第67話 晩餐会①
「シ、シア? そんなに見られると恥ずかしいな……なんて」
「す、すみませんっ!」
馬車に乗り、ルクレール家に向かっていたベレトは、正面に座ってまじまじ見てくるシアに当然のツッコミを入れていた。
「どこか乱れがあったりする? シアがコーディネートしてくれたから、格好が変ってことはないと思うんだけど……」
「いえっ、その、とても素敵です……と思いましてっ!」
「そ、そっか。それはありがとう。シアも可愛いよ」
「あっ、ありがとうございますっ!!」
黒の生地に銀の刺繍が入った上衣を羽織り、前髪を上げたセットをしたベレトは、黒と白のエプロンドレスに身を包むシアに恥ずかしながらも言葉を返した。
「次の機会があったら、また前髪を上げたセットにする?」
「よろしいのですか!?」
「お揃いがいいって顔、してるような気もするから」
「っ!!」
図星だったのだろう、目の前の彼女は目を見開くと、顔を真っ赤にして俯いた。
男女であるために二人の髪型は当然違う。
それでも、前髪を上げておでこを出しているベレトと、黄色の髪留めを使っておでこを出しているシアは部分的にお揃いなのだ。
「あっ、俺も嫌なわけじゃないしね。ただ、からかわれたとしても責任は取れないよ?」
(シアがからかわれるとしたら、基本は俺がいない時だろうし……)
周りから恐れられていることは承知している。当たり前の思考だ。
「変なことをお口にしますが、私はからかわれたいですから……」
「そ、そうなの?」
「は、はい。ベレト様がお相手なので、そのように言われるのはとても嬉しいことで……えへへ」
「……そ、そっか」
両手を合わせ、照れながらも本音を伝えてくれたシアに、生返事を返すことしかできなかった。
(ここまで慕ってくれるなんて……冥利に尽きるっていうか。本当に……)
こっそりながらも、自らお揃いにしようとした行動。
そして、
前者のちゃっかり具合は、将来を話し合ったからだろう。慎ましいながらも独占欲を感じられたのは本当に嬉しかった。
今一度シアと顔を合わせてみれば、こちらの気持ちを察したように、はにかんでいた。
∮
それからのこと。
「本日はお待ちしておりました。ベレト・セントフォード様。シア・アルマ様」
ルクレールの屋敷に着くと、その入口門には家令と従僕の計4人が立っており——。
「それでは、ご案内いたします」
一人の従僕は裏方に伝令に。もう一人の家令によって広い敷地内に案内される。
そして——。
「それでは、エレナお嬢様。引き継ぎをよろしくお願いいたします」
「ええ。ありがとう」
家令は屋敷の玄関に立っていたエレナと交代して、入口門に戻っていた。
「ふふっ、なんだかここで会うと少し変な気分ね。っと、ごきげんよう。こんな会だけど、格式張らずに普段通りにしてもらえると嬉しいわ」
「ごきげんよう。それじゃあお言葉に甘えて……今日は招待してくれてありがとね、エレナ」
「ありがとうございますっ! エレナ様!」
「いえ、こちらこそ足を運んでくれて感謝するわ。さて、さっそく中を案内するわね」
次の来訪があった場合を考えてだろう。
簡単な挨拶を終えると、エレナはすぐに右手を玄関に向け、晩餐会の会場まで手引きしてくれる。
その後ろをついていきながら、ベレトは声をかけるのだ。
「あ、そう言えば、主催側のエレナが家令の代わりをしてるんだ……? 一般的にはお屋敷内まで家令が案内するような気が」
「これは内緒にしてほしいのだけど、身分で区別していないことをアピールする狙いがあるのよ。あたし達の事業にはとても大事なことだから」
「あはは、なるほど」
晩餐会の趣旨は、懇親や交歓を行うこと。そうした場でこそ、『考えが変わっていない』ことをアピールするのは必要なのだろう。
「あの、エレナ様、ルーナ様はもうお見えになられてますか?」
「ええ。ちょうど10分前くらいかしら。慣れない場だから、ルーナを助けてあげてちょうだいね。特にベレト」
「もちろん。って、ルーナが構ってくれないと俺の方が困るし」
「確かにそれもそうね、ふふっ。あたしもご案内が終わったら、すぐに参加するから」
「了解。待ってるね」
「あと、アリア様ももうすぐで来られるから、失礼のないようにね?」
「そ、そんなに念押ししなくても大丈夫だって……」
長い廊下に敷かれた絨毯。飾られた油絵。大きな花瓶に入った色とりどりの花々。光を宿すシャンデリア。
豪華な室内を進み、晩餐会の会場だろう……大きな両開きのドアの前に着いた時である。
「……ねえ、ベレト」
「うん?」
「こ、この衣装を見て……(普段と違って)髪を結んだあたしを見て……なにか言うことないの? あなたを立てて、シアは黙っているのよ?」
ツンとした態度のまま、腕から肩、胸元が透けたワインレッドのスリーブドレスを広げながら、口を尖らせたエレナ。
もちろん、気づいていないわけではない。シアがいる前で言うのは恥ずかしかったのだ。
「あ、ああ……。それは二人で抜け出した時に言おうと思ってて……。さすがに恥ずかしいっていうか」
「っ、バカ……。それならそうと先に言いなさいよ……。心配して損したじゃない」
「いやっ、先に言えるわけないって!」
人差し指で髪をくるくるしながら、嬉しそうに口を結んだエレナと、慌てながら反論するベレトだった。
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