、沢山の色とりどりの綺麗な菓子と、ティーカップに注がれた紅茶からは温かそうな湯気が漂っている。


ララの背中は暖かく、何かに包まれているかのように心地よかった。


「目が覚めたか」

背後から声が聞こえる。


懐かしい。

いつかここに戻って来たかった。


魔力が無くなり、何も見えなくなり、ここに来られない事が一番悲しかった。

ずっと大樹の下で泣いていた。

ジークに会いたいって。


「ジーク……」

振り向かずにララは呼ぶ。

どうやらララは、背後からジークフリートに抱き抱えられているようだった。


「何だ、覚えていたか」

「当たり前、でも顔違ったし」


そう。ロイも銀髪ではあったがジークフリートとはそもそも顔の作りが違った。


「当たり前だ。地に降りるのに同じ顔などにするものか」

「む~~」

「ほら、機嫌直せ」

ジークフリートは目の前にある菓子を掴み、ララの口元に持っていく。

以前は良くある光景だった。

遊びに来ていたララが何かのきっかけで機嫌を損ねると、ジークフリートはお菓子で彼女の機嫌を取っていた。


「む~~お菓子なんかで騙されないんだから」

ララはむくれたままだったが、

「まあ、そうだが食ってくれ。これは精霊樹の雫から作った菓子だ。今のララには栄養になる」


ジークフリートに会えた喜びですっかり忘れていたが、指輪の事を思い出したララはしぶしぶ与えてくれるお菓子を口に含んだ。

黙々とお菓子を食べるララ。

それは甘くて、しょっぱい。


私のお菓子好きは、きっとジークのせいだわ。


「ほらっ」

ジークフリートはララを抱え直し、自分の方を向かせた。


「迎えに来るのが遅くなって悪かった」

「……」

ララはうつむいて黙々とお菓子を食べる。

「ほら、こっちを見ろ」

ジークフリートはララの顎に手を掛けて、クイっと自分に向けさせた。


「泣くんじゃない」

「……泣いてないし」

「相変わらず泣き虫だな」

そう言って、ララを抱きしめて背中をポンポンと優しく叩いた。


「会いたかった、ララ」

「……うううううう」

ララは菓子を咀嚼しながら号泣すると、私も会いたかった……ずっと……と、小さく呟いた。


「そう言えば気が付いたか?」

ジークフリートは少し落ち着いたララに向けて尋ねた。

「?何を?」

「ほら」

ララの毛先をララ自身の顔の前に持っていく。


「あ……髪、色が戻ってる」

「魔力が補充されているんだろう、目も黒に戻っている」


ジークフリートは、ララの瞳をじっと見つめる。

「私の魔力、全部吸い取られたんじゃ……」

「魔力持ちにとっての魔力は、そうだな……近いところで言うと血液のようなものだ。奪われなければそのうち元に戻る。だから魔力持ちが暴走で魔力を無くし死んでしまうなんて事はありえない」


ジークフリートはそう断言した。

「良く頑張ったな、遅くなって悪かった」

それからララを再びぎゅっと抱きしめた。


もう絶対に離さない

私の唯一の乙女




「いや~賑やかで良いですね~」

クロノはララの姿を見て嬉しそうに笑う。


先程までジークフリートにべったりのララだったが、久しぶりに見る精霊達に興奮し、後を追いかけて行ってしまった。


ここは王の箱庭。

神力に溢れた世界。

何人たりともララに危害を加える事は出来ない。



「首尾は?」

「面白いゲームを始めましたので是非賭けてください。10日後が楽しみです」

ふふふとクロノは笑う。


「ウインザーフィールド家は?」

「亡命は完了しておりますが……この調子ではアクア王国は名を変えて存続しそうですね。残念です」

水晶を見ながらクロノは告げた。

映し出されているのは王国の現状。


「あの国の民など滅ぼしても問題無かろう。いやしかしララの故郷でもあるか……」

「まあ、私共が手を出さなくても数年後には確実に滅びるでしょうがね」

「自業自得だ」


ララは神に愛されて生まれてきた。

精霊達も皆、ララを愛している。


ララが魔力を奪われて硬化が始まった時、彼女を守っていた精霊達が自らの魔力を吸わせる事で何とか硬化の進行を防いでいたのだ。そのせいで精霊達の多くは消滅し、残っている者達でさえも姿を見せる事が出来ない程に弱りきっていた。


精霊の力は自然の力でもある。

結果的にあの国は、愚かにも自国を守っていた精霊達を吸収して魔力に変換する事により発展してきた。

大地は廃れ、空気は淀み、水は汚れ、人々は加護を失う。


「そう言えばあの国の王太子、帝国の本当の姿を学んでおりませんでした」


ルグレシアン帝国とは、妖精や竜族、精霊等、いわゆる個体以外の精神体を持ち、人間とは次元の違う高位の種族の集まりの総称である。

どう戦いを挑んでも人間程度では勝てる相手ではない。 

近隣諸国の人族の王族や権力者達は、早い段階でその事実を学ぶはずなのだが。


「阿呆なのは血筋か?」

「教育の賜物でしょう」


ジークフリートとクロノは、特に興味無さそうに鼻で笑う。


高位の多種族の集まりであるルグレシアン帝国。

その王にして、世界の管理者であるジークフリート・ロイ・アルトは、千歳を超える神に近い最上位種族である。


千年の統治と孤独の中で、彼は神に自らの伴侶を望んだ。

神がそれを受け入れ、生まれたのがララだった。

彼女こそ、ジークフリートの唯一の乙女。


「ところで、いつ婚姻を?」

「まだ口説いていない」

「なっ……なんとドンくさい」

「おい」


クロノはふふっと笑って、少し離れた所で精霊達と遊んでいるララに目をやる。



彼と共に歩む者。

彼の孤独は消え去った。

共に歩む千年はきっと楽園だろう。




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