第9話 うたかたの夢

「ん、んん……」


 ふと、目を覚ます。

 ……俺は何時眠っていたのだろう。

 記憶が朧気で何も分からない。

 むくりと身体を起こすと――俺は一人用の小さな机に伏せて眠っていた事に気が付く。

 小さな小さな机だ。

 正直、用途が分からない。

 本を複数冊広ければそれで埋まってしまいそうなほどに狭い。

 

 俺は辺りを見渡す。

 そのような机と、それと同じデザインの椅子が何個も整列している。

 理路整然としていて気味が悪い。

 そして、窓。

 ガラス窓。

 そこからは、斜陽に染まる風景が広がっている。


「――?」


 一瞬違和感を覚えたが、それもすぐに消える。

 はてさて、ここはどこだろう。

 そもそもどうして俺はこんなところで眠っていたのか――


「せーんーぱーいー?」

「うわっ!」


 足元から声がする。

 驚き視線を送ると、ちょうど俺の股の間からにょき、と一人の少女が姿を現した。

 茶髪のボブカット。

 黒い瞳。

 海軍が来ているような黒のセーラー服を身に纏った少女。

 ……誰だ?

 見覚えがあるけど、名前は、なんだっけ……?


「貴方の後輩の南海彼方ちゃんの顔に何かついてる?」

「あ、いや」


 そうだ。

 この子の名前は――南海彼方。

 俺の後輩だった筈だ。


「それで、黒土先輩は何をしているの?」

「黒土……?」

「やーだ、先輩。自分の名前も忘れたの?」

「あ、ああ。そうだったな。そうだった」


 なんか調子が狂う。

 そうだ、俺の名前は――


「それはそうと、先輩。もうこんな時間ですし、早く帰りましょうよ」

「……え?」

「ほらほら、早く立って」


 彼女は俺の股の間からしゅるりと抜け出し、その勢いで俺の手を掴みぎゅっと引っ張って来る。

 思ったよりも強い力。

 俺はその勢いのまま立ち上がる事となり、そして彼方と向かい合う。

 見た目通り、小さな女の子だ。

 どこか庇護欲をそそられるような可愛らしい女の子。

 しかし、何故だろう。

 心のどこかで、何かが警鐘を鳴らしている。

 一体、何が――


「ほら、先輩。帰りましょ?」

「……」

「どうしたの? 早く帰らないと、家族も心配するよ?」


 そうだ。

 ……そうだ。

 俺には家族が待っている。

 そうだっけ?

 俺に、家族?

 そもそも一体、何が――


「もう、ほら先輩!」

「う、わっ!」


 ぎゅっと再び彼女に手を掴まれ、勢いよく部屋の外へと引っ張られていく。

 一瞬、彼女の表情が見えた。



                                  どこか。




                             意味深な。



                      笑みを。






 しかし俺はその意味が分からずに、仕方なくそのまま扉の向こうへと――





「止めなさい」

「……ッ!」


 緑の閃光が、頬を掠めた。

 それが剣閃である事に気が付いたのは、少女の腕が輪切りにされ宙に飛んだのを見たからだった。

 くるくると宙を舞う腕。

 ……断面から、黒い泥が零れる。


「……誰?」

「クロード、目を覚ましてください」


 背後から。

 一人の女性が現れる。

 若葉色のサイドポニー。

 スカイブルーの瞳。

 今はラフな格好をしているその女性の名は――


「か、カルテナさん……!」


 そして、俺はすべてを思い出した。

 

 そうだ、俺はクロード。

 聖騎士で、今は勇者パーティーに所属していて。

 そして、魔王と戦い、その後――


「魔王……」

「ありゃりゃ?」


 彼方――魔王は腕が切り落とされたというのにまるで痛みを感じないと言わんばかりに惚けた表情をして肩を竦める。


「ここには誰も介入出来ないと思っていたんだけど、貴方誰?」

「クロード。貴方は早く目を覚ます様に」

「無視しないでよ、巨乳の人――ああ、もしかして貴方って念のためにその人に思念体を取り憑かせていた系?」

「答えが分かっているのに他人に返答を求めるのは愚か者のする事です」

「ふむ、まさにその通りだけど。答え合わせをしたくなる気持ちは貴方も分からない?」

「さあ――」


 曖昧な返答をしたカルテナさんはおもむろに俺の手を掴み、


「は、はぅえ!!」


 自身の胸を、むびゅっと触らせた。

 や、柔らけぇ……ふかふかだぁ……!


「って、非常事態に何をしているんですかカルテナさん!」

「貴方をこちらに引っ張って来るためにはやはり三大欲求を利用するのが手っ取り早いので――私は思念体ですし、好きに揉んで貰って構いません」

「俺は構わないのですが!」

「むぅ、何を見せつけちゃってくれるのかなぁ。私も一応思念体だけど、これでも魔王なんだから――ッ」


 彼女は目を見開き、そしてばっとその場から後方へ飛び退く。

 次の瞬間、彼女の立っていた場所に光の剣が突き刺さった。

 見慣れた剣だった。

 それを放った人間の正体は。


「なーにやってるんですか巨乳星人!」

「て、テレサ様っ」

「様は不要!」


 空間が割れ、そこからテレサ、が現れたのだった。

 彼女はぷりぷり頬を膨らませてご立腹の様子だった。


「おっぱいを使って私のクロードを誘惑しないでくださいカルテナ!」

「別に貴方のものではないでしょう」

「なっ」

「まあ、冗談はさておくとして」

「ど、どこまでが冗談なのですか貴方はっ!」

「魔王」


 テレサの事を軽く無視し、最強の聖騎士は魔王に視線を送る。


「どうやら、貴方に勝ち目はないようですよ」

「……どうやらそのようみたいだねー」


 そう言いつつも、彼女はまるで残念ぶらない。


「だけど、そこの聖女の人も分かっているでしょう? 私とその人を切り離す事は出来ない」

「……ええ、どうやらそのようですね」

「……?」


 どういう事だ?

 しかし今、彼女達は俺の疑問に答えるつもりはないらしい。


「ですが、貴方を封じる事は出来ます。私の得意分野ですからね」

「ま、そうなるよね」


 やれやれと肩を竦め、彼女は再び俺に視線を送って来る。


「んじゃ、ばいばいお兄さん。またね」

「またが会ってたまるもんですか」


 テレサの左右に魔法陣が現れ、そこから黄金の鎖が射出される。

 それは魔王の身体をぐるぐる巻きにし、そしてその姿が完全に見えなくなった瞬間鎖ごと姿を消した。

 魔王がいなくなった事を確認したテレサは、相変わらずご立腹な表情で俺の方を見た。


「終わりました、ので! 良い加減おっぱいから手を放しなさい!!」

「あ、は、はい!」

「むっ」


 おっぱいから慌てて手を放す。

 カルテナさんは何故か残念そうにしていた。

 いや、本当になんで?


「テレサ様。クロードにとって貴方はただの護衛対象です」

「ふふーん、そう思っているのも今のうちです。貴方がいない間、私は彼との距離をがっつり縮めて上げますからっ!」


 睨み合う二人。

 残念ながら身長差があるので、子供と大人が睨み合っているような感じになっている。

 具体的に言うと、カルテナさんの胸にテレサの顔が埋まりそうになっていた。

 

 それからテレサはこちらを向き「さて!」と手をこちらに差し出してくる。


「とりあえず、クロード。貴方はもう目を覚ます事が出来る筈です」

「……やっぱりというかなんていうかだけど、ここって夢の世界なんだな」


 周囲を見渡す。

 改めて視ると、不思議な場所だ。

 赤く染まった部屋。

 小さな机と椅子のセットが綺麗に並んでいる。


「どういう場所なんだろうな、ここ」

「さぁ? どちらにせよ、早くめを覚まさないと夢の世界に囚われる可能性がある以上、長いは危険です」

「それも、そうか」


 俺は夢の世界から抜け出す事を意識する。

 すると視界はすぐに真っ白に染まっていき、


「では、再び会う事を楽しみにしてますよクロード」

「ふんっ!」


 のんびりと言うカルテナさんの声とテレサの声を最後に、俺の意識は一度闇の中に沈んでいく――

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