第2話 レオンとの再会 不思議なデジャブ
レオンとの最初の出会いから程なくして、歌い手の先輩であるナオミから電話がきた。
「旅の仕事があるけど、一緒に行く?」
「ええ、もちろん。」
「ギャラはあまり高くないけどいいかしら?」
「そう。まぁ今月もあまり忙しくないし、構わないわ。」
「では、詳細は後でお知らせするわね。黒のドレスはやめてね。私が着るから。」
「分かったわ。ありがとうございました。よろしくお願いします。」
一月後、ナオミと一緒に旅の仕事に出かけた。ホテルに到着すると、リハーサルまで時間があったので、アンナとナオミはロビーのカフェテラスでコーヒーを飲んでいた。
「おはようございます。」
振り返ると、そこに立っていたのはレオンだった。
「あ! おはようございます。」
アンナは思わず大きな声でそう言った。
今日のピアニストは、このホテル専属のピアニストと聞いていた。
「レオン、おはようございます。今日はよろしくお願いします。アンナは知ってる?」
「確か、一度ご一緒しましたね。」
レオンはアンナを見ると丁寧にそう言った。
「はい。よろしくお願いします。」
アンナは少し上擦った声でそう答えた。
ナオミはレオンに、今日一日のスケジュールを大雑把に説明した。
レオンとの打ち合わせが終わると、ナオミはアンナに言った。
「アンナ、レオンのピアノで歌ったことがあるんでしょ。どうだった?」
「ええ、とても楽しかったわ。」
「そう。だったら良かったわ。そういえば、ピアニストが代わったこと言ってなかったわね。ホテル専属のピアニストだと良いかどうか分からなかったからレオンにお願いしたの。ホントに彼のピアノ良いわよね!」
「ええ。とても。」
レオンは隣のテーブルに腰を下ろして、かばんの中を探っている。
「なかなかこういう仕事は引き受けてもらえないのだけど、今回は気持ちよく来てくれたのよ。」
「そうなの。」
アンナは、先日のライブでのことを思い出した。まさか今日の仕事で一緒になれるとは思っていなかったわ。今日の衣装を、お気に入りの白いジョーゼットのドレスにして良かった。あのドレスはとても似合うと皆から言われるから。アンナは、漠然とそんなことを考えていた。
リハーサルが終了し、本番までの時間を少し散歩でもしようと思い立った。ナオミを誘おうと思ったが今日のパーティーで歌う歌詞を確認している様子で、その余裕はなさそうだった。ナオミをそっとしたまま、アンナはホテルの外へ出た。
季節は春の盛りで、桜の花の香りが辺りを包み込んでいた。都会とは違って、車も人の往来も少ない。遠くに菜の花畑が広がり、その向こうに青い山が見える。深呼吸をすると、花の香りがした。
ホテルから15分ほど歩くと、桜の花が空を覆うように咲いていた。そこは、古い桜並木だった。吸い込まれるようにその道を歩き出した。
すると、向こうからゆっくりとレオンが歩いてくるではないか。
レオンは、ほっそりとしたしなやかな体つきをしている。なで肩で少しだけ俯き加減に歩く。顔立ちはやや面長で彫りが深く、優しい鳶色の目は子どもの様にきらきらとしていて、思わず魅入ってしまう。
レオンは今、桜の花を見上げている。アンナは、一枚の絵を見ているようだと思った。
道にはびっしりと散った桜の花びらが敷き詰められている。
その美しい情景を見ながらアンナは思った。私が死ぬときは桜の満開の頃がいいな。狂う様に咲き誇り、風に舞う桜の花びらで私のお墓を埋もれさせるように・・・。
その時、アンナはふと幻想を見たような気がした。桜の花びらが舞い、その散ってしまった花びらがびっしりと敷き詰められた小道を、何百年もの昔歩いていた。ある晴れた午後に私はそんな小道を確かに歩いていたのだ。そして、私はその小道で彼とすれ違った。向こうからゆっくりと歩いて来て私達は確かにしっかりと凝視めあった。彼との出逢いはその時が最初だったに違いない。遥か遠い昔に巡り逢った懐かしい人。白日夢のような幻だった。
レオンはアンナを見つけると、そのままアンナの顔を見ながら此方へ歩いて来る。遥か昔の、大切な記憶が頭の中で蘇ろうとしていた。この感触は、一体何だろう?
アンナも、彼に近づきながら話しかけた。
「お散歩ですか?」
レオンは微笑んだ。
「桜、綺麗ですね。」
レオンは風に舞う花びらを掴もうとしながら、そう言った。
「ええ、本当に。」
二人はしばらく、その桜並木をゆっくりと歩いた。ふと、レオンと手を繋ぎたいという衝動に駆られ、その瞬間時が止まった。レオンの一つ一つの動作や自分の気持ちが、スローモーションのように残像として残っていった。どうしてそんな感覚を抱いたのか分からなかったが、アンナはそれを静かに受け止めていた。
「もう時間だわ。私はそろそろ戻ります。」
「そうだね。では僕も。」
ホテルに戻ると、ナオミはまだ譜面を見ている。
アンナは少し早口でレオンにこう言った。
「私、これからもお仕事でご一緒させて頂きたいので・・・」
アンナはそう言って、自分の名刺を差し出した。
「では、これを。」
レオンはアンナの名刺を受け取ると、今度は財布から自分の名刺を取り出しアンナに渡した。
「ありがとうございます。ご連絡します。」
「ええ、いつでも・・・。」
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