第32話 帰宅後のシア

「ご帰宅が遅いですよ……ベレト様。私とっても心配したんですからね」

「ご、ごめん」

 ルーナを送り届け、その帰宅後のこと。

 プンプンしている侍女、(怖さを感じない)シアに謝る。

 彼女は外玄関でずっと帰宅を待ってくれていたのだ。

 予め報告していた帰宅時間よりも遅くなってしまったことが原因で。


「次からはちゃんと報告した時間を守るから」

「お約束ですよ」

「う、うん」

 このように会話はできるものの、朝と変わらず彼女の態度はやはり素っ気ないものに感じる。

 一体なにがあったのか……。もう何十と考えることだが、ルーナの言葉がよぎった。


『嫉妬だと思いますよ。もっと仲良くなれそうだと考えていた矢先、デートの約束がされたわけですから。それにシアさんは純粋な方だと聞きます。態度に出ても無理ないのでは』と。

(……でも、これの確認方法ってないよなぁ。『嫉妬してる?』なんてストレートに聞けないし……)

 八方塞がりだ、と諦めた数秒後だった。

 決定的な姿を見ることになる。


「ベレト様……。ルーナ様とのおデートは楽しかったですか?」

「ああ、もちろん楽しかったよ」

「そうですか。それはよかったですね」

「ッ」

(今……膨れたよね、ほっぺ)

 言い終わった瞬間だった。シアはおもちのような頬を大きく膨らましたのだ。

 体の向きを変えてバレないように立ち回っていたが、横からしっかりと見えた。

 この変化が生まれたのは、ルーナの話題を出してから。


(あ、あはは……。そっか。当たってたのか)

 もう確信に近づいた。

 ルーナの言っていた通り、嫉妬しているのだと。

 シアの気持ちを理解すれば、そんな気持ちを抱いていたばかりに態度が変わっていたとなれば、微笑ましいばかり。

 もう気持ちを楽にして話しかけることができる。遠慮させずにプレゼントを渡す立ち回りまで。


「シア。いきなりで悪いんだけど、この椅子に座ってくれない?」

「ど、どうしてですか?」

「いいからいいから」

「すみません……。まだお仕事が残っていまして」

「じゃあ命令で」

「ぅ、はい」

 途端、素直に頷いたシアは指示された椅子にちょこんと座る。


「あの、ベレト様……。一体なにをされるんですか……?」

 上目遣いで不安そうに聞いてくる。

『態度の面で注意をされるかもしれない……』

 そう思っているかもしれないが、ハズレである。


「実は感謝を伝えたい人にプレゼントしたくてね。シアに一回つけてもらおうかと」

「へっ!? 私で試すのはダメですよっ! 一度使用したものはプレゼントとして贈れませんよ!」

「いいからいいからー」

「んんーっ!!」


(侍女の立場じゃなくても気づかなそうだよな……シアは)

 自分宛てのプレゼントだとはこれっぽっちも思っていない彼女は抵抗してくる。が、抑え込めば終了である。

 抵抗が終わったところでカバンの中から黄色の髪留めと、紫の天然石が装飾されたネックレスを取り出した。

 この時、手に持つ二品をぽーっと見ているシアである。


「じゃ、俺がつけるね」

「え、あ……そっ、そのくらいなら私が……。お手を煩わせるわけには……」

「命令」

「……はぃ」

 これだけで面白くなるほど素直になる彼女は、ピタリと動きを止めた。


 ようやく準備が整った。

 まずは髪留めである。

「ちょっと髪に触れるね?」

『コクリ』

 その頷きを見てから手を動かす。

 乱れ一つない、綺麗に揃えられた黄白色の前髪に髪留めを挟む。


「よーし」

(……なんかおでこが出たことでもっと幼く見えるけど……可愛いからいいよね?)

 普段よりも幼く見えてしまうが、髪留め自体は似合っている。だから大丈夫。

 と、自己完結をしてネックレスをつける準備をする。


「シア、後ろ髪を手で上げてくれる? 首が隠れてるから」

「あ、あの……ベレト様が考えている以上に大問題ですよ? 私がつけたものを贈り物として出すのは……」

「ほら、早く」

「う……」

 不安そうな声を出し、これもまた指示通りに後ろ髪を上げるシア。


「……」

「……」

「…………」

「ベレト……様?」

「あ、ご、ごめん」

(も、もうこの指示をするのはもうやめよう……)

 この時、普段から髪で隠れている彼女の白いうなじが露わになったのだ。

 初めて目に入れるものだからか、なぜか色っぽく見えてしまう。色っぽく見えてしまえば罪悪感が生まれてくる……。


「え、えっと今からつけるね」

 煩悩が出る前に気持ちを切り替え、細い首にネックレスを通すと留め金を繋いだ。


「できたと。ほら、そこの鏡見て。どう?」

「……本当に素敵だと思います。羨ましいです……」

「ん」

「ルーナ様もお似合いになるかと思いますけど、私がつけてしまったせいでもう一度買い直さなければ……」

 このプレゼントはルーナのものだと思っているのだろう、こちらが命令したのにも拘らず申し訳なさそうにしているシアである。


「あ、そのルーナなんだけど、彼女からいろいろ聞いたよ。シアのこと」

「えっ?」

「侍女の中でシアが一番の成績だったり」

「っ」

「男から言い寄られてもしっかり対処できていたり」

「……っ!」

「なんかすごい牙を向けるんだって? 相手を怖がらせることができるくらいに」

「っ!!」

 ドン! ドン! ドン! と三段活用をするように目が大きくなっていくシア。この反応で嘘ではないことがわかる。


「イメージと違うシアだったから驚きはしたけど、この報告を聞いた時は嬉しかったよ」

「そ、そんな……」

「専属侍女が舐められれば、俺にも傷がつくんだってね。……怖いだろうに戦ってくれて本当にありがと」

 次の瞬間、無意識に手が動いていた。


「……ぁ」

 彼女の頭をポンポンと撫で、毛並みに沿って手を動かすと、小さな声が漏れた。


「ありきたりな言葉で申し訳ないけど、本当に自慢の侍女だよ。シアは」

「ベレト様……」

「たださ、一人で解決できるシアを自慢に思ってるわけじゃないからね。なにか困ったことがあれば立場を気にしないで俺に教えてほしい。誰かの力を借りて、早期解決ができるシアも俺にとっては自慢になるから」

「はい……。えへへ……」

 その返事をすれば、シアはこっそりと頭をこちらに突き出してくる。『もっと撫でてください』と言わんばかりに。

 そして、撫でれば撫でるだけこちらを映す鏡に浮かび上がる。

 ヨダレが出てもおかしくないくらいに、とろけきった顔をするシアが。


「……」

 意地悪で手を止めると、欲するような表情に変えていく。再び手を動かすと満足そうに蕩けきった表情になっていく。

 鏡にはその全ての顔が映っている。


 そんなシア遊びを数分間続け、手が疲れてきたところで『さてと』と、声をあげる。


「俺はお風呂に入ってくるよ。シアは残りのお仕事お願いね」

「……ぁぁ」

 返事をするよりも先に物足りなさそうな声が上がった。さすがに自分でもわかる反応である。


「はははっ、ちゃんとお仕事できたらもう一回する?」

「えっ……あっ、お、お願いしますっ!!」

 遠慮をすることなく、嬉しそうに頷くシア。年相応な姿を見ることができた。


「それじゃ、あとのことはよろしくね」

「はいっ!!」

 そうしてプレゼントをつけたままのシアと自然に別れた。

 遠慮される前に退散。気づかれないように退散。それが今回考えた立ち回り。



『も、申し訳ありませんっ、ベレト様! こちらをつけたままでした! 髪留めとネックレスはどうすればよろしいでしょうか!?』

 お風呂上がり、慌てに慌てながら髪留めとネックレスを渡してくるシアに一言。


『え? シアは受け取ってくれないの……? 感謝を伝えたい人にプレゼントしたいって言ったのに、俺』

 ネタバラシを行い、遠慮されないように拗ねる演技を始める。


 時間を空けてネタバラシをしたのは、恥ずかしさがピークに達していたから……。

 その事実は内緒である。



∮    ∮    ∮    ∮



 明後日、学園の登校日。


「いや、シア? 髪留めはつけていいと思うけど、ネックレスはつけていかなくていいでしょ」

「どうしてですかっ!」

「ええ……」

 おでこを出したシアになぜか怒られる。


「どうしてもなにも勉強の邪魔になるでしょ? 校則には違反してないけど、外した方がいいよ」

「邪魔なんかじゃないですっ!」

「誰かに目をつけられるかもよ?」

「戦いますからっ!」

「…………じゃあ、うん」

 こんなにも反抗するシアを見るのは初めてのこと。

 逆に言えば肌身離さず持っておきたい。この気持ちだけは譲れないシアであり、嫉妬の気持ちはすでに晴れている彼女でもあった。

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