庭先に落ちてたパンツを被る➡仲の悪い幼なじみ姉妹が俺を取り合って修羅場

青井かいか

プロローグ~庭先に落ちてたパンツを被る➡~



 その日、俺が庭に出るとパンツが落ちていた。

 かわいらしいレースの付いた純白のパンツが、俺の視線の先にポツンとあったのだ。


「……」


 俺は考える。何故こんな所にパンツが?


 初めは姉ちゃんの下着かとも思ったが、それはない。ウチの姉はこんな可愛いらしいフリフリのパンツを持っていない。なら、他の家族の物という可能性もあるがそれもない。


 なぜ俺がそんなことを判断できるのかと言うと、洗濯物をしたり干したりするのは、この家では俺の仕事だからだ。

 別に姉ちゃんのパンツなんてどうでもいいし、ただの布以外の何物でもないのだが、「へぇ、女ってこんなパンツ履くんだぁ」くらいのことは思っている。


 ついでに言うなら、いつもウチの姉は風呂上りにパンイチで出てくるわけだが、こんなかわいいパンツを履いてるのは見たことがない。だから絶対に違う。


 母親のパンツというのもあり得ない。ウチの母がこんなフリフリのかわわ~♡なパンツ履いてたら吐いてる。履いてるだけにね!


 では誰のパンツなのか?


 そう考えて、俺はあることに気付く。

 実はウチの庭は、隣の家の庭とも隣接している。俺の胸のあたりの高さくらいしかない塀越しに、お隣のさんの庭に視線をやってみると、春の穏やかな風に吹かれて干されている洗濯物たちがあった。


 その中に、俺がさっき見つけたパンツと同じ系統の下着がいくつかそよそよと揺れているのが見えた。


 あれだ。

 間違いなく、あそこから飛んできたのだ。


 やれやれ、全く仕方ない。元の場所に戻してやらねば。

 俺はサンダルを履いて庭に出ると、パンツを拾う。

 パンツの手触りはスベスベで、いい匂いがした。ただの布という点において、このパンツは姉の下着と何も変わらないはずだが、なぜこんなにも惹きつけられてしまうのだろう。


 たぶんこのパンツは、隣の家に住むひまりちゃんのものだ。

 相川ひまり。隣の家に住む俺より一つ歳下かわいい女の子で、いわゆる幼なじみ、二週間ほど前に俺と同じ高校に入学した。

 俺のことを『ハルくん♡』と甘々な声で呼んでくれる最高にかわいい後輩である。誰にも渡さん。ひまりちゃんと付き合っていいのは俺が認めた男だけである。ひまりちゃんと恋人になりたかったらまず俺を倒せ。


 俺はひまりちゃんのスベスベパンツを落とさないようにしっかり握りしめて、塀を乗り越えようとする。が、いくらそこまで大きくない塀とはいえ、俺の胸のあたりまでの高さがあるこの塀を、片手が塞がれた状態で跳び越えるのは厳しい。


「ふーむ」


 しばらく考えた俺は、天才的な名案を思い付いた。

 両手が使えないのなら、両手を使えるようにすればいい。

 俺はレース付き純白パンツを広げ、頭に被せると、両手を使って「よっ」と塀を乗り越えた。


 昔ここでよく遊んだりしたなぁ、と、我が家の庭より広く立派な庭を軽く見渡して懐かしんでから、俺はパンツを被ったまま洗濯物が干してある場所へ向かう。

 紳士な俺は我が家に飛んできたパンツに何もせず、そっと返してあげるのである。偉い。


 そして洗濯物の中でも、下着類が干してあるところに近づいた時、〝パシャリ〟とまるでカメラのシャッターを切るような音がした。


「…………」


 冷や汗をダラダラ流しながら、ギギッと壊れたロボットのように首を動かして、俺はシャッター音が聞こえた方を見やる。

 そこには、満面の笑みを浮かべる綺麗な女性が立っていて、俺にスマホのカメラレンズを向けていた。


「いや、あの、かおりさん、これですね」


 レース付き純白パンツを被ったまま弁明を試みる俺に、笑顔を浮かべたままかおりさんがもう一度シャッターを切る。


「あの……」


 パシャ。


「話を聞いてもらえますか」


 パシャ、パシャ。


「違うんですぅ! やめてぇ!」


 パシャパシャパシャ。


「ねえ、ハルちゃん」


 連続でシャッターを切り続けながら、かおりさんが俺に言う。


「なんでしょう、かおりさん」


 パンツを被った俺を見て、かおりさんは冷静にこう言った。


「とりあえずそのパンツ脱いだら?」


 ごもっともです。


 〇


 被っていたパンツを脱いで、かおりさんに渡した俺は、芝生が生えた庭の地面に正座していた。


 正面にはかおりさんが仁王立ちしている。相変わらず二児の母とは思えないくらい若々しい。


「かおりさんは、変わらずお綺麗ですね」


「あらありがとうハルちゃん、でも今その話はいいかな」


 ニコニコと楽しそうにかおりさんが言う。


 なんだろう、心臓が痛い。お腹も痛い。


 かおりさんは、ひまりちゃんのお母さんで、彼女とは昔から面識がある。

 かおりさんは俺が生まれた時から俺の事を知っているし、俺もかおりさんのことは物心ついた時から知っている。

 でも年齢は知らない。

 見た目は二十代と言っても全然通用するけどそんな訳ないし、何歳なんだろう……。年齢を探ろうとすると蹴り飛ばされるから、知りたくても知れないんだけどね。


「ではハルちゃん、言い訳を聞きましょうか」


 かおりさんが最新型スマホの液晶画面を俺に見せながら言う。

 そこには無駄に高画質で撮影された、レース付き純白パンツ被り変態下着泥棒らしき怪しい男が映っていた。

 なんだこいつ気持ちわる! 

 パンツを被っているといっても、どこぞの変態仮面みたいな被り方ではないので、その下着泥棒の顔はしっかり激写されている。

 ていうかこれ俺だな。うんどう見ても俺。俺過ぎる。俺にもほどがある。そうですね俺です。


 俺は言い訳をするために口を開く。


「いやかおりさん、これは違うんですよ。たまたまウチの庭にパンツが落ちていて、お宅のものだと思ったから、紳士に戻してあげようとしただけなんです」


「パンツ被る必要あった?」


「それは両手を使わないと塀を登れなかったので」


「塀の向こうに投げてから登ればよかったんじゃない?」


「そんな! ひまりちゃんの純白パンツをそのように雑に扱っていいわけがない!」


「いやこれあたしの下着だけど」


 かおりさんがさっきまで俺が被っていたパンツをつまんで掲げる。


「なん……だと……っ」


 愕然として絶望する俺に、かおりさんが呆れた表情を浮かべる。


 こ、こんな、かわわ♡なフリフリパンツを、かおりさんが履いている、だと? やばい何か新しい世界が開けそう。

 俺が新たなる世界に旅立ちかけてると、ペシンとかおりさんが俺を叩いた、パンツで。フローラルの香りがした。これが、かおりさんの香り……っ!


「ね、ハルちゃん」


 ハッと俺は我に返る。危ない、帰ってこれなくなる所だった。


「なんでしょう、かおりさん」


「しおりのことは覚えてる?」


 かおりさんの唐突なその台詞に、過去の記憶が呼び覚まされる。


 しおり、それはひまりちゃんの姉であり、俺のもう一人の幼なじみの名前だ。といっても、ここ数年は全く関わっていない。

 同い年で親同士の仲が良く、歳が同じだったということもあり、昔は毎日のように一緒に遊んでいた。しおりは女の子で、俺は男だったが、そんなことを気にすることなく、ずっと一緒にいたように思う。

 ただし小学生の頃まで。


 中学校に上がってから、どうやらしおりは俺と一緒にいる時に、まわりの目を気にするようになったらしく、段々俺と距離を置き始めた。

 俺としおりが一緒にいることでからかわれるのは小学生の時にもあったのだが、中学生になって、昔からの俺たちを知らない奴らも増えて、そういう『一緒にいる仲の良い男女へのからかい』が加速したのもあるだろう。


 思春期にはありがちなことである。


 俺は特に気にしていなかったのだが、どうやらしおりはそうじゃなかったらしく、やがてしおりは俺を避けるようになった。

 廊下ですれ違って声をかけたのに無視された時は泣いたね。

 それで俺もしおりに話しかけ辛くなって、そのまま中学校を卒業。俺としおりは近所の同じ高校に進学した訳だが、それ以降一切言葉を交わしていない。ていうか顔も見てないな。入学してすぐに何度か廊下で見かけたくらいで、それ以降、不思議なくらいしおりとは巡り合っていない。


 なに? まさかそこまでして俺と会いたくないの? やべ泣ける。


 俺がさめざめと涙を流しながら、「しおりは昔の女です、もう忘れました」と言うと、またかおりさんにパンツで叩かれる。


「アホか」


「かおりさん、こう見えても俺は賢いんですよ。一年生の最後のテストでは、学年で約三百人中、九十八位でした」


「微妙過ぎる……」


 かおりさんが呆れたように俺を見ている。


 まぁこんな感じで、しおりとの関りは無くなったが、かおりさんやひまりちゃんと喋ることはままある。お隣さんだし、かおりさんはウチの母親や姉と仲良いし。ひまりちゃんはこんな俺に懐いてくれてるしね。

 

 でも同じく隣に住んでるのにしおりを全く見ないのはどういうこと? どう考えても避けられてるよね俺。やべまた涙が。


「実はハルちゃんに頼みたいことがあるのよね」


 かおりさんがスマホの例の画面を俺に見せながら、世間話でもするような気軽さで言う。口元は笑ってるけど目は笑ってない。怖い。でも俺に拒否権はない。拒否すれば俺は社会的に死ぬ。お腹痛い。嫌な予感がする。

 エマージェンシー! エマージェンシー! 


「ハルちゃんには、引きこもって部屋から出てこないウチのしおりを外に連れ出してリア充にしてあげて欲しいの」


「無理です、無理だ」


「あっと手が滑りそう」


 かおりさんがスマホを操作して、例の写真を某有名鳥バードSNSにアップロードしようとしていた。次の瞬間俺は、ウチの母親や姉、ひまりちゃん、クラスの友達、果ては世界中へと、凄まじい勢いでソレが拡散されて行く光景を幻視した。ネットこわい。


「任せてくださいかおりさん。この俺に不可能はない、大船に乗ったつもりでどうぞ」


「きゃーっ、さっすがハルちゃん、頼りになる。これからよろしくね」


「HAHAHAHAHA」


 こうして俺は、どうやら引きこもっているらしい幼なじみの少女を外に連れ出してリア充にすることになった。えぇ……、なにそれ。



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