第45話 会談の日

「ごめんなさいね、シア。今日はあなたのご主人を貸してもらうことになって」

「いえいえ! とんでもないです!」

 約束の会談日。

 予定時間よりも少し早く到着したルクレール家の長女、明るい赤髪を目立たせる黒のドレスを着たエレナは、メイド服のシアと玄関前で軽い談笑をしていた。

 その間、ベレトは身支度中である。


「あ……ベレトのこと手伝わなくていいの? あなたのお仕事でしょうし、怒られたりしない?」

「はい! 『エレナ様と楽しんできて』と、ご命令いただきました」

 にまあと満面な笑みでまるまるとした青の目を細めるシアである。


「はあ……。ベレトったら相変わらず変わった命令をしてるのね。正直なところ対応するの大変でしょ? 本来するべき仕事をしなくていいって指示されるわけだし」

「おっしゃる通りですっ」

 こうしてハキハキと主人を否定できるのは、しっかりとした理由があるからである。


「でも……今回のご命令も私のことを考えてくださってのことですから。エレナ様と楽しくお話することができて、一緒に休憩を取ることもできて……」

「どうせあたしのことも考えての命令よ。待ち時間を退屈させないためにね」

「っ! そう言っていただけると嬉しいですっ」

 お互いに会話を楽しめる相手。それを再認識できたやり取りである。


「それで、シア。私に聞きたいことがあるなら今のうちに聞いておきなさい? 顔にその文字が浮かんでるわよ」

「す、すみません。ではお言葉に甘えまして……本日のご会談について一つ質問をよろしいですか?」

「ええ。あたしに答えられることであれば」

「ありがとうございます……っ」

 エレナが促したことで問いやすくなったシアは、頭を下げてもじもじしながら疑問を投げた。


「あの、エレナ様もご会談にお参加されるのですか……?」

「んー。包み隠さず教えるけれど、あたしの場合は参加資格がないのよ。知識の差で会談の邪魔になってしまうから」

「えっ、エレナ様でもですかっ!?」

「家業を次ぐ準備を進めているアランでさえその一人よ?」

「つ、つまり……ベレト様はエレナ様のお父君様とお二人でお話されるということでしょうか?」

「その予定になっているわ」

「そ、そうですか……」

 声のトーンが一つ落ち、眉尻を下げるシア。

 そんな様子を見れば、今どのような気持ちになっているのか察するまでもないだろう。


「ベレトのサポーターがいないと心配?」

「……は、はい。エレナ様のお父君様は、誰もがお知りになっているほど凄い方なので」

「確かに会談の内容はお父様の土俵になるでしょうし、知識や経験の差が出てくるでしょうけど、案外大丈夫だと思うわよ」

「差が生じてしまうのに……ですか?」

「だって……生意気なくらいに、あたしが妬くくらいに達観しているもの。アイツは」

「……」

 ベレトを見通しているようで、それでも素直に褒められないような呆れ顔を浮かべるエレナ。

 心配の『し』の字もないような態度は、どうしても飲み込めないもの。


「ピンとこないのも仕方がないと思うわ。ベレトってば生意気だから難しい話は基本しないもの。恐らく面倒ごとを避けていたり、注目を浴びたくないからでしょうけど」

「……ふ」

 なにか心当たりがあったのか、口に手を当てて小さく吹き出したシア。

 そんな時である。


「ごめん遅くなって。って、なんか盛り上がってるけど、二人してなに話してたの?」

 身支度を整えたベレトが二人に声を飛ばす。


「そんなに聞きたいの? 聞かない方が賢明だけど」

「そう言われると気になるんだけど」

「あらそう。なら教えてあげるわ」

 からかうように紫の瞳を細めたエレナはすぐに言った。

「いかにあなたが生意気なのかって話よ。ね、シア?」

 ゆっくりとシアの背後に回ってその肩に手を置いて。


「えっ!? あ、その……その……!!」

 完全な巻き添い。

 それを証明するように両手をブンブン振って、一生懸命弁明しようとしている。


「なるほどね。エレナが一人で俺に悪口を言ってたと」

「別に文句は言ってないわよ。ね、シア?」

「は、はいっ!」

 今度は即、頷いたシア。慌てが少し収まり、目を大きくして返事をした。

 その様子でこっちは本当だと理解する。


「……あれ、じゃあなに?」

「もう教えないわよ。シアを嘘発見用に扱うようなご主人には」

「それはちょっと言い方が悪いって……。別に悪気があったわけじゃなくて……」

「ふふっ、まあその辺は会談が終わった後に彼女と話し合ったらどう? シア、怒った演技をしていたらお詫びになにかいいことをしてもらえるわよ」

「っ!!」

「その言葉を言ったらダメなような気がするけど、まあいいや……」

 シアの方をモミモミしながら変なことを炊きつけるエレナ。このくらいじゃ怒らないから、なんて表情をして。

 そして、言葉巧みに焚きつけられた侍女は……目をキラキラさせて期待した眼差しを向けてくる。


(このシアの顔、頭撫でさせようとしてくるな……)

 可愛い内容であり、特に困るようなことでないからこそ、『まあいいや』で済ますベレトである。


「……ん、ベレト。話もこれくらいでそろそろいきましょうか。時間も迫っているわ」

「ああ、そうだね」

 遅刻は厳禁である。彼女の促しはありがたいものだった。


「それじゃシア、あとのことはお願いね。余裕ができたら自分の時間に使ってもらっていいから」

「はい! あの……ベレト様も頑張ってくださいね!!」

「もちろん」

 そうしてシアに見送られたベレトは、エレナと共に馬車に向かい……唖然とする。

 視界に映ったのは白の塗装が施され、広い客室キャビンに、窓がついた馬車があったのだから。

 一目でわかる。お金をかけて作られた豪華な馬車だと。


「え、ええ……。俺なんかにこんな立派な馬車を用意してもらわなくていいのに……」

「ふふふ、その顔が見たかったからあえて選ばせてもらったわ。お父様もノリノリだったわよ。『あとで反応を教えて』って」

「な、なんだそれ……」

 冗談混じりに言われるが、ベレトは招待された側。

 ルクレール家にとって、家名に傷をつけないための当たり前の振る舞いになるのだろう。そう頭の中で納得し、

「すみません、本日はよろしくお願いします」

 ルクレール家の専属御者である白髭を生やしたジェントルマンに挨拶をすると、優しく微笑んで頭を下げてくれた。


「それじゃ、乗ってちょうだい。お父様はもう迎え入れる準備を進めているから」

「うん」

 その言葉で先に馬車に乗り込んだベレトは、すぐにエレナに手を差し出す。


「はいどうぞ」

「あ、あら……。紳士的なことをしてくれるのね」

「黒のドレス似合ってるから、特別に」

「……特別に、じゃなくて普段からするべきよ……。もう」

 なんて悪態をつくエレナは斜め下を見て、少し口を尖らせながらその手を取るのだった。

  

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