第6話 塔の守人
「すみません」
強くはないけれど確りと抱き締めてくれているサシェナの腕の中で、彼の肩に額を付けて、僅かに身体を起こした。
何時までも、ぐずぐずと、この胸に縋っていたい気持ちもあるが、実際にそんなことが出来る筈もない。諦念に腐りきっていた心は、既に充分以上に労わってもらった。
「ありがとうございます」
涙は疾うに止まっていた。
余りに久し振りに手にした他者の存在の確かさが、放し難く、サシェナが何も言わないのを良いことに長々と甘えてしまった。
「大丈夫ですか?」
問いに、頷いた。
「すみません。良い歳をして」
「構いませんよ」
漸く決心をして、サシェナの肩から額を離すと、後頭部を撫でる手に押し戻された。逆らえない力ではなかったが、未だこうしていてもらいたい気持ちを胸に抱えている私にその気力はなかった。
「ここから、最寄りの町までは徒歩で半日ほどかかります」
「はい」
「今ここを発つことは出来ません」
「はい」
視界に入る景色から察するに、朝の遅い時間になっている。
目が覚めたのは明けの内だった。それから今まで、サシェナの膝に抱き上げられ、しな垂れている。何と長い時間だろうか。そう思えば、失念していた羞恥が湧いて来る。恥ずかしさに仄かに熱を帯びる頬を隠す為、とサシェナから離れない言い訳が出来た、などと卑怯なことを思ってみる。
「陽が落ち始めるまでここに居ようと思います」
「はい」
月と星の城跡は、壁と、壁に接する天井の極一部、が残っているにすぎないが、これだけあれば比較的長く太陽から身を隠していられる。町も沃地《オアシス》も近くにないなら、ここにいるのが得策である。
「では」
サシェナはそう言うと、私を抱いたまま大きく体勢を変えた。突然訪れた揺れに、私はサシェナの胸に置いていた手を彼の首に回した。
砂の上に寝かされて、真上から見下ろして来るサシェナの顔を見上げる。
「その間、悪いことをしましょう」
「悪いこと」という言葉に身動ぐと、背中の下に何か敷いているのが分かった。目覚めた時に掛けられていたサシェナの外套《マント》だろう。
「悪いこと……て」
顔の両脇に突かれたサシェナの腕を握る。
「僕は、このことに関して、世間で言われる言い方を好まないのです。なので、授業で使う言葉を使います」
「はい」
「性交渉です。動物で言うなら、交尾」
器用なのか、慣れているのか、言いながらサシェナは私の下服《ズボン》の腰紐を手早く解いて行く。巻いた分を抜く為に引き上げられて、僅かに腰が浮く。
「あの」
「何でしょう?」
「止めて下さい」と言おうとして「拒否出来ない」と言われたことを思い出した。加えて「塔を出ればサシェナのもの」であるということも。
承諾したわけではないが、こうして塔の外に連れ出されたのだ――対価、と考えられなくもない。私に、私自身以外にサシェナに払うものがあるかというと、何もない。ならば受け入れるべきなのだろう、と思う。
サシェナのものである、ということは即ち、サシェナが主人《あるじ》である、ということだ。主人の決定には逆らえない……三百年前の労働者であるノルキドには当然の理屈だった。しかしそれは、意見や疑問を口にしてはならない、という意味ではない。
「どうして?」
単純に疑問に思ったから問うた。
私に欲情したというのか? 私の、どこに――?
男に抱かれる男の奴隷を見たことがあるが、彼らは一様に、私などとは違う生き物なのだろうと思うくらいに、美しかった。印象がある。
「したいからです」
非常に明瞭。悪びれもしない。実に欲求に忠実な回答があった。組み敷かれる者に対する思い遣りがない。
私に欲情した、というより非日常がそうさせているのだろうか――?
(したい時にする為に私を塔から連れ出したのか)
学者で探検家――非日常は度々あるのだろう。
容姿も分からないのに、と思ったが好事家の日記に書かれていたという内容を思い出した……小柄で華奢、平坦な丸顔……説明以外に、絵が添えられていたかも知れない。
醜男でないなら良いと思ったか。美貌でないことは、塔の守人を犯す、という特別感で相殺されたか。
「怖いですか?」
言葉を無くす私を不憫に思ったのか、思い掛けない優しい声に、サシェナを見遣る。
「は、じめて、なので」
少し声が震えた。
サシェナの手は既に私の下着の中にある。横から腰下に回って、割れ目の底を撫でている。
渇いた指の感触に息までが震え始める。
「誰でも最初は怖いものです」
深い所で指が留まり、孔の、皺を揺らすみたいに指先が柔らかに擽って来る。
「泣きたければ泣いて下さい。叫びたければそのように。そうすることで気が紛れるのならそうした方が良い」
俄かに、腰の下にあった手が抜かれた。
「ひっ」
強い力で、下服と下着を腰から引き降ろされる。
両の脚から靴が脱がされ。
腿の途中で溜まっていた下服達が、一纏めに取り払われる。だが最後に、左足先に引っ掛かった。サシェナはそれを改めて引き抜いた。
「どうするかは知っていますか?」
ご存知とは思いますが、という口調だった。博識らしいサシェナは、隊商の習わしを知っているのだろう。
「はい」
隊商の旅の合間、どうにもならない時には仲間内で処理することが間々ある為、やり方は一通り教えられている(座学を受ける)後で動けなくなるようなことがあったら困るからだ。
関係ないと思っていたから、よく覚えているわけではないが、何となくなら、分かる。
「初めてで気持ち良くなるのは難しいと思います」
「はい」
両膝裏を片手に纏めて持たれ、押し上げられた。
膝が胸に着き、腰が浮く。
「ん」
サシェナの眼前に股間の全てが晒され、羞恥に息を呑む。
「慎ましいですね」
「は?」
指の腹で、孔を強く押される。思わず力が入る。
「ここに、僕を入れられるようにしないといけません」
「は、い」
腰の下にサシェナの膝を入れられた。浮いていた身体が支えられて、少し安堵する。
「暫く、自分で膝を抱えていて下さい。このまま」
嫌だな、と強く思ったので返事が出なかった。
私が、私の膝を抱えるということは、己の目でも見たことのない恥ずかしい場所を己の手でサシェナの前に晒すということだ。本当ならそんなことはしたくない。しかし、主人の望みである。
渋々、躊躇い躊躇い、膝裏に手を掛ける。
私が膝を支えると、代わりにそこから手を離して、サシェナは傍らに置いていた彼の鞄を片手で探った。他方の手は未だに私の後孔を、揉むように撫でている。
何の飾り気もない陶器の瓶が一本取り出された。
木栓《コルク》を口で開けるのを、私は静かな心持ちで眺めていた――取り出された物が何であるのか、理解していたからだ。
「垂らしますよ」
「……はい」
銜えた木栓を瓶を支えていない指に持ち直して、私にわざわざ確認してから、左腿の付け根辺りに油を垂らした。仄かに爽やかな良い香りがした。
腿から尻の割れ目へと、ゆるゆる、と流れる油をサシェナの指が後孔へと導く。
「入れます」
「んっ」
指が、孔口を抉じ開け、身体の中に入って来た。
そ、と奥へと向かって来る。
「上手です。そうやって力を抜いていて下さい」
異物の進入を阻もうとひくつく孔口がサシェナの指を喰い締めてしまわないように、浅く息を吐く。その為に、指は易々と私を侵す。
犯されたいわけではないのに、その支度に協力している己が、何をしているのか、分からなくなる。矛盾している己に目眩がする。余りに滑稽だ。
少し進んでは指を抜き、油を足す。これを三度ほど。それまではただ真直ぐに進んでいた指が、中を探り始めた。
内から外へ向けて強く押され、反射的に下腹に力が入った。指を強く締めてしまう。その己とは相容れない形と固さに、堪えていた声が上がる。
「アァッ」
身体の内側にある異物を、唐突に、如実に感じ。嫌悪と恐怖に、ただただ、首を振る。
「や。や。や。や。や……」
「傷付けたりしませんから。落ち着いて」
サシェナが何か言っていることは分かっていたが、私は軽い恐慌状態で、内容は理解出来なかった。
「ノール」
嫌、と言い募る口唇を塞がれた。
狂《ふ》れた様な悲鳴が耳に届かなくなり、滲むように冷静さが戻って来る。
昂ぶりが収まると、口唇が解放された。何処も見ていなかった目が、眼前のサシェナの顔を捉える。その余りの近さに、接吻けられていたのだと知る。
広く密着していた口唇と口唇が離れ、離れ切らない内に戻って来て、食まれる。押し当てられる。それが何度か繰り返された。
「大丈夫ですか?」
「はい」
ぼんやりとした心持ちで答えた。
強い混乱から戻ったばかりで、頭が痺れている。
「力を抜けますか?」
「はい」
一つ息を吐いて、最初にしていたように、下腹部辺りから力を抜く。
「今、入っている指は一本です。これを三本まで増やします」
「はい」
「辛いでしょうが、耐えて下さい」
「はい……」
指が腹の中を弄ることに慣れて来ると、二本目が入れられた。二本目は、異物感は然程感じなかった。ただ、二本の指と後孔の間にはどうしても隙間が出来てしまい、空気の入って来る感覚と、身体の中を通って感じる、折に立つ粘着いた音が居た堪れなかった。
不意に、揃えた指を正に根元まで、深く突き入れられた。指の股が尻に当たっているのに尚奥に沈めて来ようとする。
どうしたのか、訊ねた方がいいだろうか、と思っているとサシェナの方が口を開いた。
「すみません」
「はい」
「一度出します」
言うなり、私の中からサシェナの指が抜かれた。
何が始まったのか理解出来ず、首を傾げる私の前でサシェナは、淡々と、躊躇いもなしに、下服を寛げ、前を下げ、彼自身を取り出した。吃驚した。
傍らに居るのはこれから性交《セックス》をしようとしている相手だから、そこはまあ構うものではないのかも知れないが、他人の目の前でいきなり性器を取り出せる神経が私には分からなかった。
呆気に取られる私の前で、完全に勃起し、そそり立っている陰茎を握って、扱き出す。
先端を指で撫で、溢れて来るものをそのまま伸ばそうとして、やはり足りないと諦めたのだろう、何時の間にか傍らに置いていた油の瓶を開けて、陰茎に垂らす。その冷たさにか、流れる感触にか、陰茎が揺れ、サシェナは息を詰めた。
突然手が伸びて来たと思うと、腿裏に手が突かれた。腿の付け根。何の反応も示していない私の性器に、ばたばた、と熱いものが注がれた。
一連の出来事を、悪夢でも見ているような心持で、眺めていた。
「はー……」
私も男の性を持っている者なので、射精後の脱力感には共感する。だが、相手がいる時にそんなあからさまに、如何にも「満足しました」と息を吐いていいのか?
しかも、この状況で。
(もっと、こう……)
模範解答など、奥手の私に思い付く筈がない――。
「あぁ、勿体無い」
息を整えながら、私の下肢辺りに視線を置いていたサシェナが呟いた。
「あなたの中に出したかったのに」
身体が震えた。
今起きた出来事が、次か、次の次には、私の身体の中で行われるのだ。
サシェナの性を受け入れることをただ無邪気に、恐ろしい、と思っていた。そこに、じわり、と惨めさが侵食して来た。
後孔の指が三本になると、一本から二本になった時とは比べ物にならない苦しさがあった。指の当たる部分の全てが常に外へと押され、内臓が不必要に大きく広げられて、辛くて仕方がない。そうであるのに、指は一層広げようとするのだから、尚辛い。
それでも、身体は徐々にその違和感を受け入れた。
「入れます」
後孔を拡張されることに、性も根も使い果たしていた私の中に、サシェナはゆっくりと入って来た。大きく、硬く、熱いものが、苛烈な存在感を持って、私という孔に納まろうとして来る。指では広げられなかった深部までが、箍が切れたように広がった。余りのことに声も上げられなかった。
腰と腰が着き侵入が終わる。すぐにも動かれるのかと思ったが、そんな気配はなく、恐る恐る、詰めていた息を吐く。
少し落ち着くと、耳に、サシェナの浅い呼吸が聞こえた。
性交の作法も分からず、衝撃に身動ぎも出来ず、ただ怯えて震えているしか出来ない。私は、サシェナが動き出すまでの間、温順しくその息遣いを聞いていた。僅かに瞼は開いてみたものの、顔を見上げる勇気はなかった。
頬に口唇が触れ、軽く吸われた。
それを合図に、何度か抜き差しされ、最後に温かなものが腹の中に溢れて、広がった。
(おわ、た)
最初にあった違和感が、熱が移動した為か、徐々に分からなくなった。サシェナの精を私の身体が吸収してしまったかのように思われた。
(「オンナ」になった――)
隊商で何度か耳にした卑語を思い出した。
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