間違いない事

@wizard-T

贈り物

 今年もまた、送られてくる。



 土産物と言うには重たく、いやげ物と言うにはありがたすぎるお歳暮が。



「どういう縁な訳」

「一から説明していいかな」




 あれから七年。あの時大学二年生だった。


 ちゃんと仕事も見つかり、彼女もできた俺。


 だってのに、相変わらず贈り物はやって来る。間違いなく。



 何の変わりもなく。




「七年前にさ」


 俺はその贈り物で手に入れた緑のたぬきが乗ったこたつをはさみ、その贈り物を脇に置きながら、彼女に向けていきさつを説明する決意を固めた。




※※※※※※※※※




 七年前。俺はいつものように、講義とバイトを終えてこのマンションに帰って来た。

 家賃八万三千円、仕送りは家賃を除けば三万円だけ。バイト代で小遣いを稼ぎながら、適当に飯を食っていた。



 朝は握り飯と味噌汁と焼き魚、昼は学食のカレー、晩はコンビニの煮物と緑のたぬき。


 そんな生活を俺は二年も続けていた。

 友達も多くなく、ただひとりぼっちの生活。

 学校とバイト先と激安スーパーの往復、そんな生活を味わっていた。


 そんな俺の手元にあったのは、一週間分の緑のたぬき、五百円。


 言うまでもなく特売品に類するそれであり、食べ慣れきった味。

 子どもの時からずーっとそこにあり、疲れ果てた親の投げやりな言葉と共に置かれただけの代物。


 そんなチープで愛のないプラスチック製の器でしかなかった。

「はぁ……またこれかよ」

 他のもんを買え?安いからだよ、それ以上の理由もない。


 今日も明日もこれなのかと思いながら棚にしまうのも面倒くさくなってひと月前に買ったビニール袋にしまい込んだまま一つ取り出し、やかんで水を沸かした。

 親が親切心で送って来た音の鳴るやかんはカップルになった先輩にくれてやり、安物のそれのお湯を立てる音だけが鳴り響いている。


 湯気が立ち込めたのを目で確認した俺はガスを止め、中身を半開けのふたの中に注ぎ込んだ。


 ストップウォッチがないことをごくわずかだけ恨みながら、じっと出来上がりを待ってやった。




 そんな所に鳴り響く、ノック音。

 俺にんな音を聞かせるのは大家か親しかない。


 いずれにせよぐうたら野郎の俺は目一杯居住まいを正し、財布を持ちながらドアを開けた。







「わ」







 その一文字しか言えなかったのは、たぶん俺の人生の中で最大級の快挙だっただろう。

 そしてまったくノーリアクションのまま立ち尽くしていたのは、最大の快挙だっただろう。







 とんがり頭に青い鎧を着た俺とほぼ同じ年の男、同じく青くて十字架マークの付いた服を着たおっさん、そして緑色のローブを着たやけにコケティッシュな女。







「ここは……」

「ここは、えっと……ああ日本語通じるの?」


 どう見てもゲームの世界から飛び出して来たような三人の男女を、俺は全く考えることなく家に上げちまった。


 確かなのは三人とも足取りが重い事、そして腹を抱えている事だけ。


「実は我々、魔王討伐の最中…………」

「あの、ちょっとそれしまってくれない?」


 そんで、ヤバそうな得物を抱えてる事だけ。



 でも僧侶と魔法使いはともかく、勇者様(って呼ぶことにする)が引っ込めてくれない。



 なんでも食事の最中に変な魔法かけられて飛ばされたとかで、本当に怖そうな顔で部屋を睨んでいた。言っとくけどいかがわしいもんなんか何もねえ部屋をな。


「それはその、大変でしたね、それで……」


 とかなんとかごまかそうとしてたら、僧侶様が動き出したんだよ。



「すまぬがこれは!」

「ああ、その、食っていいですよ、そんなんでよきゃ……」


 そんなんに過ぎないメニューだったよ。俺にしてみれば。


 でもその僧侶様は、俺の箸を不慣れに握りながらもそばをすすり、口へと運んだ。




「こんな、こんなうまい物があるとは!」




 ……びっくりだね。本当にびっくりだね。



 近所迷惑そのもののデカい声を出してそばをすすり、先乗せでフニャフニャしてたてんぷらをすすり、だしも飲み始めた。




「ああ今もう2人前作りますから!」


 俺は残る6つの緑のたぬきの内2つの包装を乱暴に開け、それぞれに残ってた湯を注いでやった。


 でもその間にも待ちきれないのか勇者様と魔法使い様も僧侶様に縋って同じ箸で麺をすすってた。

 本当に幸せそうな顔をしてた。


 で、残る2個ができあがったついでに二膳の箸をやると、三人まとめて食卓にいた。


「とりあえず他のもんには触れないでくださいね」


 なんとなく言ってみたけど、3人とも何も聞いてない。


 体を震わせながら、美味そうにすすっている。


 背中を丸めて。


 涙を流しながら。


 俺は自分が何も食ってない事を忘れて、三人の食べっぷりを眺めていた。







「この恩は忘れませぬ!」


 で、完食するや、三人とも深々と頭を下げて来た。


 緑のたぬきでこんなに感激できるなんて、本当にすげえと思ったよ。




※※※※※※※※※




 こんな荒唐無稽なお話を黙って聞いてくれていた彼女は、その間ずっと箸を止めていた。


「それでこれな訳」

「まあそういう事。どんな世界でも確実に役に立つって言ったらさ」

「とりあえずよかったじゃないの」


 とりあえずだって。まったくずいぶんと簡単に言う。


 まあとにかくそれっきり会ってねえ三人の名前で、毎年贈り物がやって来る。

 俺はこれまで幾度もその贈り物を札束に変えて、いろんなもんを買って来た。

 もちろん出所を疑われたが、三度目ぐらいからはもうみんな諦めてくれた。


「こんな奴でもいいんならさ」

「こんな奴って」

「こんな変な贈り物を受け取ってる奴でも」


 剣?銃刀法ってもんがある。

 魔導書?俺読めねえもん。

 竜のうろこ?どう使うんだよ。


 まあそんないきさつでまとまった、勇者様たちのお礼。




 本当に律儀な、お礼。




「本当、どこの世界でも重要なのね」

「ああ、そうらしいんだよ」







 金塊を送って来る奴と知り合いだなど、正直俺だったら付き合いを控えさせてもらいたい。







「でもさ、それって世界を救えたって事じゃないの」

「まあそうかな、でも……」

「見ず知らずの凶器を持った人間に優しい奴が、好きな女に優しくしない訳がないじゃない」




 だってのに。


 だってのに。


 俺はサラッとそんな事を言う彼女を前に箸を止め、じっとその顔を見た。


「……じゃあ、今後の人生を」

「せいぜいこれからもお尻叩いてあげるから」



 俺は照れ隠しでもないがカップを持ち上げつゆを飲もうとして、やめた。




 ある意味の卒業。こいつにはそのための犠牲になってもらう。




 俺は彼らが送って来る金塊で買ったマンションの流しに、緑のたぬきのつゆを捨てた。

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