プール金なんて貯め込んでどうするの?
ちびまるフォイ
キープすることに価値がある
今日は待ちに待った給料日。
自分の口座残高を見るのが楽しみだ。
「……あれ? なんだこのお金」
いつも振り込まれている給料とは別にお金が入っていた。
「プール金」という名目で振り込まれているが心当たりはない。
「まあいいか。いつも以上にお金が入ってるなら文句ないや」
早速いつもの給料と、追加収入のプール金をおろしてパチンコへ勝負に出かける。
今月分の給料はものの数秒で底をつく大敗に終わったが、今回はまだ軍資金がある。
「ぐっ……まだだ……! まだ俺にはプール金がある……!!」
台にお金を入れるや、「ビービー」と店内に響く警告音。
パチンコ台にプロレス技でもかけたのかと慌てた店員がやってきた。
「お客様、いったいなにをしでかしてるんですか!?」
「し、知らないですよ!? お金を入れたら急に警報が……」
「お金ぇ? あっ! これプール金じゃないですか! こんなの使えるわけ無いでしょう!?」
「なんで!?」
店からは追い出されて行き場を失った。
一応、プール金は手を付けずに済んだものの、このお金はどこで使うかわからない。
コンビニでも。
露店でも。
はては田舎の駄菓子屋にまで断られる。
「ああ、プール金は使えませんね。わかっててやってるでしょう?」
「いやわかんないですよ! なんでこのお金使えないんですか!!」
「そりゃプール金だからでしょう?」
プール金なのでプールに使えるのかと、温水プールの入場料に支払ってみたところ水底に沈められた。
プールでもないらしい。
大量のプール金はあれど使いみちがない。
しょうがないのでATMに入れて眠らせることにした。
「使えない金ならよこすなよな……ほんと、ぬかよろこびだよ」
そんな調子でATMの肥やしになっていたプール金は毎月決まって入るようになった。
もはや使えないお金なので意味はないものの、口座残高を水増ししてくれる存在としては有用であった。
ある日のこと、父親が家にやってきた。
「めずらしいね。いったいどうしたんだよ父さん」
「実は母さんの具合があんまり良くなくてな。
わしも年金ぐらしで余裕があるわけじゃない。だから……」
「……だから、なんだよ。金を出せってのか?」
「お前の口座にはたくさんお金あるだろう? たった一人の母親なんだ。それくらい……」
「口座に入ってるのはプール金で使えないんだよ! こっちだって金ないんだ!」
「プール金でいいじゃないか」
「はぁ!? 使えない金をおろしてどうする……あ! わかったぞ!
さては俺のプール金を貸し借りして、悪いことするつもりだな!」
「そんなことせんよ。本当に母さんの具合が悪いんだ」
「使えもしないプール金をせびる理由に無理があんだよ! この金こじきめ!!」
父親を追い出して連絡のいっさいも断った。
こんなことするとは思わなかった。
父親が自分を便利な緊急用ATMとして見ているのも腹がたったし、
なによりコツコツ貯めていた預金残高を切り崩すのに抵抗があった。
「プール金は俺のものだ。使えなくたって俺のものなんだ!」
ATMだと肉親だからという理由で下ろされるかもしれない。
プール金は全額おろして自分のパンツの中に挟んだ。
このお金が奪われるときは自分の命が尽きるときくらいだ。
文字通り肌身離さずプール金との共同生活を送っていると、
ますますプール金への愛着と他人への不信感は増していった。
行き交う人々が自分のプール金をうばおうとするのではないかと気が気じゃない。
「誰にも使わせるものか。誰にも……」
ぶつぶついいながら歩いていると、知らない番号から電話がかかってきた。
すぐに切ろうと思ったが電話主が病院と表示されていたので、通話ボタンを押した。
「もしもし……」
『〇〇さんの息子さんですね。はやく病院へ来てください! ご両親が……!』
切羽詰まった看護師からの声に慌ててタクシーに飛び乗った。
プール金は使えないのでしかたなく自分のお金を切り崩す。
病院につくと、仲良くふたり並んでベッドに寝ている両親が待っていた。
心電図が動いていなかったら死んでるように思っただろう。
「せ、先生これは……」
「今朝、父親が倒れて病院に運ばれてきたんですよ。
ご高齢なのに奥様の看病を続けていたみたいです。自分の病気もおかまいなしに……」
「病気!? そんなこと一言も……」
「心配かけたくなかったのでしょう。ですが、どうしますか。
ご両親ふたりの治療費ともなると、それなりの金額が必要になります」
「で、でも……俺にお金なんて……あるのは貯まったプール金くらいです」
「……あなた、プール金の使いみちを知らないんですか」
「え?」
医者の言葉に目が点になった。
「プール金は自分のためには使えないお金。
でも、他人のためになら使えるお金なんです」
「他人のために……」
もしプール金が普通に自分の財布に飛び込んでいたらどうなっていたか。
きっとすぐにパチンコに使い込んで溶かしてしまっただろう。
そうなってしまえば、今こうして治療するという選択肢すら与えられなかった。
「どうしますか。かなり貯めていたようですが……プール金を使いますか」
「使います! そのかわり、必ず両親の意識を取り戻してください!!」
その日はじめてプール金が消費された。
医者の努力と、最先端の医療技術もあいまって両親の病気は治った。
目がさめた父親はベッド脇に座る自分に驚いていた。
「父さん、具合はどう?」
「お前……。わしのこと嫌いじゃなかったのか」
「嫌いなものか。世界でたったひとりの父親なんだから」
「ちっ、治療費! 治療費はどうしたんだ!」
「俺にはプール金があるじゃないか。貯めておいて本当によかったよ」
「でも……お前、ずっとプール金貯めていたんだろう。
あんなに切り崩すのを嫌がっていたじゃないか」
なおも心配そうにする父親に笑いかけた。
「こうして父さんが目を覚ましてくれたから、そんなのささいなことさ」
「ありがとう……こんなに優しい子だとは思わなかった……」
泣きじゃくる父親の肩にそっと手をおいた。
耳元で優しい声で話す。
「で、父さんのプール金はいくらある?
早く切り崩したぶんをもとに戻したいんだ。
他人のためにならプール金は使えるだろう?」
父の心電図はまもなく停止した。
プール金なんて貯め込んでどうするの? ちびまるフォイ @firestorage
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