こちらとあちら

@kotomotoko

第1話

 暑い夏の夜には決まって怪談話が始まるのはなぜだろう。なぜ、お化け屋敷の思い出はいつも夏なんだろう。春の朝とか、真冬の日中とかに幽霊は出ないのだろうか。

 でも私は知っている。ここには実在していないはずのものが、それは幽霊なのかもしれないし、お化けなのかもしれないし、もしかしたら、妖怪や精霊の類なのかもしれないが、そういった何者かは、何気ない日常に、季節を問わずにそこにいる。


 私がその存在に気がついたのは、実は成人してからだ。多くのそういうことに敏感な人は子供の頃から見えているというが、人一倍怖がりで、臆病な子供だった私は、そういうものを絶対に見たくは無かった。もしかしたらわかっていたのかもしれないが、全身全霊で否定して、感じなかったふりをしていたのかもしれない。


 18歳になって、初めて海外に行った。しばらく帰らないつもりだったから、ホームシックが止まらなかった。その頃は今のように気軽に海外から電話なんてかけられず、月に一度、と決めて家に電話をしていた。

 ある日も同じように実家の固定電話に電話をした。電話に出た母の声ははっきり聞こえたのに、こちらの声は全然聞こえないみたいだった。

 かけなおそうか、と思ったその時、ざ、ざーっという雑音がした。そして突然、

「〇〇ちゃん」と、今度は姉の声がした。

 泣いているようだった。この時間は仕事してるはずなのに。

「お姉ちゃん、どうしたの?」

 何度か呼びかけたが、やはり私の声は聞こえないようだった。一旦切って、急いでまた実家の固定電話にかけなおした。今度は普通に繋がって、母が「元気なの?」とか言っている。その前の電話は受けてないし、姉も普通に仕事に行っていると言う。


 じゃあ、私は誰に電話をしたんだ?

 〇〇ちゃん、という呼び名は、私の家族しか呼ばない呼び方だ。あれはたしかに姉の声だった。その前の母の声も…。


 それから数ヶ月後、年末年始に私は友人達数名と年末年始を祝うために借りた一軒家にいた。

 日付が変わったタイミングで、あけましておめでとう、と言うためにまた実家に電話をした。

 すると、またざ、ざー、という音がして、今度は母と弟が話している会話が聞こえてきた。母の声は動転していた。

「事故ってどういうことなの?」

「車とぶつかって、俺は大丈夫なんだけど、バイクがヤバい。あと、相手への補償でお金がかなりかかりそう。」

 この会話を今聞いたら、オレオレ詐欺かと疑うだろうが、もうかなり昔のことで、そんなものはなかったし、切羽詰まっている2人の会話を聞いて私も動転した。

 必死に呼びかけたが、またしても私の声は全く聞こえないようだった。

 一旦切ってかけ直すと、またしてもそんな電話は受けてないし、そんな会話はしていない、という。


 その後、日本に帰国したが、私の家族は事件や事故に巻き込まれることなく平和に過ごしている。実家から離れて一人暮らしをするようになってからも度々、電話が「混線」するようなことがあったが、気にならなくなっていた。


 混線した時は必ず、かけ直して家族の無事を確認するようにしている。家族の無事を確認すれば、混線した電話の向こうから聞こえてくる、切羽詰まった状況は実際には起きないのではないかと考えている。


 ある年の夏、無謀にもお盆の帰省ラッシュの最中に車で東京から実家のある東北へと帰ろうとしたことがある。

 横浜に住む弟の車に乗り、運転を交代しながら北を目指した。だが、帰省ラッシュに加え、どこかの誰かが起こした事故のおかげで、高速は大渋滞を引き起こしていた。高速を降りたらまだ少しは動くか、と期待して下の道に降りたがそこも大渋滞を起こしていた。その時点で家を出てから6時間以上が経っていて、弟も私もヘトヘトだった。まだ道のりは半分以上あり、実際、まだ東北にも入っていなかった。

 とりあえず仮眠を取ろうということになり、コンビニの駐車場に車を止めた。弟は助手席を倒し、私も運転席を倒して軽く目を閉じた。あと、どれくらいで着くかな、まだ、かかるね、と会話をして眠りに落ちた。


 嫌な感じがした。

 あ、ヤバい、ここを出なきゃ、と思った次の瞬間、低い低い声がした。

「いれてくれ」

 生きている人間の声じゃなかった。


 わー、っと叫んだような気がする。

 とにかく、隣で寝ている弟を急いで起こして、すぐ、車を動かした。弟は私が聞いたあの声も、私の叫び声も聞いていなかった。時計をみると、10分も経っていない。

「夢見たんじゃないの?」

 弟はそう言って、まだ混んでる道を眺めてうんざりとしたあくびをついた。

 夢、だったのだろうか?

 でも、あの声は、夢だとしたら生々しすぎるし怖すぎた。そしてそれは、人間じゃないものの声だった。


 結局、普通だったら4時間半ぐらいかかる実家までの道のりに、12時間半、かかってようやく、たどり着いた。早朝だったがお布団に潜り込んで深く深く眠った。


 夏に怪談が似合うのは、お盆であちらの世界とこちらの世界が曖昧になるからなのかも知れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る