第6話 少しの打ち解け
文房具と算術の教材を持ち、一時間目の授業がある教室に移動した矢先のこと。
「ほら、こっち座りなさいよ。席探しているんでしょ?」
「え? あぁ……うん」
空いた席を探していた自分は、一番後ろの席でポツンと座っていたエレナにいきなり手招きをされていた。
「なによその気の抜けた返事。あたしの隣で授業を受けるのは不満ってわけ?」
「いや、そうじゃなくて純粋に珍しいなって」
呆けてしまうのも無理はない。
彼女がこのように言ってきた記憶はベレトの中になかったのだから。
「あのねえ。シアへの態度をいきなり変えたあなたに言われたくないわよ」
「あはは、それは確かに」
どこに座ろうか迷っていた分、誘われたことはとても嬉しかった。
言葉に甘えて隣に腰を下ろすと、エレナがつけているジャスミンの香水が匂ってくる。
「あのさ、エレナ。今さらこんなことを聞くのもなんだけど」
「なによ」
「友達いないの?」
「っ!!」
途端、ビクッと肩が上下させ、紫の瞳を見開いたエレナ。
「思い返してみれば……まあ、あまり気にしてなかったけどいつも一人で授業を受けてるし、この教室まで一人で移動してたような」
「〜〜っ」
図星だったのか、声にならない声を口から漏れさせる彼女は恥ずかしそうに白い頬をピンク色に染まり出す。
「け、結局のところなにが言いたいのよ、あなたは」
色がついた顔のまま、ムッと圧のある表情を向けられる。
「純粋な疑問だって。毎日のようにいろんな人に声をかけられー、俺みたいに嫌われてるわけでもないのになあって」
「そ、それ……皮肉じゃないでしょうね……」
「もちろん」
そもそもエレナが人気者だというのは知っている。
求婚も数多くされ、綺麗な赤髪と綺麗な容姿から『紅花姫』なんて愛称がつけられていることも知っている。
「ってか、俺……この件に関して皮肉とか言える立場じゃないんだけど」
「あっ! ふふふっ、確かにそうだったわね」
「笑いすぎ」
「ご、ごめんなさい。初めて聞いたからかしら。あなたの自虐は面白いわ」
「それはどうも」
嬉しくない褒められの内容である。
半目を作って、『それで?』と話の続きを促せば、エレナは小さく息を吐き、真面目な表情になって話を戻した。
「……まあ、正直に言えば友達と呼べる人は少ないわね。伯爵の名前を怖がる人も多いから
「へえ」
特権を持っていないとは、貴族の人間ではないということ。
「貴族にしては珍しいでしょ?」
「だね。その裏を返せば、貴族の友達を作ろうと思わなかった。もしくは作ろうとしなかったってなるけど」
「本当頭が切れるわよね。あなたって」
正解と答えるように微笑を浮かべた彼女。
「その通り。あたしは作ろうと思わないの。この学園の校訓に反する人ばかりだから合わないのよね。あなたも
「そうなの? その校訓ってなんだっけ」
「きっと驚くでしょうね。『全生徒が平等な立場』よ」
「ほう。なるほど」
「……あ、あれ? つ、つまり! 伯爵家のあたしも、侯爵家のあなたも一般の生徒になったようなものよ」
「まあ、そうはなるよね」
「……」
「……」
想像とは違うリアクションを起こされ、エレナは無言になる。
そのまま数秒が経ち……。
「ま、待って。それだけ? 文句あるでしょ? みんなのように反発しなさいよ」
「いや、だからなんで?」
「なっ、なんでもなにも……嫌な言い方をすれば偉い地位が剥奪されているようなものよ? 一般の生徒があなたのことを『ベレト』と呼んでもいいってことよ?」
「学園では、でしょ? なら問題はないよ」
「なっ……」
「そもそも偉いのは俺たちの両親であって俺たちじゃないし、学園内で反発するのはそこを認めたくない人らでしょ。どうせ」
「な、な、なぁあ、ぁ……」
『なんであなたもあたしと同じ意見なの!?』と言いたいのか、普段から強気な彼女はふにゃふにゃとした可愛い声を出して戸惑っている。
(あ、そっか……。俺はベレトだったんだ。悪い噂のある俺がこんなこと言えば驚くのも無理はないか)
自身の考えを述べていただけについつい忘れてしまっていた。
「あ、あなた……あなた……。あたしと友達になりたいからって嘘をついているでしょ。そんなわかりやすい嘘には引っかからないわよ」
「いやいや、普通に考えて学び
「そ、それは……そうだけど」
ボソッと呟いたエレナは瞳孔が揺れていた。動転したように言葉を失っていた。
「いや、やっぱりあなたの言ってることは嘘よ。だって矛盾してるもの」
「矛盾?」
「そうよ。だってあなたは学園でシアを使っていたもの。お昼は毎日にようにシアに取りにいかせて」
「ああ、それは……(それは確かに)」
なんて悠長に思ったのは最初だけ。焦りながら必死に頭を働かせると、矛盾のない
「だってこの学園には貴族が多く在籍してるでしょ? もっと言えばシアのような従者
「ぁ……」
そう、白く見られてしまう。
特に同じ従者の立場であるなら、嫉妬から恨みに変わったりする可能性もある。
「まあ、今日からシアを自由にしたけど、それは今まで俺がキツく当たってたことをみんなが知ってるから。当然『よかったね』で済まされるだろうし、この土台があってあの性格なら、あとは可愛がられるだけでしょ。敵が増えるとは思えないよ」
(よくこんな即席で考えたことをぺちゃくちゃ言えるもんだ……)
自分で言っておいてビックリする。ベレトの地頭がいいことに感謝である。
「あ、あなたそこまで考えて……。って、それがわかってるなら悪い噂が出るはずないじゃない」
「噂ってありもしないことが大袈裟に広まったりするでしょ。多分それ」
(本当は違います。ベレト君は気に食わないこと全部に悪いことをしてました)
なんてもどかしい気持ちは心の中で完結させる。
「確かに……。一理あるわね」
「でも噂になる種を作ったのは全部俺だし、気に食わないことに対して攻撃したことはあるから仕方ないけどさ」
さすがに美化するように話をまとめることはできない。これは一対一で話しているから通用していること。
「と、この辺で嘘じゃないって信じてくれた?」
「え、ええ……。そうね。信じられないけど」
「紛らわしい答えで」
ひとまずクラスメイトで会話してくれる彼女と拗れることはなく安心する。
「まあ、なんていうかエレナらしいね。立場を気にしてないこと。貴族の友達が少ないのも、シアが懐いてるのも納得」
「あたしは驚きしかないわよ。あなたがこっち側の人だったなんて。絶対怒ると思っていたのに……」
落ち着かないように首のチョーカーに触れながらエレナが言い終えた時だった。
『キーンコーンカーンコーン』
ちょうどよく学園のチャイムが鳴り、教室の扉が開かれる。そして、
「おはようございます、みなさん。それでは129ページを開いてくださーい」
廊下で待機していただろう先生が中に入り、そう号令をかけたのだった。
その授業が始まってすぐ。
「あ、ありがと。ベレト……。少しスッキリしたわ」
「ん? なにが?」
「……さっき、話してくれたことよ」
「ああ、別に」
少しの間だけ、コソコソと話した二人だった。
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