七 ひるひなかの話───しとせ屋のお客さまと、もうひとつの仕事

 昼日中ひるひなかの話である。



 学校帰りの統理とうりは、しとせ屋に来ていた。


 特別な用事は無い。午前授業で、部活にも所属していない統理は暇だったのだ。

 小上がりで、のんびりとお茶を飲んでいた。

 その向かい、据えられたテーブルの近くの椅子には、もうひとつ別の姿があった。

 ぴんとお耳を立て、ふんわりの尻尾を見せた──子どもの妖狐である。

 おつかいと言って店にやって来ると、ただの人間の統理を見ても物怖じせず、屈託なく話しかけてきた。

 今は春依はるいに見守られながら、ショートアニメを流す統理の携帯端末を熱心に見つめている。

「こんな『板』の中できれいな絵が動くなんてすごいねーっ」

 目をきらきらと輝かせ、着物からのびた小さな脚をぷらぷらと揺らす。

 統理としても、この店に来るようになってから妖狐と出会うのは初めてで、もの珍しい。本当に狐の耳と尻尾だなぁとか、全然隠さないんだなぁとか。それはこの場所だからかもしれないけれど。

 ……モフモフ……。やわらかそう……。

 ……それにしても。飽きることなく興味津々な妖狐とはべつに、統理は暇だった。残念ながら透雨とあも姿を見せない。

 春依によると、「とにかくお客様が居ると難しいだろうね……。あやかしのお客でも……」 とのこと。それから「あ、これでも昔よりは店に顔出すようになったよ」とも付け足した。そうなんだ……。

 今日はこのまま居ても望み薄かなーと、考え始める。折角来たからもうちょっと居たいなぁ。

 と──戸口に誰かが立った。

 今日も店の戸は開かれているので、統理の位置から直ぐ分かる。新たなお客様だ。

 反射のようにそちらを見遣って、口元にグラスを近付けた格好のまま──固まってしまった。


 超絶イケメンがそこにいた。


 思わずガン見である。

 まず目が留まったのがその人物の頭──髪だ。黒と白が交じっている。というかほとんど白んでいる。でも、歳はおそらく二十代だろう。

 そして何よりも引きつけられるのが、そのむちゃくちゃに整った顔立ちだ。

 繊細さを感じる、目鼻立ちの美しさ。

 辺りにいる人手当たり次第に訊いても、間違いなく全員がイケメンと認めるだろう、恐ろしく美形。

 黒ずくめの服装はより端整な顔を引き立たせており、更にすらりとしたスタイルの良さも際立たせている。

 ……明からさまに凝視してしまった。

 その人物は、店内をのぞき、春依が別の客の相手をしているらしいことを見てとると、待つように戸口に手をかけた。

 が、春依も直ぐ気が付いた。振り返るなり、「ああ、藤邑ふじむら様」

 超絶イケメン、どうやら馴染み客のようだ。

 そこで子どもの妖狐が、ぴょんと椅子からおりた。携帯端末を統理に返すと、統理と春依へ向けて大きく手を振る。

「ありがとうー、じゃーねー!」

 たたっと超絶イケメンの横を駆け抜けていく。それに眼差しを送ったイケメンの表情に、特別変化はあらわれなかった。

 そして、入れ替わりに。ふっと──超絶イケメンはほんの少しの微笑を浮かべた。

「──お取り込み中だったかな」

 その声はさらりと通って、まあどちらかというと低みはあるけれど、かたくも重くもない、つまり聴き心地のいい──声まで完璧か……。

 謎の敗北感に襲来されながら、「いえいえ」 とにこやかに向き直る春依を見る。

 ……む、しかし身長も高いぞ。しとせ屋の長男も高いが、それよりもあるのではないか? 百七十ほど?の春依と並ぶと違いがより目立つ。

「いらっしゃいませ。いつもので宜しいですか?」

「うん。お願いします」

 ──すると、「少々お待ち下さい」 と春依は店の奥、暖簾のれんの向こうへと行ってしまった。

 統理はひっそりと黙って、グラスを傾けていた……話しかけられたら、困る。だって……べつにお客ではないんです、暇してました……とは言えない。確かにアナタをガッツリ見てしまいましたとも言えない。

 幸いそれはなかった。春依も直ぐ戻ってきたし。

「お待たせしました。こちらどうぞ。確かめてもらえますか?」

 持っていた紙の小包みを彼に手渡す。

 その場で開けられ、取り出されたものは──

 水みたいに透明な液体が満たされた、細い小瓶だった。

 何だろう……あれ。

「うん、確かに。有難う、いつも助かるよ」

 そっと微笑みながら直ぐに仕舞い込まれる小瓶。

「代価はいつも通りこれで良いかな」

 と、そう言い──イケメンの方から、小瓶のよりは大きめの紙包みが渡される。

「あぁ……どうも……」と妙に恐縮して両手で受け取った春依は、「有難うございます……ですがあの……前にも言いました通り……これではお釣りが多過ぎますよ。そちらの損になっちゃってるといいますか……」

 その人の表情は、変わらなかった。

「当然の礼だよ、このくらいは。俺の身分だと不便なところが多いしね。……これは、それだけの価値がある」

 その目に、強い光がこもっていた。


 超絶イケメンが店を出て行くのを視線で追ってから、ようやく統理は口を開いた。

「……しとせ屋って、悪いもんを取ったり清めたりするだけじゃなくて、物の売り買いとかもすんの?」

「うん。そうだよ」

 春依はさらりと頷いた。

「言ったことなかったっけ? あぁ、きみは見るの初めてか。正確には、〝向こうの世界〟のモノをうちで売ったりするんだけどね。買い取ってはいないんだけど──」

 と、春依がテーブルの上や、壁に設えられた棚を指差す。

「ここら辺にあるのもそうなんだよ。御守りとか、キーホルダーみたいなのとか、これも売り物。……ごちゃごちゃしてるから分かり辛いけれどね……」

「あっ そうだったんだ……」

 値札もないので、本当に分からなかった……。

「売ってるのはそういう、守護になるものが多いかな。自分の身や周囲を守れるもの。大体が邪気を想定しての効果だから、凶悪なあやかしを倒すとかは無理なんだけれど……。あとは勿論、お客様の要望を聞いて個別に用意するのも可能」

「あれっ……でも、そういうのって大丈夫なの? 〝向こうの世界〟のモノってことは……の物じゃないって訳で……あやかし向け?なんじゃ……。人に用いても良いの? 俺、自分以外の人間の客見たの初めてだったから、驚いて……」

 ……別の理由でも驚いてましたが……。

「あー……。あの人はふつうの人間のひとじゃないよ」

 春依が何事か考えるように言った。

「え!?」

 取り立てて人間じゃないっぽいところは見当たらなかったのだが。髪は目立っていたけれど、あの容貌で最早違和感もなかった。

「ハッ……! あのイケメンっぷりは人間じゃない故なのか!?」

「え? いやいやそうじゃなくて……あの人自身はふつうの人間のひとだけど、特殊な力を持ってるってこと」

 ああ そういうこと……と頷く。あながちあやかしなのでは、の辺りに本気で納得しかけていたのだが。

「まあ、いずれにしても大丈夫だよ。うちは安全なモノしか渡さないから」

「あぁ、そうだよな……」

 それもそうか。

 店側がそれを考えてないなんてこと、ないか。

「うーん……知らないかな? 隣の……坂守町さかがみちょう古町通ふるまちどおりにある、古書店の店主さんなんだけど」

「あー……そっちは行ったことない……」

 坂守町はあるけれど、通りの方は。……てゆーかそれより、

 あの容姿で古書店の店主か~~~。

 いいんだけど、変な意味で思った訳じゃないんだけど、

 どこぞのお屋敷の執事と言われても驚かないぞ。

「ほら──きみが最初に依頼で持ってきた『あの本』も、あとあとあの人が引き取ってくれたんだよ」

「──えっ」

 春依を見つめ、店の出入り口を振り返って見つめ、

「……てことは俺、あの人にお礼言った方が良かったのかな?」

「本を渡した時も何も言ってなかったし、いいんじゃないかな? アレもう普通の本になったから、他の人に渡しても何も起きないし、大丈夫だよ」

「……」

 此処によく来てるけれど、あの人に会ったのは初めてだし……

 次は何時いつ会えるか分からないな……。

「……透雨ってあの人に会ったことあるの?」

「あるよ」

「……ふーん」

「いや、会ったことあるっていうか……」直ぐに言い淀むと、「お客が──つまりあの人が──来たって分かると瞬時に奥に逃げてったから、透雨は会ったのを憶えてるか分からない、かな……」

 店内のあちこちのものにぶつかりながらも逃げ込んだ様子だったらしい。

 あのイケメンの感じだと二度見するやつも多そうなのに、さすが透雨……。

 ……でもなんか安心した。

「……ああいう繋がりがあるとね、助かるんだよ」

 春依が息をく。

「色々な意味で近い人だと、よけいにさ」

「……?」

 その時ふと、春依のそばに置かれたものが目に入って──。

「そういや、さっきの代価って、何?」

「これ? 本だよ」

 そう言うと、包みごと手渡してくれる。

 中を覗き込むと、更に薄紙のようなもので覆われているが、

「……ほんとだ」

 分厚く、古そうな本だ。統理はほとんど読書をしないので(漫画が多く、それも電子書籍が大半だ)本のことはよく分からないのだが、しかし、代価で本一冊とはどういうことなのだろう?

「…………それ、ゼロが六つ付くけど」

「……えっ」

 言っていることは分かったが、意味を呑み込むのに時間がかかった。

 この本、ひゃくま……

 持っているのが怖くなった統理は、そっ……と、春依に返した。

「──あ、あの渡したやつってそんな高いの!?」

「いやいや希少なモノであるのは間違いないけど、いくらなんでもそこまでしないよ。ン十万くらいだよ」

「それはそれで高いな……!?」

「いやぁ……まあ、こっちもちょっと困りはするんだけど、何度か言っても、あの人受け取ってくれないんだよ。釣り分。だから代価の方がとんでもないことになっちゃってて……。あと、本が元々稀少本なんだよ」

「……へぇ……」

 開いた口が、塞がらない……。

 とんだ気前のいい客もいたもんだ……。

「……あ、でも、良かったね。それでお店の安泰暫く心配いらないんじゃない?」

 此処に来ると、よくその辺りの話を聞くのだが……。しかも彼が常連なら、万々歳だと思うのだが……。

 春依の顔は、曇っていた。

「いや……そうもいかないんだよ……。お代がそっくりそのままこっちに入るなら良かったんだけどね……。本当に……」

 ……はて。首をひねったその時、

「おい、春依。あんまり店や客のことべらべら話すなよ」

 暁生あかつきが出て来た。咎める声は春依に向けられていたが、ちらりと不審げな視線がこちらに投げかけられたのを統理は分かっていた。

 それで動じる統理ではない──

 の、だが……

「えー、べつにうちに知られちゃ困るような事ないじゃん。お客様のことにしたって本当に大事な事は言ってないし。俺は暁生と違って口すべらせないしさあ」

「お、俺が情報漏らすみたいな言い方やめろよ」

 無実だ、という主張を尻目に肩を竦めつつ、今まで統理の話し相手になってくれていた春依が口を噤んでしまい──。

 店に出てきたのは暁生だけなので……、今回のところはお暇しよう、と統理は腰を上げた。

 あんまり暁生を怒らせるのは、今後のためにも良くないし……。何より、透雨に会えないのでは意味がない……。

 そして、本当に何の依頼もない。

 ──一応、俺が来たことを伝えてくれと、春依に託すと、店を出たのだった。


 まだ明るい空の下、陽射しが強く感じられるようになってきたな……と手でひさしを作りながら、統理は考え込んだ。

 ……まだまだ、しとせ屋の知らないことが多い。

 あと、本当に色んな客が来る。

 その中で自分の印象を強めるためには、もっと通うしかない──。

 統理は決意を固めたのだった。


 同時に、暁生との不和も深まりそうである。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る