第4話 根絶やし
「大した精神力だ。魂喰らいの獣を逆に喰らったか。怒りがそうさせたのか、絶望がそうさせたのか……」
そんな言葉がファブリスの頭に流れ込んできた。気がつくとファブリスは漆黒の闇から解き放たれて、先程までいた大地に倒れ伏していた。アズラルトたちの姿は既にどこにも見えなかった。
眼前ではセリアが倒れ伏している。頭に響く言葉に構うことはなく、ファブリスはセリアに向けて片手を伸ばす。周囲に流れ出ている血の量を見る限り、セリアが事切れているのは確かめるまでもなかった。
もう二度とセリアが自分に笑いかけてくれることはないのだ。
そう思うと改めてファブリスは絶望に包まれる。理由さえもよく分からないままで恋人、生まれくるはずの子供、そして父や母、妹……それら全てを一度に奪われた絶望はファブリスの中で怒りに変わり呪詛に変わっていく。
殺す。殺す。殺す!
俺が殺してやる!
ファブリスは大地に倒れたままで、辛うじてセリアの所までにじり寄って片手を伸ばした。その時、自分の左腕が肩口から綺麗になくなっていることにファブリスは気がついた。だが、そこに痛みはなかった。
あの時、魂喰らいの獣に左腕を持っていかれたのだろうとファブリスは頭の隅で理解する。
残された右手でファブリスはセリアの片手を握った。それはまだ温かかった。
だが、セリアはもう二度と動くことはないのだ。自分に笑いかけてくることはないのだ。セリアと過ごした様々な記憶がファブリスの中を駆け巡る。
「アズラルト!」
ファブリスは絶叫した。怒りと呪詛を込めて。
「……いい響きだな。恨みで満ちている」
再び頭の中で先程と同じ声が響いた。
「黙れ。貴様はさっさと死ね!」
ファブリスは仰向けに倒れている邪神と呼ばれる存在に赤い瞳を向けた。邪神のその胸には、ファブリスが突き立てた邪神封じの魔剣が変わらずに突き立てられている。大地に倒れているその体も動く気配はない。
「言われなくとも私はもうすぐ滅びる。この世を滅せなかったことは口惜しいのだがな。それより感謝の言葉でも言ったらどうだ。貴様の傷を治したのは私だ」
言われてみれば片腕がないことを除けばアズラルトによって魔剣で貫かれた傷はどこにもないようだった。
「魂喰らいの獣に喰われたその左腕だけはどうにもならんがな」
「……どういうつもりだ?」
ファブリスは失われた左腕に一瞬だけ赤い瞳を向けると、邪神に向かってそう言った。
「滅びる前の気まぐれだ。貴様は憎いのか? 仲間に剣を突き立てられ、愛する者たちも奪われた。奴らを憎むのか。この世を憎むのか?」
「……俺がこの手で奴らに同じことをしてやる。俺が生きてる限りな」
「面白い、私も全てが憎い。全てを恨む。だが、ここまでのようだ。貴様によって阻まれた。ならば、その続きは貴様に任せるとしよう……」
その言葉を最後に頭の中で二度と言葉が響くことはなかった。
一体、何だったのだろうかとファブリスは思う。そもそも今までの言葉は本当に邪神の言葉だったのか。
まあいいとファブリスは思う。自分は自分がすべきことをするだけだと。
脳裏にはセリアがアズラルトに魔剣を突きつけられた時の顔が貼りついている。父親が見知った顔の村人たちに撲殺される光景が脳裏から離れていかない。母親と妹が居たであろう家の燃える光景が脳裏から離れていかない。
ぷすぷすと音を立てながら感情が焼き切れていきそうだった。いや、既に焼き切れたのか。
「アズラルト!」
ファブリスはもう一度そう吠えた。そしてゆっくりと立ち上がる。
何でこうなったのかとファブリスは思う。邪神封じの剣を操る者に選ばれ、名誉ある勇者一行に加わったはずだった。
故郷の村人たちに祝福されながら華々しく故郷を出立し、いくつもの死線を超えて辿り着いた先に待っていたものがこれか。理由もよく分からないままで理不尽にも全てを奪われたのだ。
自らの命を危険に晒して人族と魔族のために戦ったはずだった。その結果がこれだというのか。
自分が最下層民族の魔族だからか?
だが、少なくとも村人たちは同じ魔族だ。
ならば何故、家族を殺されなければならない?
嫉妬か?
妬みか?
だが……俺が一体、貴様らに何をした?
どうしてだ?
ここまでされるようなことを俺が貴様らにしたのか?
既に息が絶えたらしい邪神の胸から、ファブリスは残された右腕で魔剣を引き抜いた。
「アズラルト! 答えてもらうぞ! 俺が貴様に何をした! 貴様ら! 答えてもらうぞ! 俺が貴様らに何をした!」
ファブリスはもう一度叫んだ。
「そして殺す。貴様も、貴様らも。魔族も人族も関係ない。全員だ。俺がこの手でこの世の魔族、人族全員を殺してやる。根絶やしだ!」
ファブリスは片手で握った邪神封じの魔剣を天に向かって掲げた。
怒りのためなのか視界が赤く染まっていた。
「アズラルト! 答えてもらうぞ!」
その赤く見える空に向かってファブリスは呪詛を込めて叫ぶのだった。
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