一度崩れた信頼は元には戻らない~今更何を言われようと俺の心には響かない~

日野 冬夜

第1話 プロローグ

 信頼を築くのには時間がかかるが崩れる時は一瞬だ。





 よく言われる言葉だが俺はこの言葉を信じていなかった。俺には幼稚園の頃から仲が良かった幼馴染達がいる。俺を含めて男二人と女二人、小学生の頃までは俺達はいつも一緒だった。


 中学生になり部活に入るといつも一緒とはいかなかくなったが、部活が休みなどの日はやっぱり一緒にいた。俺達の友情は永遠だと思っていた。


 だが10年以上育んできた友情も崩れる時は一瞬だった。






 ある日俺は部活帰りにたまたま一人で電車に乗っていた。ちょうど帰宅ラッシュの時間で電車内はかなり混雑していた。


 時間をズラせばよかったなと思っていたら、目の前にいた女子中学生が突然俺の手を掴み言った。



「この人痴漢です」




 誓って言うが俺は痴漢なんてしていない。電車を降りて取り押さえられ、警察に連れて行かれても、勘違いなんだしすぐに誤解だと分かるだろうと楽観視していた。


 だがそんなことはなかった。どれだけ俺がやっていないと言っても警察、家族、友人、部活の仲間、みんな信じてくれなかった。


 俺は犯罪者のレッテルを貼られ、学校一の嫌われ者になった。


 幼馴染達だけは俺の味方をしてくれていたが、ある時幼馴染達も俺のことを疑っているのを聞いてしまった。俺は茫然自失となり逃げるように家に帰った。




 家に帰るとソファに崩れ落ちた。なんとなくテレビを見てると気になるニュースがやっていた。ある有名なスポーツ選手が浮気したというものだ。


 それまでは似たようなニュースを見ても何も思わなかったが、今までの功績などなかったかのように非難されるスポーツ選手を見て俺は悟った。長年かけて築いた信頼も崩れる時は一瞬だと。


 確かに浮気は悪いことだ。スポーツ選手は否定しているが、誰も信じているようには見えない。そして少し前の自分も信じなかっただろう。そこで自分の現状を思い出して苦笑。


 今まで俺はどうして誰も信じてくれないんだと思っていたが、当事者にならないとこの辛さは分からない。


 俺も自分がこうなる前は当たり前のように非難し、そうそう信じることはなかっただろう。


 そう考えると俺のことを信じない人達のことも許せる気がした。なぜなら俺も当事者になりまで信じなかっただろうから。


 このスポーツ選手は信頼を取り戻すことは出来るのだろうか?これからどんなに功績を挙げても今回の件がずっと後を引くような気がする。


 そう考えると信頼を取り戻す必要ってあるのだろうかと考えてしまう。だって明らかに労力に見合ってないだろう。


 どんなに長い時間かけて築いた信頼も崩れる時は一瞬で、信頼を取り戻すのにはさらに長い時間がかかる。なら最初から信頼など築く必要ないのでは?


 もう俺は自分を信じてくれなかった人達を恨んではいない。当たり障りのない関係さえ築ければいい。そうすれば傷付くこともないだろう。


 俺はもう信頼を築こうとは思わない。










 そうしてしばらく経ったある日、俺が痴漢したとされていた女子学生が痴漢冤罪で捕まった。



 多くの人が謝罪に来て、俺は全て許した。だからそこで終わり。





 信頼を築くことをやめた俺に今更何を言おうと俺の心には響かない。

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