デイダラボッチ/巨人伝説研究家<角田六郎>の事件簿

坂崎文明

デイダラボッチの遺体

「こういうものが出て来てもらっちゃ、困るんですよ。角田つのださん!」 


 東京都三鷹市の武蔵野巨人博物館の館長であり、大手出版社SASAGAWA一族の笹川夏彦ささがわなつひこは声を荒げて叫びつつ、困り顔をこちらに向けてきた。

 そこは博物館の接客室であった。

 三十五歳の若きSASAGAWAグループのプリンスにして、後継者として最有力の御曹司であった。

 今、流行りの爽やかな刈り上げ頭をしたなかなかのイケメンである。

 スーツとネクタイもビシッと決めていた。


「はぁ」

 

 まずは、小さく溜息をつくことにした。

 俺はというと、今年、四十五歳で体力も下り坂、白髪交じりのボサボサ頭のメガネをかけたオタクっぼい研究者である。

 一応、背広は着ているが、シャツはヨレヨレでノーネクタイだった。


 先日、高尾山付近でそこそこ大きな地震があり、山崩れで斜面が露出し、体長20メートルほどの巨人の骨が発見されたのだ。

 そこで、俺が呼ばれた訳だ。

 そんな顔されても、でちゃった物は仕方ないし、巨人デイダラボッチの遺体だと言って、武蔵野巨人博物館に展示すればいいだけじゃないかと、巨人伝説研究家の角田六郎つのだろくろうは思ったが、口には出さなかった。

 この展開はいつものことであった。


「デイダラボッチが実在するなど、大体、非常識だし、科学的にも論理性を欠く話だし、そうでしょう?」


「はぁ、でも、でちゃったものは素直に博物館に……」

 

 無駄な助言であると思えるが、一応、いつものように抵抗してみたが、笹川の表情を見れば、それも徒労に終わりそうだった。


「デイダラボッチ、巨人が実在したら、日本の歴史はどうなるんですか? ひょっとしたら、地球空洞説が真実で巨人が実在する説が再燃して、世の中はパニックになるかもしれない。どうするんですか?」


「はぁ」


 とりあえず、二度目の溜息をついて困った風を装った。

 内心ではそれは巨人伝説研究家としては望む所であり、テレビに出まくって解説しつつ、静岡の『巨人伝説研究所』にある1900年代に集められたスミソニアン博物館から預かった巨人の骨を披露するいい機会だと思っていた。

 たぶん、許可は取れないが、2008年の岩手宮城内陸地震の際、山崩れでテレビに映った巨人の骨とかも見せたい。

 あれは縄文遺跡の人骨との合成写真を創って、ネットで上手くデマだと煙に巻くことに成功したが、そんな隠蔽工作は本来、俺の仕事ではないはずである。


「では、あれですか、また、この巨人の骨を無かったことにしたいと、笹川館長はおっしゃるんですか?」


 また、相手の望んでいることを言ってしまった。

 いつも、ちょっと泣きたい気分になる。


「…まあ、そういうことだ。角田さんは話が早い。巨人は宮沢猛みやざわたけるのファンタジーアニメの中だけで十分だ。現実にいては人心が乱れる」

 

 武蔵野巨人博物館の笹川館長はようやく、機嫌を直した。

 そう、現実は厳しい。

 俺はいつの間にか、巨人の骨の隠蔽や保管、世論操作や偽装工作が仕事になっていた。

 口止め料や巨人の保管料で定期収入も入るし、結構、羽振りも良くなっていた。


「では、仰せの通りに、巨人の骨の移送トラックを静岡から呼び寄せます」  


「そうしてくれ」


 御曹司は短く言い捨てると、スタスタと武蔵野巨人博物館の接客室を出ていった。

 残された俺はお茶菓子で出された『うどパイ』を口に入れた。

 立川市の伝統野菜の「東京うど」が入ってるらしい。

 サクサクとしたパイ、うどの甘露煮と白みそ餡のコラボは、うどの食感を生かしていてなかなかである。

 それから抹茶を飲んだが、心なしか少し苦く感じた。



     †



「角田所長、例のブツですが、自衛隊による現場保全がされてるのですが、一部、ネットに巨人写真が流出して騒ぎになりかけてます」


 助手の月読星つくよみひかりから連絡が入った。

 いつものことであるが、ネットの情報流出対策も考えないといけないようだ。

 1926年に世界の考古学会を中心に「巨人保護法」が密かに制定された。

 巨人の骨は中東やアフリカ、米国などの各地で発見されていたが、やはり、色々な不都合があり、政府としては隠蔽する世界的な方針が打ち出された。  

 それ以来、巨人の骨が出る度に、博物館などの公的機関は密かに巨人の骨を回収し、角田のような者が保管することになった。

 未確認飛行物体(UFO)などは最近、解禁されたが、あれはあれで更なる事実を隠蔽する仕掛けのひとつでもあった。

 

ひかり君、とりあえず、現場でブツの回収を急いでくれ。俺もそちらに行って合流予定だ」


「はい。分かりました。ネットの写真の件は撹乱情報流しておきました」


 月読星からの電話を切ると、角田も車で高尾山の現場に向かった。

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