第96話 Side、エレナとルーナ

 今朝の登校時刻。


「あら、ごきげんよう。ルーナ」

「……あ、おはようございます、エレナ嬢」

 レイヴェルワーツ学園に備えられた大きな噴水の前にある縁台えんだいで、顔を合わせる二人の令嬢がいた。


 伯爵家、『紅花姫』のエレナ・ルクレール。

 男爵家、『本食いの才女』ルーナ・ペレンメル。

 一つ歳が離れた二人であり、あの仲、、、になった二人でもある。


「一昨日の晩餐会は本当にありがとうございました。おかげで掛け替えのない時間を過ごさせていただきました」

「どういたしまして」

 ——一昨日の晩餐会では本当にいろいろなことがあった。


「なんて言っても、あたしもそのような時間を過ごすことができたのだけどね。あなたが一緒にいてくれたから」

「そう言ってもらえると助かります」

 ——一昨日の晩餐会ではお互いにいいことがあった。


「それはそうと、こんなところで読書だなんて珍しいわね。気分転換かしら?」

「いえ、本日は少々用事がありまして」

「待ち合わせ?」

「待ち合わせというわけではなく、一方的にお待ちしています」

「一方的に……?」

 ルーナらしくない発言。首をこてりと傾げて赤髪を揺らすエレナは、ハッとしたように眉を動かす。


「ふうん。そういうこと。待っているのは恋人さんね?」

「……」

 言い当てられることを予想していたのか、驚く様子は見せず……それでも恥ずかしそうに視線を逸らすルーナ。

 日焼けしていない白の肌が朱色に色づく。


「恋人になったベレトの顔が見たくなって、ここにいると」

「……し、自然な心理だとわたしは思います。関係が変わったのですから……」

「ふふっ、この手の話題にだけは弱いわよね。あなたって」

「仕方がないでは……ありませんか」

 表情も、声の抑揚も変わらないルーナだが、この時ばかりは乙女らしい変化が見える。

 落ち着きのある態度もソワソワとしている。

 初心うぶな反応になってしまうのは当然のこと。


「エレナ嬢が羨ましいです。そんなにも余裕があって」

「こればかりは社交的に立ち回っていたかどうかじゃないかしら?」

「……社交的、ですか」

「あたし、一応は初めての恋人だから。ベレトが」

「わたしも初めてですが、こんなにも違うのですね」

 平日も休日も常に読書。パーティに参加したことだって一昨日の晩餐会が初めてだったルーナなのだ。

 異性と関わる機会を取れていない分、『余裕の面』で大きな影響が及んでいるのは間違いないだろう。


「少し心配です。関係が変わった今、余裕のないわたしを見て、ベレト・セントフォードが面倒くさく思ったりしないかと」

「そんなヤツなら、あたしもルーナも好きになったりしないわよ。あなたはあなたらしくしてたらいいの」

 ポンポンと肩の側面を叩いて励ますエレナ。これはベレトに信頼を寄せているから言えること。


「まあ……あなたが読書を優先するばかりなら、なにかしら文句を言われてしまうかもしれないけどね? アイツだってあなたとより関わっていきたいでしょうから」

「忠告ありがとうございます。ですが、その点は大丈夫です。今はもう読書よりも……ですから」

「それは自らの意思?」

「はい」

「ふふっ」

 余計な心配だったとわかる発言。特になにかを言うわけではなく、微笑みで返すエレナである。


「って、いろいろな心配をするのはあたしの方だったわ」

「そうなのですか?」

「だって、あたしの目の前にいる人なんか、抜け駆けをするようにベレトとこっそり会おうとしてたくらいだし?」

「……エレナ嬢は彼と教室で会えるではないですか。たくさんの時間、関わることができるではないですか」

『わたしからすれば、エレナ嬢が抜け駆けをしています』と伝えるように、琥珀色の目をジトリと変えるルーナ。


「あのね、ルーナ。それなのだけど、少し状況が変わったのよ」

「——え?」

 そして、神妙な声になったエレナは言う。


「今朝、お父様から教えてもらったことなのだけど、アリア様が通常登校をするようになったらしいわ。もちろん予定が空いてる日だけだけど……あたしの教室を指名されて」

「っ!」

「女の勘と言うのかしら……このようになったのは、ベレトも一枚噛んでいる気がするの。晩餐会で少し興味がありげだったから」

「……」

 今の今まで知らなかった情報である。

 目を丸くして言葉を失ってしまうルーナがそこにはいたのだった。

 

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