2-p11 パスワードを突破するぬい
コウイチローと別れてマンションに入り、エレベーターを登りながらヒデアキはツイッターを開いた。
通知が来ている。でも確認するのが気が重くて、なんとはなしに「わたあめ」のリンクの方をタップした。
そこにも通知がある。「1」という数字だ。
(また、届いてる)
今日のは短いメッセージだった。印刷して母に届けることにしよう。
そして心の底でヒデアキはある決意を固めていた。
(今日こそは、ツイッターで本当のことを言う!)
家に入るとドアが閉まりきらないうちに
「ヒデア~キ。ちょっと大事な話がある」
と言いながらバッグのファスナーを開けて出てきた。
「なんの話~?」
ヒデアキは千景の口調を真似たがあまり似なかった。
「……いや、これは俺から言うことでもねーか」
と千景は意外とマジメな顔をしている。
「?」
ヒデアキはとりあえず自分の部屋にカバンを置いて、洗濯機に練習着を放り込んだ。
家で仕事をしていた父が、
「ヒデくん、おかえり」
と部屋から出てきて手招きをした。
「鍵アカ、わかったよ」
「え! どれ!?」
父の部屋で、
「このアイコン」
と示されたのは、ただ真っ白な丸。
名前は、絵文字の星。
IDは、rsetceolrldaed。
数日前、碧生と探して候補に残っていた鍵アカのひとつだ。
「お父さん、なんでこれだってわかったの」
「いや、全然簡単な話で。まずは、レコステの繋がりの中で「チハルさん」って呼ばれてる鍵アカを探した」
「でもそれ、僕と碧生君も結構探したけど、見つからなかった」
「そうそう。鍵がない方しか出てこなくて。あと、同じハンドルネームの人、いるよね」
「うんうん」
チハル、というのはそんなに珍しい名前ではない。ネットで使いやすいらしくて、同じ名前の千景推しの人がもう一人存在するのだった。
他にもチハルという名前のオタクらしきアカウントはたくさんある。
「この前、ヒデ君とアオちゃんで候補は絞ってくれてたから。消去法で、その人たちのIDで検索かけて、名前を調べた」
鍵付きアカウントはツイートは見えないが、ID・名前欄・自己紹介のコメント・フォローとフォロワーの数、までは表示される。
公開アカウントの人と「@」マークを使いリプライで会話している場合、鍵アカ自体の発言は見えないが、公開アカが何と返しているかは誰でも読むことができる。
「で、明らかに違う名前で呼ばれてる人を除外していったら、最後2人残った。ダメもとで捨てアカ作ってフォロー申請出して、まあそれは無視されたんだけど……。チラチラ様子見てたら、片っぽのアカウントはフォローの数が増えたんだよ。ってことは、動きのないこっちの方が……」
と父は真っ白のアイコンを示す。
「お母さんの鍵アカかな、と。あとはまあ、勘がそう告げている」
「確かに、このIDはお母さんっぽい」
IDになっている「rsetceolrldaed」は、「recorded」と「stella」を1文字ずつ交互に並べた文字列だ。
何故とはうまく説明できないが、なんとなく母の考えそうなことではあった。
千景が身を乗り出した。
「これが本当にナツミのアカなら、パスワードぐらいは俺が突破できる。どうする?」
父は、
「お母さんには悪いけど」
と前置いてから、
「一応中身をざっと確認する。ヒデアキはどうする? 一緒に見たい?」
ヒデアキは少し考えて、
「僕は、やめとく」
と答えた。
「わざわざ鍵かけてたから。見ない。でもこれだってわかるんなら、スッキリする」
そして、
「鍵じゃない方は、更新続ける」
と宣言した。
「二代目チハルだな」
と千景がにっと笑った。
「歌舞伎みたい」
ヒデアキもちょっと笑う。碧生が、
「ヒデアキ。無理して付き合わなくてもいいぞ」
と遠慮がちに見上げた。
「学校で忙しくなるだろ」
「無理じゃないよ! したいから、するだけ……」
そう告げる途中、ヒデアキはある異変に気付いた。
碧生がユラユラして、目が閉じかかっている。
これは、いつもの寝落ちのサインだ。
「にじかん……」
と、眠りに必死に抗うように碧生が声を絞り出した。
「にじかん、だけ……ねる。ついった、へんじ……おく……る」
ぱたり。
スヤァ……
「……寝ちゃった」
「早いな。外行って疲れたんだろな」
千景が、デフォルトぬい顔で倒れている碧生の頭をヨシヨシと撫でた。
ヒデアキは父の方に向き直る。
「お父さん。ツイッターのDMに、返事を書きたい。あと、報告のツイートも。これ、文章、大丈夫かな。碧生くんと考えた」
下書きのまま放置されていたDMの画面を見せた。
学校で高瀬先生にも一度見てもらったのだ。でも先生は「最終的には、お父さんとも相談しなさいね」って言ってた。
父は文章にざっと目を通して、
「大体は大丈夫だと思うけど、言葉がちょっと間違ってる所があるから、一緒に直そうか」
なんとなく話が収まったところで、
「アオちゃん寝てる間に、ごはんごはん。もうできてるから」
と父は立ち上がってヒデアキの背中を押した。
千景は、
「コイツ、寝かせてくる」
と碧生を空飛ぶタオルに乗せて、ヒデアキの部屋のぬい布団に連れて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます