第46話 Sideエレナ

「これを言うのはなんだけど、今日はエレナが迎えにきてくれて安心したよ。正直」

「ん?」

「ほら、俺はエレナの父君とよく顔を合わせるような関係じゃないから、いろいろ身構えちゃうっていうか……」

 馬車に揺られながらルクレール家に向かっている矢先、ベレトの言葉に対してエレナは微笑を浮かべていた。


「まあ、お父様の指示だもの」

「え?」

「あたし一人だと馬車の中でゆっくりできるでしょ? あなたは。会談前に疲れさせるようなことをさせたくなかったんでしょうね」

「そ、そういうことか。エレナだけってことに違和感はあったんだよね……。本当、父君の凄さが改めてわかるよ」

「ふふっ。あたしが尊敬している人なんだから、凄いに決まっているじゃない」

 このような褒め言葉は社交辞令によく聞くが、エレナにはわかっていた。

 彼が本心から言ってくれていると。


(嬉しいわね……。こうしてお父様を褒めてもらえると)

 家族を大事にしているからこそ、ほかほかした気持ちになる。


「ちゃんと会談できるように頑張らなきゃな……。招待してもらった側とはいえ、貴重な時間を割いてもらってるわけだし」

「あなたなら大丈夫でしょ」

「言い切るんだ……?」

「実際そうだと思っているもの。お父様がこんなことをするのは初めてのことだし」

「そ、それはどうも」

 一噛み。さらには、落ち着きのないように馬車から外を覗く彼を見て……気づく。

 普段から冷静なベレトなのだから。


「もう、そんなに緊張しないでちょうだい。堂々としていればいいんだから」

「そんな軽く言わないでよ。相手が相手なんだから」

「まったく……。シアの前では平気な顔をしてたくせに」

「ツッコまれると思ったよ。それ」

 紫の瞳を細めて視線を向ければ、ベレトは頭を掻いて弁明した。


「シアには心配させるような様子を見せたくなかったんだよ。心配したまま仕事をさせたらミスをしちゃうかもだし、俺自身カッコ悪い姿を見せたくないし」

「ふーん……。あたしの前では浮き彫りになっているけどね? そのカッコ悪さは」

「えっと、シアには内緒でお願いね? 自慢の主人であり続けたいって思いがあるからさ」

「偽りのメッキはいつか剥がれるものよ」

「剥がれる前には慣れるようにしておかないとね」

「簡単に言っちゃって。まあそのお願いは守ってあげる。別に悪いことじゃないものね」

「ありがと」

 ベレトがされて嫌なことをしっかりと理解しているエレナは、からかうこともなく素直に了承する。

 そして、安堵した顔でお礼を言うベレトを見て呆れるのだ。心の中でため息を吐くのだ。


(これがバレた程度で自慢しなくなるシアじゃないわよ。彼女のことを考えてのことなんだから、もっと自慢の主人に思われるでしょうに……)

 こう思っていても伝えないのは、『そんなことないでしょ。頼りない! って気持ちが先に出るって』なんて一蹴されることがわかっているから。


 一連の流れを頭の中で浮かばせるエレナは、毛先まで整った赤髪を人差し指で巻きながら、正面にいるベレトに意味深な視線を飛ばすのだ。


(それに、カッコ悪くなんかないわよ、実際……)

 立場の低い侍女のことを考えた行動。もっとわかりやすく言い換えれば、一人の女の子を考えた行動なのだ。


(よかったわね……シア。一番嬉しいことをしてもらって)

 微笑ましい思いに包まれたのは最初だけ。

「…………」

 エレナの心にモヤがかかるのだ。胸が苦しくなるのだ。

 ズルい、なんて気持ちをいっぱいにしてしまったことで。


 何気ない会話でたくさんのことが伝わってくるのだ。

 強く繋がれている絆。どれだけ大切に扱っているのか。どれだけ思い遣っているのか。


 このようなものを見せつけられて、なにも思わないわけがない。

 一人の女として……やり場のない嫉妬を覚えるエレナは、無意識に口を開いていた。


「ねえ……ベレト」

「なに?」

「特別に手を握ってあげてもいいわよ。あたしの友達をちゃんと考えてくれたお礼に」

「ん? な、なんで?」

「あ、あなたの緊張を取るためよ。人肌に触れると落ち着くって言うじゃない」

「ああ……」

 ハッキリしない返事に焦ってしまう。

『緊張を取るため』なんて口実がバレてしまいかねないと。『モヤモヤした』なんて本心がバレるのではないかと。

 エレナは頭を働かせ、すぐに二の矢を放つ。


「ふ、ふんっ。勘違いしないでよ。あくまでこの提案はベレトの緊張を取るためなんだから」

「……それ本当? 緊張を取るためって」

「っ」

 気づかれた!? と目を大きくして顔を赤くするが、全ては杞憂に終わる。


「その反応、やっぱり俺に意地悪しようとしてるでしょ。手を繋がれると逆に緊張する気しかしないんだけど」

「……」

(そ、そうよ。あたしが慌てる必要はなにもないのよ……。コイツは鈍感なんだから、そう簡単にバレるはずがないもの)

 この保険が一つかかるだけで冷静になれる。余裕も生まれ、揚げ足を取ることができる。


「あ、あら? それってどういう意味? あたしのことを異性として見ているから緊張するのかしら。手を繋ぐ程度、、で」

 ピクピクと眉を動かして得意げな顔を一生懸命に作るエレナは、喧嘩を売った。

 ベレトの性格を知っているからこそ、あえて挑発をした。

 結果、思い通りの返事を聞くことになる。


「べ、別に? そんなわけじゃないけど」

「ふ、ふーん。なら握らせなさいよ。緊張を解いてあげるから」

「はいはい」

「なによその投げやりな返事……。感謝くらいしなさいよ」

 そうして強気な態度を見せながら立ち上がり、ベレトの隣に座り直すエレナは、悪魔な笑みを作っていた。


(……ふふ、あたしなんかの手のひらで転がされちゃって。バカなんだから)

 そう。心の中ではご機嫌を露わにし、ここで啖呵を切ったのだ。


「ほら、早く手を出しなさいよ。それとも緊張しないっていうのは嘘なのかしら」

「嘘じゃないけど」

「さっきは『緊張する』なんて言ってたくせに」

「……なんかさ、わざと挑発されてるような気がするんだけど、気のせい?」

「は、はあ? 挑発してもあたしにメリットなんかないわよ」

「まあ、それは確かに」

(本当バカ……。なんでそこで認めちゃうんだか)

 なんて呆れたと同時、ベレトの手がすぐ側に置かれる。


「も、もういいの? 握って……」

「いつでも。これで緊張が取れるなら御の字だし。でも緊張取れなかった時はすぐ離すからね?」

「う、うん……」

 コクリと頷く。


「……」

「……」

 そして、置かれた手を無言で見つめ……ベレトの手の甲に、手のひらをゆっくりと重ね合わせたのだ。


「な、なんかゴツゴツしてて気持ち悪いわ。あなたの手」

「それ酷くない?」

「だ、だってそう思ったんだもの……」

 なんて感想を述べながら、片手を胸に当ててチラリと彼を見る。

 その仕草は心臓の音を隠すようで、今の顔は髪色に負けず劣らず真っ赤になっていた。


 緊張と恥ずかしさを引き換えに、嫉妬の気持ちを晴らすことに成功したエレナだった。

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