今日見た夢の話

冬雪乃

第1話

 過激すぎる嫌がらせに目を見てすぐに気づいた。


 それは父と母と一本橋の上を恐る恐る渡っていた時のことの事。

 落ちないように屈んで地面を這いつくばるように、慎重に前へ進む。

 右の池は群青色をしており、少し濁ってはいたが綺麗な池だった。

 一方で左側の池は青黒くどろっとしていて落ちたら何かに食われそうな気味悪い空気を醸し出していた。

 突然右側の池から振動が来た。


「この池、何かいる」


 ドンッと端に何かが打つかり母の体制が左側へと傾いた。額の熱が一気に下に落ちて行くのを感じた。

 恐らく父と母もそうだろう。

 しかし一メートルにも満たない一本の橋の上で俊敏に動いて助けられるはずがない。

 全部がスローモーションに見えた。そんな絶望の刹那、右側からバシャンと水飛沫をあげて何かが飛び出しなんと母を持ち上げ橋の上に戻したのだ。

 三人共心底安心した。あんな池に落ちたら食われる前に恐怖で死んでしまうわ。


「あ…ありがとう…?どうして…、ってイルカ?」


 母を助けてくれたのはイルカだったのだ。

 どうやって助けてくれたのかなんて今はどうでもいい。ありがとう…イルカさん。

 仕切り直して前に進む。橋の終わりももう数メートル。

 横を見るとなぜかイルカは私達に並んで泳いでいる。もしかしてまた落ちそうになったら助けてくれるのか、なんておこがましい事を思いながらやっと橋を渡り切った。


「何故かわからないけどイルカあれからずっと着いてきてくれたね」

「そう…ん?待って、何か持ってる」


 イルカを見ると銀色に輝く真珠のような物を持っていた。横向きの体制になりヒレでそれを…渡そうとしている?

 目を見て見るときちんとこちらを見ている。貰っていいのか…?

 この体制がキツいと言わんばかりにプルプルと震えている…思わず私はそれを受け取った。

 硬い真珠をイメージしていたが意外にも少し柔らかく力加減を間違えると危うく潰してしまいそうになる。

 イルカは満足したのかバイバイ、と水族館で見るイルカのショーみたいにヒレを振って遠くへ行ってしまった。


「なんだろう、これ」


 潰さないように、落とさないように空へ向けて眺めてみる。


「中に何か入ってるぞ!まるで何かの卵みたいだ」

「本物?…でも動いてる。ちゃんと生きてるのね…」


 父が興奮しながら「これはなんの生物だ?!」と思考を巡らせて生物ワールドモードに入ってしまった。

 ああ、この人生物学者だもんな…。当分生物ワールドから帰ってこないだろう。

 家に帰るよと父の手を引きながら呆れている母と―一緒に家へ帰った。卵は静かに脈を打っていた。


 ――――――――――――――――――


 卵から孵ったのはなんとドラゴンだった。しかもあれから卵はどんどん大きくなり、驚くべきことに確認できる鼓動の音は不規則に三種類確認できた。つまり三匹に分裂していたのだ。


「心臓が三つある!これは三子か!?卵から生まれるのに哺乳類みたいな増え方をしている!新種だぞ!もしかするとこの生物は一つの卵しか産めないのか?繁殖力が乏しい故の進化なのか!?」


 流石学者、中でもこういった新種の哺乳類や爬虫類?の分野を担当してるらしいが難しそうで私はほとんど興味がなかった。

 三匹のドラゴンは三十センチ程の二足歩行で、赤い、まるで火属性の見た目をしていた。

 偶然にも私が最初に殻から孵ったのを目撃し、三匹とも私を見ていた。

 鳥みたいに、最初に見た者を親と認識したのかそのドラゴンは私にとても懐いてくれた。

 元々動物はあまり好きではないが、ここまで懐いてくれると、まぁ悪い気はしない。むしろ可愛いとすら感じる。


「一匹だけでも俺を親と認めて欲しかった…」


 ズゥゥンと効果音が入ってもおかしく無いくらいに父は床に膝を着き涙を流していた。かわいそうに。


「名前はもちろん付けるんだろう?せめて父さんに決めさせてくれないか!?一匹だけでもいいから!」


 懇願する父に呆れて「もう三匹つけてあげて」と言うとこれまた涙を流して喜んでいた。楽しそうで何よりだ。

 結果、三匹のドラゴンは「ヌラ」、「ノロ」、「ネル」と名付けられた。なんか…ハッキリ言ってセンスのかけらもない。

 逆になぜその名前が浮かんだのか頭の中を覗きたいくらいだ。

 まぁでも言ったのは私だし後悔してももう遅い。


 ――――――――――――


 中でも私に1番懐いてくれたのはヌラで、動物に興味がない私を百八十度変えてくれたのが彼だった。

 どこに行くのも一緒でまるで兄妹みたいに過ごしていた。

 そして成長するにつれ三匹の体も、そして力も強くなっていった。


 そんな時に事件は起こった。


 今日は久しぶりの学校なのでヌラを連れて行くことができなかった。

 必死に止めようとするヌラをなんとか宥めて学校へ行く。なんだか今日は学校全体の雰囲気がおかしいな…。

 ピリついてるというか、冷たいというか…。シンと静まりかえっている。

 教室のドアを開けるとみんなの視線は私を攻撃するかのように射抜いた。


「ドラゴン飼ってるんだろ、何、俺たちに復讐でもするつもり?」


 そうだ、そうだった。ヌラと一緒にいたから忘れていた。無意識にそうしてたのかもしれない。

 私はクラスからいじめに遭っていたんだった。


「何されるかわかんねーよな。なんせ相手はドラゴンだぜ」

「学校にドラゴンなんて連れて来られたらどうしようかと思ってたわ」


 みんな各々好き勝手言っている。確かにドラゴンは敵に回すと怖いがヌラは別だ。温厚な性格で人傷つけるようなことは絶対しない。


「そ、そんなことしない…」

「分かんねーだろ!嘘ついてんじゃねーよ」


 ああ、これどう弁解しても話が進まないパターンだな。

 今日は宿題を提出するために学校へ来ただけなのについ教室に足を運んでしまった。

 そしてこの様である。


「そっちこそ何も知らないくせに変な情報流すのやめてくんないかな」

「はぁ?なんだよその態度、腹立つんだよ」

「そのままお返ししましょうか?」


 生憎悪口言われてプルプル震えるような私ではない。かといってそんな大層な反撃もできないけど。


「調子乗んなよ。オイ、こいつこの場で処してやろうぜ」

「さんせーい。二度と口答えできないようにしてやろーっと」


 おいおいこれはまずいぞ。本当に調子に乗りすぎた。もう宿題とかどうでもいいや、逃げよう。

 私は踵を返し廊下を全速力で走り二段飛ばしで階段を降りる。自分の運動神経の良さに感謝した。

 後ろでオイだの待てだの言われてるが待てと言われて待つわけないだろ。


 ―――――――――


 なんとか逃げ切り、走って喉が渇いたので近くのコンビニに寄った。

 中へ入り飲み物を手に取ると聞き覚えのある声が耳に入ってきた。


「ソウゴくん!またサボってるんだね」


 ソウゴくんは唯一私に優しくしてくれる友達だ。

 でもよく学校をサボっていつも何処かをブラついている。


「お前こそ、制服着てんのにこの時間にコンビニいるのおかしいだろ」


 優しく笑いながらソウゴくんは私の頭を撫でた。さっきまでの殺伐とした空気から一気に和やかな気持ちになった。

 ソウゴくんに会えたし、あの調子じゃ学校になんて戻れない。

 スイーツでも買って家に帰ろう。そしてヌラに宥めてもらおう、そうしよう。


「実は学校行ったら嫌がらせされそうになって…でもソウゴくんに会えたからもういいや」

「へぇ、それってこんな感じの嫌がらせ?」


 頭から冷たい液体が地面にぽたぽたと垂れていく。


「え…?」


 ソウゴくんはさっきまでとはまるで別人のように冷たい目をしていた。さっきのクラスメイトと同じように。


「それとも物理的攻撃?」


 腹に衝撃が走る。内臓が押し潰された感じがする。蹴られたのだ。

 痛みより困惑が頭を埋め尽くし蹴られた勢いで商品棚にぶつかって思わず肺の中の空気が一気に喉から抜けた。

 なんで、どうして、ソウゴくんはそんなことする人じゃない…どうして…。

 痛覚は徐々に激痛へと変化していく。お腹が痛い、胃の中のものがせり上がってきそうでとっさに手で口を押さえた。

 ソウゴくんはそれ以降は攻撃してこなかった。と言うよりは動かなかった。冷たい目は開いたままで瞬きすらしていなかった。

 時間が止まったのかと思ったが時計の針は一秒一秒時を刻んでいる。

 理解が追いつかなかった。


 突然自動ドアが開いた。ドシン、と足音が聞こえて音の方向へと顔を向ける。


「ヌラ…?」


 それは目を銀色に輝かせたヌラだった。いつもは赤瞳なのに今は銀色に、まるで獣のようにギラギラと輝いている。

 グル、と喉を鳴らすとギラついた目は輝きを失いいつもの赤い綺麗な瞳に戻った。

 その瞬間ソウゴくんが動いた。


「はっ…?え、ちょ、どうしたの?なんでうずくまってるの?お腹でも痛いのか?」


 ソウゴくんもまたいつもの柔らかい目に戻り私を心配してくれた。

 しかしお腹が痛い原因は今まさに心配してくれているソウゴくんである。


「ひっ…や、やめて!蹴らないで…」


 一度恐怖を覚えたらそれが消えることはない。完全に私の中でソウゴくんは恐怖の対象でしかなかった。

 ヌラがこちらに来て私を抱きかかえてコンビニを後にした。


「ヌラ…どうして私の場所がわかったの…どうして目の色変わってたの…。でも助けてくれたんだね、ヌラ。ありがとう、大好きだよ」


 ドラゴンがよく空を飛ぶようにヌラもまた自慢の羽で家を目指して飛空している。

 私の質問にヌラは表情を変えなかった。いつもならガウ、と返事をしてくれるのに。

 家に着くまで私は下から見える前を見下ろしていた。


 ―――――――――



 家に着くと父は興奮しながら「新しい特性を見つけたぞ!」と嬉しそうに私に報告した。

 蹴られた腹をさすりながらどんなの?と答える。


「ドラゴンは特殊な電波を出して相手を操ることが出来るんだ!それも操る対象は、守りたいものと言う事もわかってな。俺がゴキブリを見つけて騒いでたらネルがそのゴキブリを操って外へ逃がしてくれたんだ!なんだかんだネルは俺のこと好きなんだなぁ」


 しみじみと新しい発見を喜んでいる。

 そして早口に父は「まだ発見したことがあってな!」と続けた。


「嫉妬した時も電波を出せるんだ!ネルばかり褒めていたらノラも電波を出して僕がやると言わんばかりにゴキブリを浮遊させていたんだ!ゴキブリの浮遊なんて恐ろしくてすぐにやめさせたがな!」


 嫉妬心でものを操ることが出来る…?

 コンビニでの出来事がすぐに頭に浮かんだ。

 もしかしてあの時ソウゴくんに嫉妬して…電波…。


 はい、ここで目が覚めました

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る