第65話 談話ルーム①
晩餐会が明日に迫った学園の放課後である。
「談話ルームですか?」
「うん。エレナから来るように言われててさ。正直、学生が集まってる場所で顔は出したくないんだけどね」
ベレトは侍女のシアを引き連れ、パーティ会場のような開放的な空間があり、テラスまで備わる談話ルームに向かっていた。
「あの、わたしもご一緒してよろしいんですか? もしお邪魔でしたら……」
「『シアも一緒で』って言われてるから大丈夫だよ。俺もシアがいてくれたら心強いし」
「あっ、ありがとうございます!」
「いやいや」
お世辞や気を遣って付け加えたわけじゃない。ただの本心である。
メンタル的に一人で談話ルームに入ることはできないのだ。
悪評が払拭されていない自分が入室した時の——周りの反応を予想して。
「シア、先に言っとくけど、変なことになったらごめんね?」
「はい?」
「まあ、凄いことになると思う」
「わ、わかりました!」
忠誠心が厚いからか、ピンと来てない様子。
そんな会話をしながら、上の階層に造られた談話ルームに入った瞬間である。
周りが談笑している中、こちらに気づいた者達が『ハッ』とした声を次々に上げ……パタリと声が止むのだ。
普段から悪い方の注目を浴びているからか、向けられる視線から大まかな感情を読み取ることができる。
動揺。驚き。怖気。怯え。そして、多少なりに好意的なものも。
割合で例えたら8対2くらいだろうか。
——それでも空気が変わったのは言うまでもない。
「や、やっぱりこうなるよねぇ……」
「……」
申し訳なく隣を見てみれば、無表情になったシアがいた。
悪い噂が消えていないことを今思い出したのだろう……。そして、顔には出していないが、恐らくこの状況を怒っている……? と言っていいのかもしれない。
背後に黒いオーラが見えるような気がする。
「えっと……シア?」
「はいっ!」
「お、俺は大丈夫だから、ね? うん……」
無の顔にシアに話しかけた瞬間、急な笑顔と明るい声に変わったシア。
その凄すぎる切り替えに、唖然とした矢先である。
「ベレト、こっちよ」
椅子から立ち上がり、遠くからこちらを呼ぶ聞き慣れた声。
「あっ、今行くよ。って、あれ?」
それは今回の呼び出し主。綺麗な赤髪と紫の瞳を持つエレナであり、その場所には、もう一人、意外な人物も立っていた。
ベレトはシアと共に近づくと、目を大きくしながら質問するのだ。
「なんか珍しい組み合わせじゃない? 本当に」
「そうでもないわよ。ね、ルーナ」
「そうですね」
「そ、そう……?」
サイドテールに結んだ空色の髪。眠たそうな金色の瞳を持つルーナは、エレナと随分打ち解けている様子。
登下校以外は図書室から一歩も出ないと言われているほどなのだ。
よほどの関係を築いていなければ、この場に来ることはないだろう……。
「シアさん、お久しぶりですね。元気そうでなによりです」
「お久しぶりです、ルーナ様! ルーナ様もお元気そうで安心いたしました!」
「いきなりですが、ご主人に虐められてはいませんか」
本当に唐突な口撃である。
『ちょ!?』と、反応しようとすれば、「もちろんですっ」と早々に答えたシアである。
「あの、
「あっ……そのためでしたか。承知しました!」
ルーナの言うその件とは、ベレトとデートをした次の週、図書室に足を運んだシアと会話した時のこと。
『あの、個人的なお礼になりますっ。おデート中、ルーナ様がベレト様へ、私のことをいろいろお伝えいただいたようで!』
『その件ですか。あなたになにか不都合はありませんでしたか。勝手にお話してしまいましたから』
『そのようなことは! ベレト様にたくさん褒めていただけましてっ!』
『でしたら安心しました。よかったですね』
そんな会話から別れ際。
『あなたのご主人の自慢話、今度わたしにも聞かせてください。興味がありますから』と口にしたこと。
『ご主人』との呼び方をしたのは、ここに繋げるため。
そして、なにやら通じ合っている二人を見つめるベレトは知らなかった。
シアとルーナまでこうした関係を築き上げていたことを。
「あのさ、ルーナとシアの内密な話、結構気になるんだけど……」
「あたしも初耳だから気にはなるけど、命令して口を割らせるのだけは許さないわよ? ベレト」
「そ、そんな釘刺さなくてもわかってるって……」
好奇心よりも、仲間を大事にするところはエレナらしい。
「ちなみに、エレナ嬢
「あら? ……ふふっ、なるほどね。なんとなくわかったわ」
「え? 今のでわかるの? なんか俺だけ仲間外れなんだけど……」
「気のせいだと思います」
「その通りよね、シア?」
「え、えへへ……」
正確にはわかっていないはずのエレナが、なぜかルーナと共闘している。苦笑いしているシアも、この二人の味方をしているような気がした。
「それよりもベレト。あなたはいつまで立つつもりなの? あなたが腰を下ろしてくれないと、あたし達も座れないのよ?」
「えっ? ああ、そっかごめん。シアも座って。ごめんだけど命令ね」
「かしこまりましたっ。お気遣いありがとうございます、ベレト様」
『全生徒が平等』の校訓があるも、『上の者から』というのは貴族社会のマナーであり、暗黙の了解。
周りの目があり、どんな噂を流されるかわからないために、親しい仲のエレナもルーナも、しっかりと守っているのだろう。
「はあ……。学生なんだからもっと緩くでいいのにね」
「ふふ、(上の立場の)あなたがそれを言いますか。さすがですね」
「変わってるのよ、コイツは」
「それについてはどんぐりの背比べ。エレナと」
「……文学的な表現ですね。意味はアレですが素敵だと思います」
「え? シアは意味わかった?」
「い、いえっ! わかりません……!」
「エレナ、おそらく嘘ついてるよ。シアは」
「ベ、ベレト様!?」
「なっ、なによみんな揃いも揃って……!」
「俺もさっきはその気持ちだった」
盛り上がりを見せるこのテーブル。
しかし、この談話ルームにいる他の学生はそれどころではなかった。
誰にでも分け隔てなく接し、求婚された数は計り知れない美しき伯爵家令嬢。
『
常に冷静で、特例で図書室登校が認められたほどの頭脳の持ち主、男爵家三女。
『本食いの才女』ルーナ・ペレンメル。
筆記実技の総合成績トップ。王宮への推薦状が確実視されている侯爵家専属侍女。『完全無欠』シア・アルマ。
数々の悪名を轟かせる無敵かつ
『学園一の嫌われ者』ベレト・セントフォード。
各方面の有名人が、一つに固まっているのだから。
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