第66話 談話ルーム②
「それで……今日ここに呼んだ要件って?」
「明日の晩餐会について、よ。主催側として改めて説明しておこうと思って。それに、こうして集まることで交流も深められるから」
「ああ、なるほど」
エレナの言う通り、晩餐会のスケジュールはすでに頭の中に入っている。それをわかっていてもなお、と言うことならば、真の狙いは後者だろう。
初めての夜会に参加するルーナにとって、頼りやすい存在はここにいる3人だと言える。
エレナなりの配慮が垣間見えた。
「——優しいですよね」
「あはは、本当にね」
考えていることが同じだと悟ったのか、こちらを向きながら呟くルーナ。
「あなたが思っている以上ですよ。きっと」
「俺が思ってる以上って相当の相当だよ?」
「間違いありません」
「じゃあ俺は?」
「『じゃあ』の意味がわかりません」
自分に指差すベレトに、表情を変えないまま正論を放っている。
「ふふっ。いきなり二人の空間作られちゃったわね? シア」
「そ、そうですね! ですが、わたしはこの場に参加できているだけでとても幸せですっ。本当にありがとうございます」
シアは洗練されたお辞儀を見せ、隣にチラッと視線を向けた。
そこには、冗談混じりに、楽しそうにルーナと言い合っているベレトがいる。
『ありがとう』の言葉には、ご主人が楽しんでもらえる時間を作ってくれて——楽しそうな姿を見られる機会を作ってくれて——との意味を含んでいた。
「もしよかったら席を変わりましょうか? その席だと(ベレトが)見にくいでしょう?」
「いえっ、正面のお席だと……気付かれてしまいますから。ベレト様のお邪魔をするわけにはいきません」
「——え? シアは邪魔じゃないよ? 邪魔に思うはずないって。そんな誤解してたらお仕事させないからね。命令で」
「……っ!?」
『邪魔』というワードを耳に入れた瞬間である。シアに振り返り、真面目な顔でフォローを入れるのだ。
反射的に捉えた言葉であるために、『邪魔』の趣旨を間違えた回答ではあるも、嬉しくなる内容だ。
そして、ベレトと口争をしていたルーナだが、要領のいい頭を使ってきちんと二人の会話も耳に入れていた。
「侍女の誰もが羨む王宮の推薦状を、お断りしようとしている理由も頷けますね。お二人のやり取りを見るのは初めてなので、新鮮な気持ちです」
「あたし達と接する時となにも変わらないでしょ? コイツ」
「……改めて、
「ふふっ。昔は厳しかったけど、今は今だものね」
ここでも通じ合っている二人の令嬢。
そんな二人を邪魔しないように、シアに声を質問する。
「ねえシア。『しぼ』ってどう言う意味かわかる? なんか物凄く難しい言葉だと思うんだけど……」
「あっ、それは……」
そこで一拍を置いたシアは——「信頼できる、という意味です」と、答えるのだ。
「えっ!? そ、そうなの? それは照れるなぁ……。二人ともありがとうね」
まさかの意味に頬を掻きながらむず痒そうに笑うベレト。しかし、そんな本人は知る由もない。
シアは空気を読んだように……少々違った意味を教えたことを。
結果、ルーナは恥ずかしそうにしながらも瞳を細め、エレナは面白おかしそうに微笑んでいた。
「……さて、キリもいいところだから、今のうちに明日の晩餐会について軽く話していくわね」
「うん。お願いします」
「よろしくお願いします」
「私からもよろしくお願いいたします」
「も、もう……。そんな
と、明日の晩餐会のスケジュール確認を4人で行っていく。
「まさか歌姫様までお呼びしているとは思いもしませんでした。さすがは伯爵様の晩餐会ですね」
「ルーナはアリア様と知人の仲なのよね?」
「わたしからそう答えるのは恐れ多いですが、テストをお受けしている場所が図書室なので、登校された際には必ず関わります」
「へえ、それは初耳だよ」
「ベレトはアリア様とそこまで……だったかしら?」
「まあね。正直、顔もパッと浮かばないくらいだよ。どこかしらインパクトがあったような印象はあるんだけど……」
うっすらとあるベレトの記憶。一番思い出せそうなインパクトの部分を考えるように天井を見上げる。
そんな時、いつも以上の無表情を作ったルーナは、自身の胸を押さえていた。
「やっぱり思い出せないや。……って、ん?」
視線を戻した矢先、気づく。
エレナが冷たい視線を向けていることを。もちろん心当たりはない。
「な、なに? 変なこと言った?」
「……ベレト。お願いだから失礼のないようにね。アリア様はあなたよりも上の立場で、非の打ち所もない完璧な方だから。もし粗相を犯せば、今後取り返しのつかないことになるわよ」
「あはは。ご挨拶する以外には関わる気はないから大丈夫だよ」
「えっと……ベレト様はアリア様にご興味ないのですか?」
『麗しの歌姫』の容姿や人気を知っているシアは、物珍しいように聞いてくる。
「興味がないわけじゃないけど、立場が上の相手とは接しづらいっていうか……。それも非の打ち所がないなら、なおさら」
「とか言って、いつの間にか関わっているのがあなたなのよね。アランの時もそうだったし」
「いや、今回は本気で」
公爵家のアリアも学園生の一人である。当然、ベレトの噂は知っているはず。
平穏のためにも、目をつけられないためにも、意図せず粗相を犯さないためにも、最低限の関わりで済ますのが一番だろう。
「ま、まあ誰と関わってもあたしは気にしないのだけどね。それよりも……」
「ん?」
「ベレト……。あの約束……忘れてないわよね? 晩餐会の途中で——」
「ッ、も、もちろん忘れてないよ」
この話題を出した途端、顔を赤くするエレナと、コクコクと頷くベレト。
「……あ、あの、ベレト・セントフォード。わたしとの約束も忘れていませんか。夜風に当たりながら——」
「うん。それも忘れてないよ。いつでも休憩に誘っていいからね」
「……は、はい」
そして、落ち着きなく視線を動かしながら声を小さくするルーナ。
そんな中、水を差さないように見つめるシアは、ひっそりと嬉しそうに、誇らしげな表情を浮かべていた。
それは専属侍女として……だからか。
心に決めた人が求められているからか。
本人のみぞ知るところだろう。
そうして、晩餐会当日を迎えることになる。
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