2-p09 屋上のぬい

 4時間目、体育。

 生徒が校庭に出て行ったので教室はガランとしている。

 ヒデアキのロッカーの奥から微かな物音がした。

 空飛ぶタオルが2人を乗せて、スイーっとロッカーから滑り出る。

 千景と碧生は周りに授業の気配しかないのを確認すると、薄く扉を開け、廊下を横切って窓から外に出て行った。






 校庭では「クラス対抗大縄跳び」の練習が始まった。

 体育の先生が号令を出している。


「じゃあやってみるぞ~。よーい」


 ピッ、とホイッスルが鳴った。

 ヒデアキは列の真ん中より少し端の方。


「いっち、にっ、さん……」


 皆と声を合わせながらジャンプする。

 回転する縄。

 ピョコピョコ飛び跳ねるみんなの頭。

 その向こうに黄色くなり始めた葉桜の梢。そして校舎。


 (あれっ?)


 違和感を抱いたのは「6」まで跳んだ時だった。


(なんか……見られてる……?)


 三階建ての校舎の方に焦点を合わせる。

 教室……いや、もっと上だ。

 校舎の屋上だ。

 小さく見える2つの点。

 あれは……ぬい……!


(千景くん、碧生くん、見えてる! 見えてるよ────!)


 心の叫びは届いていないらしく堂々とこちらを見下ろしている。

 教室から出ないでって言ったのに。


「じゅう、じゅういっち、……」


 集中しないと。

 いやしかし屋上なら鍵が掛かっていて人は滅多に立ち入らない。比較的安全だ。わざわざ見上げてジロジロ見る人はいないだろうし、余程あのフォルムに覚えがないと何だかよくわからないだろう。

 今日は雨も降っていない。

 退屈ならそこにいてもらおう。






 一方、ぬいたち。


「兄さん。ヒデアキがこっちに気付いたみたいだ」

「まじか。視力よすぎだろ」




***




 昼。

 弁当箱を開けると最近お馴染みのものが入っていた。


「ボールおにぎりだ」


 ヒデアキはスマホのカメラを構える。

 碧生がまたコロコロ転がして作ってくれたんだろう。

 久しぶりに父が作ってくれたお弁当だ。


「最近それ、紫藤家名物だな」


とコーイチローがボールおにぎりを見た。


「うん。野球うまくなるように」

「まじか。オレもボールにしてもらおうかな」







 一方そのころ、屋上のぬいたちはというと……

 教室に潜ませた虫型カメラでヒデアキの動きを見ていた。映像だけで音声はない。


「食ってる食ってる」


 千景が小鳥の餌やりでも見るような様子で、教室の食事風景を眺めている。

 碧生も横から覗き込んでいる。


「キャラ弁っぽいのも結構あるな。兄さん。オニギリって三角とボール、どっちが好きだ?」

「俺はボールだなー。三角の方が弁当箱に入れやすそうだけどな。碧生、三角握れるのか?」

「タオルとラップを使えばいけると思う」


 タオルというのは空飛ぶタオルのことだ。

 そんな雑談をしながら碧生はチハルのツイッターを開いた。更新は止まっている。でも「いいね」のハートマークはいくつか増えていた。

 数日前、ヒデアキは碧生にあることを告げていた。


「ちょっと相談があるんだ」


と改まって。


「僕がこんなこと言う立場じゃないかもしれないけど。ツイッターで、お母さんのこと、……本当のことを言った方がいいかなって思った」

「……うん」


 碧生の心はポチャッと氷水に落ちたような感じがした。

 正直なことを言うと、碧生は最初はなりすましを続けるつもりだった。

 でもDMが来てから、それは無理だと思い直すようになっていた。

 ヒデアキは碧生の気持ちを察していたからか、DMもチハルらしい文面で返そうとがんばって一緒に色々調べてくれた。

 でも碧生が寝ている間に届いていた、高瀬先生からのアドバイスの方が筋が通っていた。

 いずれ本当のことが知れて、碧生がいくら「悪意はなかった」と主張したって、嘘をつかれた側が不快だったら結果的にナツミの名誉を傷つけてしまう。

 ヒデアキは、


「やめようってことじゃないよ。写真のツイートは続けたい」


と慌てて付け足したけど、


「うん」


と暗い返事しか返せなかった。

 碧生の反応にヒデアキは狼狽えていた。


「ツイッターを頼まれたのは碧生くんで、僕は手伝ってるだけのはずだったのに。乗っ取るみたいになって、ごめん」

「乗っ取るなんて思ってないぞ。おれと兄さんだけじゃ、続けられなかった。ヒデアキがいてくれなかったら無理だった。頑張ったけど、やっぱりおれたちはナツミじゃないからな。なりすましするより、ちゃんと話をして続けた方がいいよな」

「うん」


 そしてDMにすぐに返事を出そうとして、13歳の頭脳2つではちゃんとした文章を考えるのが結構大変で、一番頼りになりそうな父のアヤトにチェックしてもらってから送信しようということになり、下書きのまま、まごまごして踏ん切りがつかず、無駄に時が過ぎて今日に至る。

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