第31話 Sideルーナ⑦
ディナーが終わり、二人で馬車に乗ること数十分。
わたしの住む屋敷に到着しました。
時はすでに夜。綺麗な月に無数の星が輝いています。
「もう……着いてしまいました。楽しい時間は本当にあっという間です」
これだけ時間が早く過ぎたのは初めてかもしれません。
「ルーナからそう言ってもらえると嬉しいよ」
「おかしなことを言いますが、外出することも、遊ぶことも悪くないですね。周りのみんながどうして遊んでいるのか今日を通して理解できました」
「あははっ、それを理解するのは遅いよ」
「……」
(そんなに笑わなくてもいいではないですか……)
笑われるならば言わなければよかったです。恥ずかしくなってきます……。
「じゃあこれからは遊ぶ頻度がたくさん増えるかもしれないね? ずっと断っていた誘いに乗ることもあるだろうし」
「あの、わたしはあなた以外の人と遊ぶつもりはありませんよ」
(休憩場所に図書館を選べるような人は、あなた以外にいませんから……)
ほかの人と遊んでも楽しいわけじゃないと思います。
「えっ? でも遊ぶのは楽しいでしょ?」
「そうですよ」
「じゃあいろいろな人と遊んだ方がいいよ?」
「……あ、あなたと遊ぶの
「あ、ああ……ごめん」
(なんでこんなことを言わないといけないんですか……。気遣いができて、これがわからないのはおかしいです……)
不思議でたまりません。
もしも狙って言わせているのなら、怒ります。
「いや、でもさ? ルーナが遊んだのってまだ一回目でしょ? そんな簡単に決めていいの?」
「はい。悪いですか」
帽子は必需品です。今日はもう何度目かもわかりません。熱くなる顔を隠して一歩後ずさりをして距離を取ります。
先ほどのセリフを思い返してしまいました。
「いや、悪くはないけど……変な噂が出ても責任取れないよ?」
「変な噂とは」
「まあ、恋仲とか? 今日遊んでいたところを在校生に見られた可能性だってあるし」
「っ」
手を繋いでいるところ……。そんなところを在学生に。
盲点でした。そんなことまで考えられていませんでした。あなたが緊張することばかりしてくるから……。
「しょ、所詮は噂です。平気ですが」
「なんか強がってない? 今噛んでたけど」
「……」
(わかっているのであればツッコミを入れないでください。そのような噂、恥ずかしいに決まっています……)
ですが、ここは最後まで気を遣うべきところ。
「平気だと言っています。変な噂とはそれだけですか」
「まだあるよ。『俺以外と遊ぶな』みたいに脅されている噂が出て、ルーナが可哀想……みたいな目を向けられたりするとか」
「それも平気です。図書室登校のわたしですし、読書に集中しているので周りの目は気になりませんから」
「ははっ、さすがはルーナ」
「いえ」
(褒められました。嬉しいことですが、あなたには残念なお知らせをしなければなりません)
わたしの身分が高ければ、また違いましたけど。
「仮にその噂が出た場合、わたしは知らないフリをしますからね」
「えっ!? そこはフォロー入れてほしいなぁ……」
「あなたが悪い噂を持っていなければ、このような状況になることはないのでは」
「た、確かに……」
「それにフォローを入れることで、脅されていることに信憑性が増すことだってあります。ここは安定策を取るべきだと思いますよ」
「それも確かに……」
筋のあるようなことを言っていますが、これは本心ではありません。
(あなたの悪い噂が払拭されれば、困るのはわたしです……。よほどのことがない限り、あなたを助けたくはないです……)
人の不幸を願うのは酷いですが、本当にすみません。
あなたとはもっと一緒に過ごしたいです。
図書室の場をほかの人には奪われたくありません……。
「……あの、都合のよいことを言いますが、あなたは助けてくださいね」
「助けるってなにを?」
「『ベレト様と遊んだなら自分とも遊んでくれ』のようなお誘いを受けた場合です。今までは『誰とも遊んだことはない』で納得させている部分がありましたから」
「そのくらいならもちろん助けるけど、ルーナなら簡単に躱せるんじゃない?」
「躱せるとは断言できません。後出しになりますが、これはわたしを遊びに誘った責任です。いいですね」
「わかった」
「お願いします」
(本当は責任を取る必要はありませんけどね。そのくらいすごく楽しませてもらいましたから)
でも、本心は言えません。せっかく増やせた接点がなくなってしまいますから。
堂々と言えないので、身分差があると大変ですね、本当に……。
と、会話が終わりました。別れるにはよいタイミングです。彼もアイコンタクトでそう伝えてきました。
「……そろそろですね」
「そうしようかな」
「はい」
(別れるのは……悲しいですね。遊んだ後はみんなこのような気持ちになるわけですか)
そう思うと、遊びというのは楽しいだけではありませんね。
「お節介を言いますが、侍女のシアさんにちゃんとプレゼントを渡してあげてくださいね。わたしと同じように喜ばせてあげてください」
「ありがとう」
「では……握手をして別れてもいいですか。御者も待たせているところすみませんが」
「あ、握手?」
「はい。このままあなたと別れることは寂しいですから」
「ッ!? そ、そのセリフは恥ずかしくないんだ……?」
「珍しいですね、あなたが声を上擦らせるなんて。当然の感情では」
「……そ、そうだね」
(同意の返事でよかったです。当然の感情でなければ、大恥をかいているところですから)
安心して彼と握手を交わします。
(この手のぬくもりも最後……。残念です)
数秒間握って大きな手を離します。
「……最後のワガママをありがとうございました。それではベレト・セントフォード。お気をつけて」
「うん。それじゃあね、ルーナ。また学園で」
「はい」
彼が馬車に乗り込むところを見送ります。
出発します。
離れていきます。
『まだ一緒にいたい』との気持ちがある場合、みんなも我慢するのでしょう……。
そう思うと、夜会を抜け出す人々はすごいですね。
手を繋いで、二人きりになるだけで満足するわけですから。
満足できないわたしは、欲が深いのでしょうね。
わたしは夜空を見上げながら、そんな結論を見出していた。
∮ ∮ ∮ ∮
それからのこと。
「あの人は意地悪ですね……本当」
お風呂を済ませ、部屋で読書をする彼女は文句を呟いていた。
「どんな嫌がらせですか。読書に集中できなくなるプレゼントなんて……」
読書をしている最中、プレゼントされた栞が目に入るのだ。
その瞬間、今日の出来事が鮮明に思い出される。手を繋ぐ感触までも。
その結果、内容が入ってこないのだ。別のことに意識を取られてしまうのだ。
彼女にとってこれは初めての現象。モヤモヤすること。
栞が視界に入らなければ——。
そう考え、背後にあるベッドに栞を置くが、それでも意味はなかった。
今度は『なくなっていないか』が不安になり、チラチラと見てしまうのだから。
もうこうなれば読書どころではない。普段のように楽しむこともできない。
「もう……。こんな厄介なプレゼントはいらないですよ……」
ため息を吐きながら大好きな本を閉じる彼女は、不満そうに椅子から立ち上がると、トコトコと早足でベッドに向かう。
ジト目になりながら二つの栞を優しく手に取った。
そして。
「ふふ。本当にもう……」
くすっと微笑んだのはすぐのこと。
今日の幸せが忘れられないルーナだったのだ。
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