器用に、不器用に!

もりすけ

1章 ユリ編 無感情の魔王の謎

第1話 最強との出会い


 その魔王は無感情であると言われていた。


 勇者一行は魔王の討伐に苦戦していた。魔王城が見つけられない。あちらこちらで魔王による殺戮が行われいたが、うまく姿を隠され年月ばかり過ぎていた。


その日、明日の出発に備え勇者一行はそれぞれ宿で休んでいた。


勇者一行のひとりであるその魔法使いは最強の魔法使いと呼ばれていた。彼女に使えない魔法はなく、魔力が桁違いに高かった。

 

その夜、彼女はたまたま寝れず、ひとりで街を散策していた。ふと後ろを振り向く。強力な魔法が腹部を貫通した。


「!」


魔法使いは最期の魔法を唱えた。




「私冒険団に入ります!」


 とある田舎。

農家として育てられた18才の娘が突然言い出した言葉に両親は絶句した。


つい昨日、「私、お父さんとお母さんを楽させたいです。農家を極めます。」と可愛らしく宣言していたばかりだった。何がどうなってこのようなことを言っているのか。


その娘、ユリ自身も昨日寝るまではこのまま農家になるつもりだった。しかし、突然夢で最強の魔法使いの記憶が断片的に頭の中に入り込んできたのだった。そして、死の間際勇者達を強く心配する気持ちも感じた。


朝起きたらどうしようもなく冒険に出たい、勇者一行の力になりたいという気持ちに駆られてしまっていたのだ。


ユリは泣きながら止めようとする両親をよそに家を出て、街にある冒険団に向かった。


 冒険団は能力のある者が入れる組織だった。治安維持、未開の地の探検、勇者一行のサポート等がその仕事である。


入団する際の能力診断では魔力、筋力、体力を調べ、良い順からS、A、B、C、D、Eのランクで判定される。魔法を使える者は魔法陣の色も確認する。魔法陣は魔法を使用する際に出現し、色はその人の才能を現す。それにより、魔法を使える範囲が変わる。緑が上級の魔法使いで赤が低級の魔法使いである。


冒険団の能力診断では驚愕された。『魔力SS』、最強の魔法使いと同じ数値だった。農家の娘が。魔力は魔法の構築理解を深めていくことで上がるもの。魔法使いの記憶のおかげだった。冒険団の事務員は驚いた様子で尋ねる。


「どうしたのこれ!?」


「夢で修行を30年分はしました。」


事務員はユリを可哀想な者を見る目で見つめた。


さらに、驚愕されたのが魔力が高いにも関わらず魔法陣を持っていず、魔法が使えないことがわかった。ユリには魔法を扱う素質がなかった。魔力が高いが魔法が使えない場合、魔法のように物事を進められる『器用さ』が上がる。


そして『体力E』『筋力E』で、戦力外だった。ユリは器用さだけ持っていた。


「ごめんね。あなた『無能力』みたい。違う道探してね。」


事務員は申し訳なさそうにユリに告げた。魔法も格闘も剣も使えない人間は『無能力』と言われていた。ユリは決意を折られた。


 ユリは冒険団に入団できず仕方なく職安へ向かった。そこで人手不足であったベビーシッターを紹介され、試しに仕事につき、割と楽しく働いていた。


ユリは赤ちゃん達を育てることでこの赤ちゃんが将来勇者たちを支援することを期待していたが、同時に悩みもあった。こんなにかわいい赤ちゃんに危ない目にあってほしくないと。


 ある日のこと、いろんな家を回る中、ユリは疲れてしまい、寝ている赤ちゃんを前にうたた寝をしてしまった。目が覚めると赤ちゃんの姿がない。『冒険団に報告したら殺す』と書かれた手紙が置いてある。


(そ、そんな!攫われてしまいました!助けに行かないと!)


急いで人攫いを追った。


 ユリは器用に隠れながら尾行し、人攫いのアジトを見つける。ドアの鍵をそこら辺にあった釘で器用に開けそっと入った。人攫い達は五人おり談笑していた。ユリはその隙に音を立てずに器用に移動し赤ちゃんを連れ出す。


 しかし、外に出るところで赤ちゃんが「ばぶぅ」とかわいく笑い、人攫いに気づかれる。急いで逃げるが、体力E故にすぐに息が上がり数秒で追い詰められてしまった。


「お前何者だ!?どうやって入った!?」

「た、ただの無力で無害なベビーシッターです...。」


ユリは人攫いの怒鳴り声にすっかり怯えてしまい、涙声で答える。


「見られたからには殺す!」

「ひ...。」


斧が振り上げられ目を瞑る。


「ぎゃああああーー!」


人攫いの悲鳴が聞こえる。目を開けると人攫いの手が斬られ落ちていた。


「ひ!?」


ユリは短く悲鳴をあげる。


「お前ら賞金首だったよな。」


真後ろから男の人の声が聞こえる。

振り向くと、黒っぽい服、血がついた剣、銀色の髪が目に入った。


「金ないんだ。協力しろよ。」


男は人攫い五人に対してたったひとりだというのにうっすらと笑う。その男を人攫い四人が囲む。ひとりが後ろから頭目掛けて鈍器を振り下ろした。男はそれをかわしみぞおちに拳をめり込ませた。内臓が潰れる音と共にその人攫いは血を吐き倒れた。


(こ、殺した!?)


次に人攫い三人が武器を構えて襲いかかる。男は剣で腹部、首、胸を斬り殺していく。最初に腕を落とされた人攫いが残った。


あまりにも躊躇のない殺戮だった。恐怖を感じたのか悲鳴をあげながら逃げ出す。男は容赦なく剣を投げた。剣は逃げようとした人攫いの頭に突き刺さる。


その男は勇者一行の剣士よりも、誰よりも強いかもしれない。しかし、人攫い全員を殺してしまった。


 その後、ユリは無事赤ちゃんを助けることができ、その男は賞金をもらった。複雑な気持ちを抱えながらその男に話しかける。


「こ、殺さなくても良かったんじゃ...。」

「殺されるとこだったやつが何言ってる。」


男は鼻で笑う。殺したことを全く気にしていない様子だ。


 その時、ユリは天命を感じた。

魔法使いの記憶の継承、ベビーシッターの仕事の紹介、そして強いけど性格の悪いこの男との出会い。自分は、赤ちゃんではなく、この男をベビーシッターとして公正させ勇者一行の元へ連れて行く。それこそが使命なのではないかと。そう思い込んだ。


ユリはその男の腕にしがみついた。

「何、お前。」

「私はユリです。助けてくれてありがとうございました!」

「別に...。」

「あなたのお名前も教えてください。あと、助けてもらったお礼に旅に着いていきますね!」

「!?」


ユリは嫌がる男に何度も食い下がり、ユーキという名であることを知る。旅の同行については承諾は得られなかったので勝手に着いていくことにした。


 別の街に向かう道中のこと。

「ユーキはなぜ旅をしているのですか?」

「...今はあるひとを探してる。」

「どなたですか?」


ユーキの口から出た名前はどこか懐かしさを感じた。あの最強の魔法使いの名である。


「...その方のこと何か聞いてますか?」

「しばらくひとりで各地を回っていたが、今は勇者一行に入ってるらしい。あと、死んだという噂もある。あの最強が死ぬわけがない。でも、もし、死んでたら...。」

「し、死んでたら?」


「全部やめるかな。旅も。生きることも。」


さらりと話したユーキの瞳には仄暗い闇が広がっていた。


ユリはその言葉に血の気が引いた。


(たぶん、魔法使いさんは死んでしまっている...。ユーキがなぜ彼女に執着しているのでしょう...。わからない...。なんとか事実を知る前にユーキに生きる意味を見出してもらわないと!)


「お前は?何で着いてくんの。」

「私にはちょっとした野望がありまして...。」

「?」

「秘密です。」


器用な少女と不器用な青年の旅が始まったのだった。



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