第58話 図書室と奮起のルーナ②

「あ、そう言えばエレナが招待状を渡しに図書室にきたと思うんだけど、大丈夫だった?」

 柔らかな空気に包まれながら、恋愛ジャンルが並ぶ本棚の前に着いた時。

 ベレトはこのようなことをルーナに投げかけていた。


「大丈夫とは一体」

「なんて言うか、エレナってちょっと不器用なところがあるから、最初の方は掴みづらいところがあるんじゃないかなって。仲良くなればそんなことは全然感じないんだけどね」

 ツンとすることもあり素直じゃないエレナと、無表情のルーナ。

 この二人がかけ合わせるとどうなるのか、想像することはできなかったのだ。


「心配をありがとうございます。よい時間を過ごせましたよ」

「あ、それならよかった。俺としては仲良くしてほしい二人だからさ」

「角の立つ言い方をしてしまいますが、とても優しいが故の不器用さなのでしょうね」

「あはは、エレナにそれ言ったら『そんなことないわよ!』って照れながら怒ると思うよ」

「では、これは内緒の話ということで」

「はーい。了解」

 トラブルを生まないための対策をするルーナ。

 仮に今の言葉を伝えても笑い話になるだろうが、ここは彼女の意見を尊重する。


「あの、あなたがエレナ嬢と親しく接している理由が今回のことでわかりました。身分の低いわたしをとても気にかけてくださいましたから」

「そっか。その様子なら仲良くなれそうだね?」

「……」

『あなたのせいでわかりません』と伝えるルーナの視線は、笑顔を浮かべているベレトには届かない。


「え? 無視!?」

「すみません。少し考えごとをしていました。それはそうと、あなたに報告しておくことがあります」

「なんか難しいこと考えてそうだなぁ……。って、報告?」

「はい。エレナ嬢からご招待いただいた晩餐会にわたしも参加する予定です。なので当日はよろしくお願いします」

「お! それは楽しみだ」

 実際、参加の有無を聞く機会を窺っていたベレトだった。

 一つ、気がかりなこともあって。


「……あまり驚かないのですね。わたしがこのような会をお断りしていること、知っているあなただと思いますが」

「エレナが言ってたんだよね。ルーナは参加するって」

「っ」

「宣言通りになってるんだから凄いよね」

「一つだけ、教えてください……。わたしが『参加する』と言えた理由……聞きましたか」

 動揺を滲ませるルーナは、無機質な声に緊張を含ませていた。

 金色の瞳を揺らしながら、上目遣いで確認をするのだ。

 なぜ本人でもないエレナが『参加する』と答えられたのか、その理由は一つしかないのだから。


「聞いたことには聞いたけど、例え話だったから詳しくわからなかったよ」

「例え話、ですか」

「ルーナも聞く? 正確に伝えることはできないんだけど、ざっくりと覚えてるから」

「は、はい。是非」

『詳しくはわからなかった』

 その言葉一つで安堵の気持ちに包まれる彼女は、すぐに冷静な気持ちを取り戻す。

 そのタイミングでベレトは例え話を口にする。


「えっと、今回の晩餐会でルーナの大好きなものが一つ用意されているらしいんだけど、その好物は第三者に狙われている状態で、晩餐会の日に奪い去ろうとしてる、みたいな感じだったよ」

「そう、ですか。それはまた酷いことを考えているのですね。悪役の方は」

「あー。そう言われたら確かにそうかも。二人で分けたらいいのにね」

「……」

「え? な、なに? その目は……」

 言い終わった瞬間、ベレトは恐る恐る聞き返すのだ。

『本当になにもわかっていないのですね』と言わんばかりにジットリとした目に変えたルーナに。


「な、なんか変なこと言った? 俺……」

「いえ。よくよく考えたのなら、あなたの言い分に間違いはありませんでした。すみません」

「あっ、でしょ? だから交渉してみるといいい方向に進むかもね」

 二人が想像しているものは100%違う。だが、これまた偶然にも正しいことを言っている。


「それにしても上手な例え話ですね。わたしの……好きなものは確かに用意されているので」

「あ、あのさルーナ。その好きなものって、俺に教えてくれたりする? 本以外のものってヒントはもらってるんだけど」

「……気になりますか」

「うん、それに情けなくもあって。こんなに関わってるのに、ルーナのことまだまだ知れてなかったんだなって」

 このように思うのは自然なこと。

 ルーナと関わりの少ないエレナは、彼女の好きなものを知っている。

 その一方、彼女と関係の深いはずのベレトは、好きなものを知らないのだから。


「正直なところ気に病むことはなにもありませんよ。そのように感じてしまった時点で、あなたは被害者に当たりますから」

「え? 被害者って俺が!?」

「はい。(惚れられた)被害者です。それほどにわたしの好きなものを当てることは難しいということです」

 こっそりとニュアンスをつけ、真顔のまま言い切ったルーナはさらに言葉を紡ぐ。


「……しかし、あなたを擁護したわたしも(酔わされてしまった)被害者です」

「そ、そうなの? なんか被害者いっぱいだな……」

「損害があるわけではありませんけどね。と、すみません。話が脱線してしまいました。元の話題に戻します」

 話が長くなると思ったのか、ルーナは早々に切る。


「先ほどの件について、わたしと情報交換をしていただけるのなら教えますよ」

「情報交換?」

「言葉のままです。わたしはあなたが聞いた『大好きなもの』について教えます。その代わり、あなたはわたしの質問に答えるというものです」

「あっ、それいいね! いい提案だよ」

 彼女の提案はお互いがお互いを知れるというもの。

 断る理由はなにもない。


「じゃあ順番はどうする? 俺はどっちでも大丈夫だけど」

「ではお言葉に甘えて、わたしから質問をしてもよいですか」

「もちろん。なんでもどうぞ」

 そして、情報交換が図書室で始まる。

 余裕のある態度で……。いや、なにを聞かれるのか楽しみにしているベレトに、さりげなく視線を逸らして鼓動を高めるルーナは、この質問をするのだ。


「……あなたは、どのような女性が好きタイプですか」

「へっ」

「『へ』ではありません。驚くようなことはなにも言っていませんよ。わたしも『好き』について答えるわけですから」

「そ、それはそうなんだけど、ちょっと意外な質問だったから」

 一瞬心を乱されるベレトだが、冷静沈着な彼女を見てすぐに落ち着きを取り戻す。

 眉間にシワを寄せながら考えるのだ。


「好きなタイプか……」

「『優しい』などの王道を答えるのは控えてください」

「んー」

 ますます難しい条件がつけ加えられ、唸り声を上げる。


「……」

「……」

 そのまま考え込むこと10秒。

『えっと』の前置きをし、ベレトは恥ずかしさを隠すように苦笑いで答えるのだ。


「自然体でいてくれる人がいいな。あはは……」

「言葉のままですか」

「う、うん。俺がこんなことを言うと嫌味になるかもだけど、侯爵家の家柄だから対等に接してくれる人が少なくって……。それに悪い噂もあるから、大半は畏まってしまうみたいな……」

「あの、畏まられるというのはよいことでは」

 この世の中は階級社会である。

 畏まられるというのは、確固たる地位があるからこそ。

 ルーナの言うことは正しいこと。当たり前のことだが、ベレトだけは価値観が違うのだ。


「ま、まあその通りだし、実際は仕方ないで割り切るしかないことなんだけど……。距離を置かれているみたいで嫌なんだよね」

「……」

 その理由にルーナはまばたきをするだけ。理解が追いついていないように微動だにもしていない。


「も、もちろん変なこと言ってるのはわかってるよ。贅沢なことを言ってるってことも。だけど、これが俺だから」

 この発言は多くの敵を作ることだろう。当然、公にも言えないこと。

 だが、相手がルーナだから思いのままを伝えることができる。


「そんなわけで、俺には、、、立場を気にせずに自然体で接してくれる人がいいな」

「っ」

 ベレトは知る由もない。

 ルーナがこの言葉を聞いたのは、二度目であることに。


 では一度目は? と問われれば、たった数十分前のこと。

『ベレトってば変だから、立場を気にしない方が喜ぶわよ』

 そう……。エレナが図書室を去る際にかけてくれたアドバイスと瓜二つなのだ。


「……本当、変わり者ですね、あなたは。自分には失礼を犯してくれと言っているようなものじゃないですか」

「楽しそうでしょ?」

「はい。恐怖が勝ちますね」

「ははっ、鋭いツッコミで」

 吹き出すような笑いをあげるベレト。そして、下を向いて顔を見られないようにするルーナは……嬉しそうに目を細めていた。

『彼らしい』と滲ませるように。


「じゃあ、質問に答え終わったってことで次はルーナの番ね?」

「わかりました」

「ルーナの好きなものって?」

『コク』

 その質問に小さく首を縦に振る。

 ベレトから聞かれる前から、答える内容を決めていた。


 自分らしくルーナは答えたのだ。


「——わたしの目の前に……ありますよ」と。

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