3-p06 interlude

 ヒデアキとぬいがスーパーに行ってしまったすぐあと、誰もいない家にシンタローが帰ってきた。相棒のベース「フェンダー」と一緒に。

 アヤトとヒデアキがいないのはすぐわかったが、ぬいが隠れているのではないかと少し警戒した。だけどそういう様子でもなく、一人取り残されたような気分で自室に行って楽器を肩から下ろした。

 最近いつも賑やかだったから、変な感じだ。人のいないマンションの部屋は静かすぎて逆に圧がある。

 なぜというわけでもなく母の部屋を開けてみて、ちょっといい椅子に据え置かれている骨壺の、隣の事務椅子にシンタローは座った。

 今日学校でバンドのメンバーに会って、また「作った曲、みんなに向けて歌った方がいい」と言われた。

「そういう風に、自分の中だけに大事に置いたまんまってのは、抉れるぞ」

 だなんて。

 大袈裟な話だ。拗らせようもない。親なんていつか自分より先に死ぬのが普通。突然すぎてビックリしたけど。

 大体「みんな」って何なんだ。今計画してるライブの雰囲気には絶対に合わない。

 死を悼む音楽の発信にはトラウマがある。小学生のときだ。ネットにそういう歌をアップしたら予定外に結構話題になってしまって。遠巻きに「泣ける歌」と言ってくれる人が大多数だったけど、

──友達の死を、踏み台にして……

 何人に言われただろう。心に刺さったまま残っている。その親友の兄弟にも罵られた。幼い弟のヒデアキにすら、そういう目で見られていた気がする。……というのは被害妄想だったかもしれない。ヒデアキが悲しんでいたのは違う存在の喪失だ。同じ時期に金魚が死んでしまって、幼稚園の頃から飼っていたやつだったから、それも結構ショックだった。

 母に向かって語りかける。


「やっぱオレ、向いてねーわ。好きなこと仕事にするとか」


 信念の強いアーティストだったら何を言われたって気にしないに違いない。死にまつわる名曲は無数にあるし。

 自由に生きてるように振る舞ってみても中身はグダグダだ。大事なことほど触れられたくない。

 大学の授業はもうほとんどなくて、卒論の実験と分析だけが地味に進んでいた。理系学部だから同級生は修士課程に進学する者も多い。でもなんとなく就活をして、なんとなくいい会社の内定もらった……というのが半年前。その前から音楽関係の事務所に声をかけられてはいたけど、仕事にしちゃいけないような予感が、ずっとしていた。バンドメンバーはプロでやっていきたいと言ったから、大学を出たらお別れだなーなんて勝手に考えていた。

 ある日そんな話になって、

「えっっっ!? やめちゃうの?」

と母は面白いぐらい驚いた顔だった。それから微妙に泣き始めた。

「なんで? シンくんの音楽、好きなのになあ。好きなこと仕事にできて、よかったなあって思ってたのに……」

 バンドやってる大学生なんて単純な生き物だ。その言葉と表情に背中を押されて、ここまで流れて来た気もする。

 家族なんていつかバラバラになる。

 今までも別の家で生活していた時期はあったわけだし、今はこんな感じだけどいつまでも実家にいるつもりはないし、ヒデアキだってあと数年したら出て行くだろうし、アヤトも永遠にこの世に存在するわけではない。まあそれを言えば自分も同じだ。

 記憶が巻き戻る。誕生日にギターを買ってもらった日のこと。

 物言わぬ骨に、ひとつ聞きたいことがあった。


「母さん。今年、ヒデアキに何あげる予定だった?」

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